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第14話 すれ違いの理由は、優しさでした
しおりを挟むルークとの出来事のあと、私は胸を押さえながら屋敷に戻った。
(ラディス様……嫉妬してた……?
あの人が、そんな……)
思い返すだけで心臓が暴れる。
(落ち着かない……顔を合わせたら、変な顔してしまう……)
そう感じてしまい、その日私は自然とラディス様を避けてしまった。
廊下で遠くに姿を見つければ別の道を選び、食堂では早めに席を立つ。
けれど──。
「……リオラが、避けている?」
廊下の角で、彼の低い声が聞こえた。
(い、いけない。近くにいたんだ……!)
そっと覗くと、ラディス様が侍従に問いかけていた。
「昨日までは普通だったのに……今日はずっと、目が合わない」
侍従が困り顔で答える。
「旦那様、あまり深く考えすぎでは……?」
「……嫌われたのだろうか」
(な、なっ……!?)
ラディス様はわずかに肩を落とし、視線を伏せていた。
その表情はひどく沈んでいて、
昨日の嫉妬顔よりずっと痛ましいものだった。
「昨日……私が余計なことを言ったから……
リオラを困らせてしまったのかもしれない」
胸がぎゅっと締め付けられた。
(……ちがう。そんなつもりじゃないのに)
困らせたのではなく、
嬉しくて、どうしていいかわからなくて──
(私、逃げていただけだ……)
自分の行動がラディス様を傷つけていたと気づき、
膝が震えた。
---
◆エミの強制仲裁、発動
「リオラ様!!」
「ひゃっ!」
突然肩を掴まれて振り向くと、そこにはエミ。
いつもの笑顔とは違い、妙に“鬼教官”のような顔をしている。
「逃げてどうするんですか!」
「エ、エミ……ちがうの……!」
「違いません! 旦那様、今日ずっと落ち込んでましたよ!」
「お、落ち込んで……?」
「はい! “嫌われた”“何かした”“話しかけないほうがいいか”
って延々言ってたんですよ!」
「っ!!」
顔が一気に熱くなる。
「リオラ様、ちゃんと話してきてください。
でないと──旦那様、夕食食べずに部屋に引きこもりますよ!」
「えぇえええっ!?!?」
「……あ、もう引きこもってます」
「早い!!」
エミは深々とため息をついた。
「いいですか? 旦那様は“怒っている”んじゃないんです。
“落ち込んでる”んです!」
「……」
「ちゃんと誤解を解いて差し上げてください。
でないと、旦那様が可哀想ですよ?」
胸の奥で、小さな勇気が灯った。
(そうだ……逃げてばかりじゃ、だめだ)
私は深呼吸し、ラディス様の部屋に向かった。
---
◆扉の向こうの沈黙
「ラディス様……入ってもよろしいでしょうか?」
返事は──ない。
(い、いないのかしら……)
少し不安になったその時。
「……どうぞ」
扉の奥から、低い声。
普段よりずっと弱く、沈んだ声だった。
私はそっと扉を開けた。
机に座るラディス様。
書類に視線を向けているが、ページはまったく進んでいない。
「ラディス様……その、あの……」
言いにくい。
けれど言わなくてはいけない。
「……今日は、避けてしまって……ごめんなさい」
その瞬間、ラディス様の肩が小さく動いた。
「……やはり、避けていたのか」
「ち、違うんです! あの、嫌いになったとかでは決して……!」
ラディス様はゆっくり顔を上げた。
その瞳は、驚くほど不安に揺れていた。
「……本当に、嫌われたのだと思っていた」
「えっ」
「昨日……余計な感情を見せてしまったから。
君が困って、距離を置いたのだと……」
(余計な……)
「嫉妬……したのでしょう?」
「っ……!」
ラディス様の視線が泳ぐ。
それだけで、胸がぎゅっと苦しくなる。
「困らせたくなかった。
君の自由を奪うような男には、なりたくないと思った」
静かな言葉が胸に落ちていく。
(そんな……優しい理由だったなんて)
「……困ったのは、困ったけど……」
「……」
「でも、嫌じゃなかったです」
ラディス様の目が、大きく見開かれた。
「ドキドキして……それで、どう接していいのかわからなくて……
避けるようになってしまって……」
自分でも何を言っているのかわからない。
でも胸の奥は、真剣そのものだった。
「ごめんなさい。私が悪かったです」
深く頭を下げると──
「……リオラ」
そっと呼ばれた。
顔を上げると、ラディス様がゆっくり微笑んでいた。
昨日のどんな笑顔よりも、柔らかくて、優しくて。
「……嫌われていなかっただけで、十分すぎる」
「ラディス様……」
「もう、避けないでくれ。……不安になる」
胸が跳ねた。
(そんなこと言われたら……避けられないじゃない)
「……はい」
気づけば、二人の距離は昨日より少しだけ近づいていた。
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