106 / 123
第二部 第三章 揺れ動くは乙女心
ep4
しおりを挟む翌日ーー
「付き合わせてすみません」
「いいんです。ヴィクトル様、それより…大丈夫ですか? 女性と向き合うの、苦手なんですよね?」
「リアラさんを髪の長い男の子だと思い込めば大丈夫です。そして、顔を直視しなければ」
そう言いつつも若干、緊張をしている様を見て、別に集中する何かがないと女性と歩いていると認識してしまうのだなと気が付いて吹き出した。
「ヴィクトル様って、意識しすぎなんですね。人間は男か女か、遺伝子上は二種類しかいないんですから、未知の生物でもあるまいし、緊張する必要なんてないのに」
「それは、そうなんですけど…姉上じゃない女性と言葉を交わすだけでも違和感が…」
「ふふっ、そうなんですね?」
二人が並んで歩いているのはベラルド有数の商店街。
とはいえ、平日の真昼間なので歩いている人も限られる。
「何を買うのですか?」
「着替えと、武器ですね。警察からリアラさんの分と護身用拳銃は取り戻せたのですけど、リアラさんのナイフをダメにしてしまいましたから」
「え? あぁ、そりゃあ使えば刃くらいすり減りますよ」
「それはそうなんですけど…」
ヴィクトルは目を伏せた。
リアラはヴィクトルの方にニコリと笑ってみせると、ヴィクトルは激しく動揺して視線を泳がせるが、遠くの空を見て深呼吸した。
「リアラさんは本当に彼と関わり合いになりたくないんですよね?」
「えぇ、もちろんです」
「では、命懸けで勝利をもぎ取りますから」
ヴィクトルの決意に満ちた言葉に、リアラは首を傾げた。
「私はあなたのことを守った記憶がないのですが、ヴィクトル様をいつ、私が守りましたか?」
「ええ、守ってくださいましたよ。簪が無ければ、僕はザックリと刺されていましたから」
ヴィクトルはそう言うと、ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべた。
「本当はあなたに届けるはずだった大切な簪です。それなのに、僕の命を救うために使わせてしまった。だから、僕は贖いたいんです。あなたの思い出を傷つけてしまったから」
「…簪一つで何をゴチャゴチャ言っているんですか? 確かに思い出の品ですが、命より大切な訳がないですよ」
「…わかっていますよ」
「じゃあ、なんで決闘なんて無意味なことを引き受けたんですか?」
リアラはそう尋ねると、ヴィクトルは振り返らずに大人びた笑みを浮かべた。
ヴィクトルが足を止めたので、リアラも自然と立ち止まる。
「か弱いレディに手をあげるような騎士は断じて騎士と認めない。だからですよ」
太陽に手を伸ばしながら彼は届かぬ光の元に手をかざす。
「昔、シグルドに言われたんです。『お前はなぜ、騎士になったんだ? 反抗心だけじゃ本当の騎士にはなれないから、守るべき《騎士道》を見つけて選んだ私を納得させてみろ』…と。それまでは一切助けてやらないとまで言われました」
リアラはポツリと呟いた。
「シグルド様が…」
ヴィクトルはリアラの方に少し顔を向けて微笑む。
「えぇ。あの時の僕はまだガキで、今もコンプレックスの塊みたいなところはありますけど、何ひとつわかっていませんでした。でも、見つけたんです。僕が理想とする騎士道を」
「あなたの騎士道、ですか?」
「はい」
ギュッと手のひらを握りしめたヴィクトルは握り拳を胸に当てた。
「そばにいる、助けを必要としてくれる誰かを、手の届く範囲の助けを必要としている誰かを守れる騎士になる」
ヴィクトルは大空に笑みを向けた。
「それが僕のただ一つの騎士道です」
リアラはキョトンとした。
「騎士の剣は王国のために、ではないのですか?」
「大義としてはそうですね。でも、守るべき民は手の届く範囲にいる。彼らを守れずして国を守ったと言えるのですか? 故郷が、目の前にいる人々がそばで苦しんでいるのに、それを見捨てて敵を斬ることだけに集中していれば、勝てばそれでいいなんてーーそんなのは嫌なんです」
ヴィクトルはこうべを垂れた。
「とはいえ、そんなのは夢物語。それくらいわかっていますよ。でも、だからこそ、強くありたい」
彼はふと、近くにあるドリンクバーを見てからリアラを振り返った。
「少し休憩しましょうか」
「はい」
☆
「冷たくて美味しいですね」
リアラは搾りたて果汁を使った甘いジュースに感激していると、ヴィクトルはコクンと頷いた。
カフェテラスのパラソルの下、二人は向かい合って座り、ジュースを飲んでいた。
特にまだ買い物をしているわけでもなかったが、夏の半ば。
まだ、日差しがギラギラと照りつける昼間は少し動いただけでも汗が滲む。
そんな陽気の元では冷たいジュースを飲みたくなってしまうものだった。
リアラが頼んだのは甘くて少し酸味のある甘酸っぱい果実、ラブレの実。そのジュース。
ラブレの実はハート形をした可愛らしい果実で、女子ウケのいい造形であることから、恋を叶える果実とまで言われている。…まあ、そんな訳がないのだが。
恋のおまじないとして、ある一定の期間で再燃する昔からよくあるものだった。
年頃の女性は一度くらいやったことがある昔ながらのおまじない。
とはいえ、リアラはそういうつもりで頼んだわけではなく、単にラブレの実がピンクなので可愛い飲み物として頼んだのだが。
一方のヴィクトルは、魔力回復薬配合のアイスミントティー。
魔力回復薬は少しハッカのようにスースーした刺激の強い物質が含まれているため、ミントティーとよく合うのだそうだ。
そこに蜂蜜を入れることで程よい甘さになるのだとか。
「ヴィクトル様」
「はい」
「魔力回復薬なんて必要ありました? 今日は魔法を使っていませんよね?」
「えぇ。先日、魔法をぶっ放してから、回復が遅かったものですから」
大きく強い魔法は使い慣れていれば反動は少ないが、普段は使わない魔法を唐突に作動させると反動が著しいものもあると言われていた。
シリウスのようにパパッと毎日のように魔法をガンガン消費し、魔力系統への負担をかけて慣らしていれば、翌日には魔力の回復もすぐに済ませられるが、ヴィクトルのように演習中や日常生活でしか魔法をほとんど使わない者は魔力系統への負担が大きい。
つまるところ、怪我が多い人の治癒力は高いが、普段から怪我をしない人の治癒力は遅いというように、使わなければ免疫力や治癒力は弱いということで。
魔力も普段から使えば使うほどに神経から分泌される魔力量もアップするというところだ。
ヴィクトルは召喚魔法でも伝説の神獣クラスを召喚した。
その影響が彼に残っていたということである。
「何を召喚したのですか?」
「水龍を、一匹。赤(炎属性のこと)系の魔物には青が効果的ですから」
「そうですけど…」
リアラは口を尖らせると、ヴィクトルは苦笑した。
「ここで召喚したら大パニックになるのでしませんよ?」
「そんなワガママは言いませんよ」
リアラは拗ねながらジュースを飲む。
少し、その味は酸味が強い気がした。
「さて、そろそろ次のお店に行きましょうか」
リアラがそういうと、ヴィクトルがウェイターを呼び、二人分のジュース代とチップを支払った。
「ごちそうさまです」
リアラは慌ててヴィクトルにお金を返そうとしたが、受け取ってもらえなかった。
「今回は僕の奢りです。次は奢ってくださいね、なんて」
ヴィクトルが冗談を言うとは思ってもみなかったので凍りついていると、ふと、リアラは今、帽子を被り、動きやすいパンツスタイルなので男の子みたいに扱われていることに気が付いた。
「むぅ…」
なんとなく、それが不満だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,209
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる