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第十五話 落ちていた紙切れ
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第十五話 落ちていた紙切れ
侯爵家の廊下は、今日も静かだった。
だが静かなのは、音だけである。
視線は動く。
噂は巡る。
疑いは、ゆっくり形を持ち始めていた。
エルマは窓辺でカーテンを整えている。
「左右対称です」
満足そうに言う。
その足元に、ひらりと一枚の紙が落ちた。
「なんかあります」
拾う。
薄い封書。
封は切られている。
中から出てきたのは、短い書状。
数字が並んでいる。
金額と、名前。
そして最後に――“口止め料”。
「なんか、かっこいい字です」
エルマは首をかしげる。
ちょうどそこへ、侯爵家の執事クラウスが通りかかる。
「何を持っている」
鋭い声。
「落ちてました」
素直に差し出す。
クラウスの目が、一瞬で険しくなる。
それは、本来ここにあってはならない書状だった。
「それは……」
言葉が詰まる。
その背後から、ヴィオレッタが現れる。
「何か落ちていましたの?」
穏やかな声。
だが目は、冷静に書状を捉える。
「逸失物でしようか? 逸失物……」
エルマが得意げに言う。
「なんか、かっこいいことを言ってしまいました」
一瞬、空気が止まる。
ヴィオレッタは扇で口元を隠す。
「あなた、本当に最高ですわ」
「遺出物が言えたから?」
「そういうことではありません!」
クラウスが低く言う。
「それは侯爵家の内部文書です。こちらへ」
手を伸ばす。
ヴィオレッタが先に受け取る。
「内部、ですの?」
さらりと開く。
目を通す。
沈黙。
金額は少なくない。
侯爵家の名で支払われた形跡。
だが帳簿には載っていないだろう。
「落ちているものは、拾われますわ」
静かに言う。
クラウスの喉が鳴る。
「それは、誤解を招く書類です」
「誤解は、誤解される場所に置いてあるから生まれますの」
一拍。
「廊下は、書庫ではありませんわ」
クラウスは書状を受け取り、深く頭を下げる。
「管理不足です」
「ええ」
ヴィオレッタは微笑む。
「最近、落とし物が多いですわね」
壺。
帳簿。
水たまり。
そして今度は、口止め料の書状。
偶然では片付かない。
エルマが小声で言う。
「わたし、また何か拾いました」
「ええ」
ヴィオレッタは優しく答える。
「あなたは、必要なものを拾うのが得意なの」
「必要?」
「ええ」
一瞬、真顔になる。
「必要なもの、必要なこと。全部、揃えてしまうの」
「……それは、お給金を上げてもらえることでしょうか?」
真剣だ。
ヴィオレッタはわずかに吹き出しそうになる。
「失敗による損失分は、引きますけど……」
「えええ?」
エルマが青ざめる。
クラウスは無言で立ち去る。
その背中に、焦りがにじむ。
ヴィオレッタは廊下の窓から庭を眺める。
正義ではない。
悪事を暴くのも、慈善ではない。
ただ。
この婚約を壊すため。
侯爵家の重心を測るため。
エルマは、今日も落ちているものを拾う。
そして侯爵家は。
落としたものの重さに、少しずつ気づき始めていた。
侯爵家の廊下は、今日も静かだった。
だが静かなのは、音だけである。
視線は動く。
噂は巡る。
疑いは、ゆっくり形を持ち始めていた。
エルマは窓辺でカーテンを整えている。
「左右対称です」
満足そうに言う。
その足元に、ひらりと一枚の紙が落ちた。
「なんかあります」
拾う。
薄い封書。
封は切られている。
中から出てきたのは、短い書状。
数字が並んでいる。
金額と、名前。
そして最後に――“口止め料”。
「なんか、かっこいい字です」
エルマは首をかしげる。
ちょうどそこへ、侯爵家の執事クラウスが通りかかる。
「何を持っている」
鋭い声。
「落ちてました」
素直に差し出す。
クラウスの目が、一瞬で険しくなる。
それは、本来ここにあってはならない書状だった。
「それは……」
言葉が詰まる。
その背後から、ヴィオレッタが現れる。
「何か落ちていましたの?」
穏やかな声。
だが目は、冷静に書状を捉える。
「逸失物でしようか? 逸失物……」
エルマが得意げに言う。
「なんか、かっこいいことを言ってしまいました」
一瞬、空気が止まる。
ヴィオレッタは扇で口元を隠す。
「あなた、本当に最高ですわ」
「遺出物が言えたから?」
「そういうことではありません!」
クラウスが低く言う。
「それは侯爵家の内部文書です。こちらへ」
手を伸ばす。
ヴィオレッタが先に受け取る。
「内部、ですの?」
さらりと開く。
目を通す。
沈黙。
金額は少なくない。
侯爵家の名で支払われた形跡。
だが帳簿には載っていないだろう。
「落ちているものは、拾われますわ」
静かに言う。
クラウスの喉が鳴る。
「それは、誤解を招く書類です」
「誤解は、誤解される場所に置いてあるから生まれますの」
一拍。
「廊下は、書庫ではありませんわ」
クラウスは書状を受け取り、深く頭を下げる。
「管理不足です」
「ええ」
ヴィオレッタは微笑む。
「最近、落とし物が多いですわね」
壺。
帳簿。
水たまり。
そして今度は、口止め料の書状。
偶然では片付かない。
エルマが小声で言う。
「わたし、また何か拾いました」
「ええ」
ヴィオレッタは優しく答える。
「あなたは、必要なものを拾うのが得意なの」
「必要?」
「ええ」
一瞬、真顔になる。
「必要なもの、必要なこと。全部、揃えてしまうの」
「……それは、お給金を上げてもらえることでしょうか?」
真剣だ。
ヴィオレッタはわずかに吹き出しそうになる。
「失敗による損失分は、引きますけど……」
「えええ?」
エルマが青ざめる。
クラウスは無言で立ち去る。
その背中に、焦りがにじむ。
ヴィオレッタは廊下の窓から庭を眺める。
正義ではない。
悪事を暴くのも、慈善ではない。
ただ。
この婚約を壊すため。
侯爵家の重心を測るため。
エルマは、今日も落ちているものを拾う。
そして侯爵家は。
落としたものの重さに、少しずつ気づき始めていた。
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