貧乳シンデレラは、貧乳を理由に婚約破棄されましたが、元婚約者には未来の可能性が見えていませんでした。

しおしお

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第2話

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涙を拭い、シンディは廊下の影へと身を寄せた。
 舞踏会まで残り数時間。
 屋敷のあちこちでは、義母メリッサと義姉アンジェリカが着飾るための準備で大騒ぎしているはずなのに、シンディのこの場所だけは、夕暮れの薄闇のように静まり返っていた。

 ここは家の端にある小さな回廊。
 使われなくなった部屋や倉庫が並び、誰も近づかない。
 その静けさが、いまの孤独な心には痛いほど染みる。

(舞踏会に……私は、本当に行けないのね)

 自分が公爵令嬢として出席するべき舞踏会。
 王子殿下が未来の妃を選ぶ、国中の令嬢の憧れの舞台。

 だが、シンディには許されなかった。

 理由は、ただひとつ。

 ――胸が貧しいから。

 こんなくだらない理由で人生が歪められるなど、普通の国なら笑い話でしかないだろう。
 けれどこの“胸至上主義国家”では、笑い話にもならない。
 現実だ。

 胸が豊かな女は神に祝福された証。
 胸が控えめな女は“女神に見放された証”とされる。

 その価値観は思春期の少女の心を容赦なく削り、未来の夢すら奪う。
 シンディもその価値観に押し潰されてきた一人だった。

「……私だって、行きたかったのに」

 そう呟いた声は、かすれて震えていた。
 彼女には夢があったのだ。
 恋愛がしたい、幸せな結婚がしたい、胸ではなく自分を見てくれる誰かと出会いたい――
 そんな、ひどく普通で、ささやかな夢。

 けれど、夢はいつも胸の問題が邪魔をする。

「令嬢は胸が全て」
「胸がなければ価値がない」
「フラット家の恥」

 義母と義姉だけでなく、父までもがそう思っているのだ。

(お母様は、違ったのに……)

 亡き母の優しい瞳を思い出す。
 幼いころ、シンディの頭を撫でながら言ってくれた言葉。

『シンディ、あなたは世界で一番かわいい娘よ。
 胸がどうであれ、あなたの心が美しい限り、誰よりも素敵な令嬢になれるわ』

 その言葉だけが、シンディが生きてこられた理由だった。
 だが、母が亡くなってから、家の空気は一変した。

 メリッサが後妻に入り、アンジェリカが現れ、胸至上主義の嵐が吹き荒れはじめた。

「シンディは胸がないから」「胸がないシンディ」「フラット家の平面令嬢」

 呼び名は日替わりで変わったが、意味は同じだ。
 女として価値が低いという烙印。

 舞踏会の日ですら、その烙印は容赦なく押し付けられた。

「シンディ、何をしているの?」

 ふいに声をかけられ、びくりと肩が跳ねた。
 恐る恐る振り向くと、義母メリッサが腕を組んで立っていた。
 その後ろには義姉のアンジェリカが、ドレスの裾を引きずりながら続いている。

 二人とも豪華なドレスに身を包み、胸元は強調の極み。
 煌びやかな宝石と生地が、その“豊かさ”を誇示していた。

「……すみません。邪魔しないようにしていました」

「邪魔? あなたの存在そのものが邪魔よ、シンディ」

 メリッサは平然と言った。

「あなた、鏡を見たことある? その貧相な胸で舞踏会に現れたら、フラット家は国中の笑い者よ。王子殿下が胸を重んじるのは有名なのに」

「本当にね。胸のない令嬢なんて、誰が見たいの?
 私たちのほうがよほど姫らしいわ」

 アンジェリカの声は甘いが、その内容は刃物より鋭かった。

 シンディは下を向いた。
 言い返す言葉が、見つからない。

「……わかっています。私は、出席しません」

「わかっていればいいのよ。とにかく部屋から出てこないで。殿下に見つかったら大変だから」

 吐き捨てるように言うと、二人は楽しげにクスクス笑いながら去っていった。
 その背中には、胸への自信と、自分たちこそ選ばれるべき存在だという傲慢がにじみ出ていた。

 扉が閉まる音が遠ざかった瞬間、シンディの膝から力が抜けた。

「……どうして、こんなに苦しいの……?」

 床に両手をつき、深く深く俯く。
 涙がぼとりと落ちて、石の床に広がった。

 人生でこんなに泣いた日はなかった。
 それでも涙は止まらない。

「私だって……幸せになりたい……」

 その願いが、今はどれほど遠いものだろう。

「お母様……どうすればいいの……?」

 すると突然、廊下の端が淡く光を帯びた。

 誰もいないはずのそこに、黒い影が揺れる。
 空気がざわりと震え、冷たい風が吹き、シンディの髪がふわりと揺れた。

 まるで――世界が返事をしてくれたかのように。

 涙に滲む視界の中、シンディはゆっくりと顔を上げた。

 そこには、美しい女性が立っていた。
 黒いヴェールに包まれ、紫の瞳が夜空よりも深く輝いている。

「……あなたは……?」

 女性は、にこりと微笑んだ。
 その微笑みは、シンディを抱きしめるように優しかった。

「泣かないで、シンディ。
 あなたの願いは、ちゃんと届いているわ」

 その声は、まるで魔法のように甘く響いた。

 そう――
 この瞬間が、“奇跡の始まり”だった。
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