13 / 32
第十三話 負担
しおりを挟む
第十三話 負担
白い粉は、以前と変わらぬ姿で王宮に届く。
透明で、さらさらとした結晶。
厨房では再び安定した味が戻り、市場では岩塩を削る音が朝の風景を取り戻した。
表向き、王都は落ち着いた。
だが王城の奥では、別の音が鳴り始めている。
帳簿をめくる音だ。
「第一回分、支払い完了」
財務官の声は淡々としている。
「第二回分、準備中」
王太子は頷く。
「私財から充てろ」
「既に充当済みでございます」
机の上には、分厚い帳簿。
そこに並ぶ支出の列は、以前よりもはっきりと重い。
十倍契約。
民価格は据え置き。
だが王国向け納入分は、すべて十倍。
「想定より、消費が多い」
財務官が慎重に言う。
「保存用、軍用、王宮分……止められません」
塩は贅沢品ではない。
削ることができない。
王太子は静かに帳簿を閉じる。
「支払いは滞らせるな」
「はい」
「遅れれば、信用が落ちる」
信用。
それは、金より重い。
夜、自室で一人になると、王太子は窓の外を見つめる。
王都の灯りが揺れる。
市場は安定した。
民は安心した。
それでよい。
そう自分に言い聞かせる。
だが、机の上には別の紙が置かれている。
私有地売却の報告。
装飾品の整理。
私財の流動化。
王太子個人の資産は、確実に減っている。
「殿下」
側近が控えめに声をかける。
「侯爵家より打診がございます」
「何の」
「補填の共同負担を」
王太子は首を振る。
「不要だ」
即答。
「私の発言だ」
短い言葉。
側近は黙る。
止められないと知っている。
北方、ハライト公国。
ヴィエリチカは報告を受けていた。
「第一回分、遅滞なく到達」
「そう」
彼女は穏やかに頷く。
「滞りは?」
「ございません」
微笑む。
「契約は守られておりますわね」
彼女は勝利を喜ばない。
怒りをぶつけもしない。
ただ、整った形が続いていることを確認する。
「王太子個人負担とのこと」
「承知しております」
わずかに目を伏せる。
「責任をお取りになるのでしょう」
それがどれほど重いか、彼女も理解している。
王都では、次の支払いが迫る。
帳簿の数字は、静かに膨らむ。
まだ破綻ではない。
まだ危機でもない。
だが、重みは確実に増している。
財務官が再び言う。
「殿下、この負担は長期にわたります」
「わかっている」
「王家の蓄えも……」
「使うな」
即座に遮る。
「王家の蓄えは、民のためにある」
自分の誤りのためではない。
塩は今日も届く。
白い粉は変わらず美しい。
だがその一粒一粒が、王太子の肩に積み重なる。
北方の灰色の岩は、今日も削られている。
契約は守られている。
秩序は戻った。
だが代償は、静かに、確実に膨らんでいく。
王太子は帳簿に目を落とし、低く呟く。
「民は守れた」
その言葉は、まだ真実だ。
だが、その代わりに何が削られていくのか。
それを知るのは、これからだった。
白い粉は、以前と変わらぬ姿で王宮に届く。
透明で、さらさらとした結晶。
厨房では再び安定した味が戻り、市場では岩塩を削る音が朝の風景を取り戻した。
表向き、王都は落ち着いた。
だが王城の奥では、別の音が鳴り始めている。
帳簿をめくる音だ。
「第一回分、支払い完了」
財務官の声は淡々としている。
「第二回分、準備中」
王太子は頷く。
「私財から充てろ」
「既に充当済みでございます」
机の上には、分厚い帳簿。
そこに並ぶ支出の列は、以前よりもはっきりと重い。
十倍契約。
民価格は据え置き。
だが王国向け納入分は、すべて十倍。
「想定より、消費が多い」
財務官が慎重に言う。
「保存用、軍用、王宮分……止められません」
塩は贅沢品ではない。
削ることができない。
王太子は静かに帳簿を閉じる。
「支払いは滞らせるな」
「はい」
「遅れれば、信用が落ちる」
信用。
それは、金より重い。
夜、自室で一人になると、王太子は窓の外を見つめる。
王都の灯りが揺れる。
市場は安定した。
民は安心した。
それでよい。
そう自分に言い聞かせる。
だが、机の上には別の紙が置かれている。
私有地売却の報告。
装飾品の整理。
私財の流動化。
王太子個人の資産は、確実に減っている。
「殿下」
側近が控えめに声をかける。
「侯爵家より打診がございます」
「何の」
「補填の共同負担を」
王太子は首を振る。
「不要だ」
即答。
「私の発言だ」
短い言葉。
側近は黙る。
止められないと知っている。
北方、ハライト公国。
ヴィエリチカは報告を受けていた。
「第一回分、遅滞なく到達」
「そう」
彼女は穏やかに頷く。
「滞りは?」
「ございません」
微笑む。
「契約は守られておりますわね」
彼女は勝利を喜ばない。
怒りをぶつけもしない。
ただ、整った形が続いていることを確認する。
「王太子個人負担とのこと」
「承知しております」
わずかに目を伏せる。
「責任をお取りになるのでしょう」
それがどれほど重いか、彼女も理解している。
王都では、次の支払いが迫る。
帳簿の数字は、静かに膨らむ。
まだ破綻ではない。
まだ危機でもない。
だが、重みは確実に増している。
財務官が再び言う。
「殿下、この負担は長期にわたります」
「わかっている」
「王家の蓄えも……」
「使うな」
即座に遮る。
「王家の蓄えは、民のためにある」
自分の誤りのためではない。
塩は今日も届く。
白い粉は変わらず美しい。
だがその一粒一粒が、王太子の肩に積み重なる。
北方の灰色の岩は、今日も削られている。
契約は守られている。
秩序は戻った。
だが代償は、静かに、確実に膨らんでいく。
王太子は帳簿に目を落とし、低く呟く。
「民は守れた」
その言葉は、まだ真実だ。
だが、その代わりに何が削られていくのか。
それを知るのは、これからだった。
2
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……
くわっと
恋愛
21.05.23完結
ーー
「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」
差し伸べられた手をするりとかわす。
これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。
決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。
彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。
だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。
地位も名誉も権力も。
武力も知力も財力も。
全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。
月並みに好きな自分が、ただただみっともない。
けれど、それでも。
一緒にいられるならば。
婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。
それだけで良かった。
少なくとも、その時は。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢マリオンの婚約者アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※短編です。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4800文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる