悪役令嬢の天然メイドは壺といっしょに婚約者の侯爵家を壊してしまいました

しおしお

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第十四話 砂糖の味見

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第十四話 砂糖の味見

 侯爵家の厨房は、戦場である。

 鍋が鳴り、包丁が刻み、菓子の香りが立ちのぼる。

 今夜は小規模な茶会。

 王都の貴婦人が数名訪れる予定だった。

「甘さは控えめに」

 料理長が指示を飛ばす。

 エルマは端の作業台で、砂糖壺を抱えていた。

「控えめって、どれくらいですか?」

「入れすぎるなという意味だ」

「はい」

 真面目に頷く。

 その様子を、侯爵家の若いメイド、リゼが横目で見ていた。

(今度こそ)

 これまでの事故。

 壺も、本棚も、水たまりも。

 すべて“偶然”。

 だが、噂は広がっている。

 エルマがいると、何かが起きる。

 それなら。

 起こしてしまえばいい。

 リゼはさりげなくエルマに近づく。

「甘さ、味見した?」

「まだです」

「ちゃんと確認しないとだめよ」

「どうやって?」

「スプーンで砂糖をすくって、なめればいいのよ」

 エルマは素直にスプーンを手に取る。

 砂糖を山盛りにすくう。

 その瞬間。

 ヴィオレッタが厨房に現れた。

「あなた、砂糖を入れたスプーンをなめても味見にはなりませんことよ」

 静かな声。

 厨房がぴたりと止まる。

 エルマが固まる。

「え?」

「それは、砂糖の味ですわ」

「……はい」

「料理の味ではありません」

 リゼが一瞬、視線を逸らす。

 ヴィオレッタは続ける。

「甘さの確認は、仕上がったものでするもの」

「なるほど」

 エルマは感心する。

 だがその拍子に、手元の砂糖壺がぐらりと揺れた。

 リゼが肘で、ほんのわずかに押したのだ。

 壺が傾く。

 白い砂糖が、どさり。

 作業台に山ができる。

 沈黙。

 料理長の眉がぴくりと動く。

「……誰だ」

「わ、わたしが」

 エルマが素直に言う。

 リゼは黙ったまま。

 ヴィオレッタが砂糖の山を見る。

 そして、床を見る。

 そこには、壺の底が欠けている。

「随分と、底が薄い壺ですわね」

 静かな声。

 リゼの顔色が変わる。

「古いものでしょうか」

 料理長が壺を手に取る。

「……これは昨日、新しいものを出したばかりだ」

 視線が、リゼに向く。

 リゼは慌てて言う。

「さ、さきほど、私が持ったときには」

「そう」

 ヴィオレッタは微笑む。

「あなたが持ったのですね」

 逃げ道が消える。

 リゼの喉が鳴る。

「わ、私は……」

 料理長が低く言う。

「後で話を聞こう」

 リゼは青ざめる。

 エルマは小声でヴィオレッタに言う。

「わたし、やっぱり壊しました?」

「いいえ」

「でも落ちました」

「落ちるようにしてあったの」

「……?」

 エルマは理解していない。

 だが厨房の空気は変わった。

 エルマが原因ではない。

 誰かが、仕掛けた。

 それが明らかになった。

 リゼは後に厳重注意を受ける。

 処分は軽い。

 だが噂は逆流した。

「壊しているのはエルマではない」

「近づいて何かをしようとする者が、自滅する」

 その夜。

 自室でヴィオレッタは椅子に座る。

「正義ではありませんわ」

 ぽつりと呟く。

 悪事を暴くのは、正義のためではない。

 ただ。

 この婚約を壊すため。

 侯爵家の足元を測るため。

 エルマがノックする。

「お嬢様、味見って難しいですね」

「ええ」

 微笑む。

「甘いものほど、量を間違えると重くなりますの」

 侯爵家の厨房。

 砂糖の山は片付いた。

 だが甘さの裏にある苦味は、確実に広がり始めていた。
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