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第一部 序章 灰色の世界で
ep2
しおりを挟む「おい、喜べ。縁談を決めてきたぞ」
狩猟会から帰ってきた彼女の父親はそう言った。妙にニコニコしており、気味が悪いほどだ。
「ドブネズミに相応しい、平民の家だ」
ドブネズミ。それは彼女の家族共通の呼び名。まともに人間として扱われていないのだろう。
メイド服姿の彼女はメイド以下の存在で、人の形をしたペットと認識されているのかもしれない。
「ありがとうございます」
目を伏せてそう言うと、母親がキッと鋭く彼女を睨みつけ、閉じたセンスを振り上げた。しかし、父親はやんわりと母親を宥める。
いつもは殴られているところをヘラヘラと見ているくせに。
「旦那様! せっかく旦那様が決めてきた縁談を喜びもしないのですよ?!」
「クラウディア、そいつの顔に傷をつけるんじゃないよ。式は明後日なんだから。相手はこっちに謝礼金をくれるって言うんだ。反故にされたら面倒だ」
舌打ちした母親が彼女を睨む。
「さっさと嫁げばいいんだわ、あんたなんか。…それにしても、ドブネズミはドブネズミだわ。いつまでウチにしがみ付くつもりなのかしら?」
「まあまあ。それも明日で終わりだ。食い扶持が一個減って、しかも、金まで入ってくる。ーーこいつにも使い道があったってもんだ」
「あら、本当ね。そのお金で何を買おうかしら?」
母親は機嫌よく食事に戻ったが、彼女には寒気がしてならなかった。
(どうせ、変態貴族に嫁がされるのがオチよね)
彼らがまともな縁談を取り決めてきたとはどうしても思えなかったのだ。
相手の家族から侍女も一人欲しいと言うことで、彼女の半ば専属であったリアラを指名され、二人で一緒にこの地獄を脱出することができるのだ。
それをただ、喜ぶことにして挙式を控えていた。
☆
リアラに手伝って貰いながら傷だらけの腕を隠せる長袖のウェディングドレスに厚手のタイツ、そして絹の手袋をして着付けを行なった。
「スー様、とても素敵です」
リアラがうっとりとそう言った。スーことスーヴィエラは柔らかく笑い、薄緑色の髪の毛を結い上げて貰いながら顔をあげてアップルグリーンの瞳を細めた。
「ありがとう、リアラ。これからもよろしくね」
「はい!」
挙式当日だと言うのに、本当に内縁だけの結婚式となった。
両家の家族と、あとは一握りの護衛、そして使用人のみ。
そして、司祭がいるだけの淡々とした挙式。
相手の人はヴィンセントというらしいかなりハンサムな青年で、妹と母親はだらしない顔でデレッと彼を見つめ、下の兄は嫌悪のような顔でその横顔を見ていた。
スーヴィエラは彼の方を横目でチラリと観察した。
綺麗なロマンスグレーの髪の毛にヨモギ色の瞳。色白で背が高いが、騎士だという割に細身である。
しかしながら、思ったよりも手は男らしい手をしていた。
スタイル抜群で、スーヴィエラが出会った誰より群を抜いてハンサムで、息を飲んでしまう。
しかし、当の本人は微かに嫌そうな顔をするだけで、スーヴィエラは小さく苦笑した。
(政略結婚だもんね)
胸の奥をぬかるむ汚泥のごとき蓄積物は簡単に消えはしない。
誓いのキスを交わして夫婦となった時、お互いを見つめあったその瞬間、彼女は苦いものがこみ上げるのを感じながら、ベールを取り払って見つめた彼との幸せな結婚という夢を諦めた。
結局、ここでも幸せになれはしないのだ、と。
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