悪役令嬢の天然メイドは壺といっしょに婚約者の侯爵家を壊してしまいました

しおしお

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第六話 額縁の裏側と、出てきてはいけない数字

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第六話 額縁の裏側と、出てきてはいけない数字

 侯爵家の廊下は、今日も静かだった。

 静かすぎる、と言ってもいい。

 壺事件。
 本棚雪崩。
 塩プリン。

 どれも“偶然”で片付けられている。

 だが、偶然は三度重なると、空気が変わる。

「なんだか、みなさん目が泳いでいます」

 エルマが小声で言う。

「泳がせておきなさい」

 ヴィオレッタは淡々と答える。

「溺れるかどうかは、見てから判断しますわ」

 今日は応接間の壁画と額縁の掃除を任されていた。

 やけに立派な金縁の額。

「埃がたまっています」

 エルマが踏み台に乗る。

 ぱたぱた。

「エルマ」

「はい?」

「落とさないで」

「落としません!」

 はたきが額縁の上を撫でる。

 ぱたん。

 軽い音。

 額縁が、壁から外れた。

「あ」

 ゆっくりと前に傾き――

 どさ。

 床へ。

「申し訳ありません!」

 エルマが慌てて降りる。

 額縁は割れていない。

 だが、裏板が外れ、何かがはらりと落ちた。

 紙。

 数枚。

 エルマがそれを拾う。

「……なんか、いっぱい数字が書いてあります」

 その瞬間。

 背後で、足音。

 執事が駆け込む。

「何をしている!」

「落ちました」

「見せなさい」

 エルマが素直に差し出す。

 執事の顔色が変わる。

「これは……」

 ヴィオレッタは一歩前へ。

「落とし物でしょうか?」

「関係のないものです」

「まあ」

 ヴィオレッタは首をかしげる。

「逸失物、かしら」

「……いしつ?」

 エルマが真面目に言う。

「落とし物、という意味です」

「遺出物……?」

「違いますわ」

「なんか、かっこいいことを言ってしまいました」

 場が、凍る。

 執事の手が、わずかに震えている。

 紙には、税収の数字。

 領地から徴収した金額。

 王宮へ報告された金額。

 明らかな差。

「見なかったことにしていただきたい」

 低い声。

 ヴィオレッタは、ゆっくりと笑う。

「落ちていたものですのに?」

「偶然です」

「ええ」

 一拍。

「偶然は、よく落ちますわね」

 執事が睨む。

「公爵家のメイドが、いちいち騒ぎを起こす」

「わたし、騒いでません」

 エルマが真顔で言う。

「掃除して、落ちただけです」

「……」

 言い返せない。

 ヴィオレッタは紙を一枚拾い上げる。

「随分と重たい数字ですこと」

「返してください」

「もちろん」

 にこり。

「でも」

 視線が鋭くなる。

「数字は、嘘をつきませんわ」

 執事の喉が動く。

「ご当主様にお渡しします」

「ええ、ぜひ」

 紙はすべて回収された。

 額縁も戻される。

 だが、空気は完全に変わった。

 エルマが小声で聞く。

「お嬢様、あれは何ですか?」

「数字よ」

「難しいです」

「ええ」

 ヴィオレッタは微笑む。

「あなたはわからなくていいの」

「いいんですか?」

「ええ」

 一瞬、目が冷える。

「わかってしまうと、怖いから」

 廊下を歩く。

 使用人たちの視線が、刺さる。

 壺は偶然。
 本棚も偶然。
 塩プリンも偶然。

 だが、数字は偶然ではない。

 ヴィオレッタは自室へ戻る。

 扉を閉める。

 そして。

「……っ、ふ、ふふ」

 肩が震える。

「額縁の裏に隠すなんて……」

 耐えきれない。

「あはははは!」

 椅子に倒れ込む。

「落ちる場所が悪すぎますわ……!」

 涙が滲む。

「壺は足を選び、本棚は悪意を選び、額縁は数字を落とす……!」

 ノック。

「お嬢様……」

 エルマの声。

「わたし、また何かしましたか?」

「最高ですわ」

「褒められてるの嬉しくありません」

「あなたは」

 一拍。

「必要なものを、必要なときに落としてくださるの」

「落としたくて落としてるわけじゃありません!」

「ええ、知っております」

 ヴィオレッタは笑みを深める。

「だから、価値があるの」

 侯爵家は、過酷な税を課しながら、王宮へは過少申告している。

 それが、偶然落ちた。

 偶然、見つかった。

 エルマは数字が読めない。

 だが、数字を引きずり出す。

 測定は進んでいる。

 重心。

 悪意。

 そして、金。

 ヴィオレッタは静かに呟く。

「もうすぐ、崩れますわね」

 壊しているつもりはない。

 ただ、落ちただけ。

 ただ、出てきただけ。

 そして侯爵家の足元は、少しずつ、空洞になっていく。
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