婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお

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第2話 可哀想な妹

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第2話 可哀想な妹

卒業舞踏会の翌朝。

王都は、かつてないほどの噂で満ちていた。

貴族街のサロンでも。
商人たちが集まる広場でも。
果ては学園の教師たちの間でも。

話題はひとつだった。

「昨夜の舞踏会、聞きましたか?」

「王太子殿下が婚約破棄なさったとか」

「しかも公爵令嬢を、ですって」

そして必ず続く。

「理由がまた……」

「妹を虐げていた、と」

貴族の一人が眉をひそめる。

「ヴァルディア公爵令嬢が?」

別の貴族が肩をすくめる。

「さあ……」

しかし噂は止まらない。

なぜなら昨夜の舞踏会には、王都の貴族の多くが出席していたからだ。

そして誰もが見た。

王太子アドリアンが婚約破棄を宣言した瞬間を。
そして涙を流す義妹ノエリアの姿を。

「可哀想な子でしたわ」

ある夫人がため息をつく。

「震えていらして……」

「お姉様に虐げられてきました、と」

「長年耐えてきたそうですわ」

その話を聞いた別の婦人が首をかしげる。

「ですが、アルシェラ様がそんなことを?」

ヴァルディア公爵令嬢アルシェラ。

彼女は社交界でもよく知られた存在だった。

決して派手ではない。
しかし礼儀正しく、落ち着いていて、誰に対しても丁寧。

王太子の婚約者として長年社交界に出てきたため、
多くの貴族が彼女を見ている。

だからこそ違和感があった。

「あの方が、妹を虐げる?」

「想像がつきませんわ」

だが。

「でも、王太子殿下が仰ったのですもの」

その一言で、空気は変わる。

王太子の言葉は重い。

それに――

「ノエリア様は、あんなに泣いていらした」

涙は、何よりも強い証拠に見える。

そしてその頃。

王宮でも同じ話題が広がっていた。

「殿下、本当によろしいのですか?」

王太子アドリアンの執務室。

側近の一人が慎重に尋ねる。

アドリアンは椅子に座り、面倒そうに腕を組んでいた。

「何がだ」

「婚約破棄の件です」

側近は言葉を選ぶ。

「ヴァルディア公爵家は王国でも有力な家です」

「公爵がどう出るか……」

アドリアンは鼻で笑った。

「問題ない」

「だが……」

「ノエリアは被害者だ」

アドリアンの声が強くなる。

「私は彼女を守る」

側近は黙った。

それ以上言うことはできない。

だが不安は消えなかった。

一方。

王宮の別の部屋では、柔らかな笑い声が響いていた。

「本当に、ありがとうございます……殿下」

ノエリアだった。

彼女は窓辺に立ち、アドリアンを見上げている。

目は少し赤い。

だが昨夜のような涙はもうない。

アドリアンは優しく言う。

「もう泣かなくていい」

「君はこれから王太子妃になる」

ノエリアは目を伏せる。

「でも……怖いのです」

「お姉様が……」

その言葉にアドリアンの顔が険しくなる。

「心配するな」

「もう彼女は君に何もできない」

ノエリアは小さく頷いた。

「はい……」

そして、ほんの一瞬。

誰にも見えない角度で、彼女の唇がわずかに上がった。

その頃。

王都の中心から少し離れた場所にある巨大な屋敷。

ヴァルディア公爵邸。

朝の光が高い窓から差し込んでいた。

静かな応接室で、アルシェラは紅茶を飲んでいた。

優雅な所作。

昨夜の出来事が嘘のように穏やかな時間。

対面には、年配の執事が立っている。

「お嬢様」

彼は深く頭を下げた。

「ご無事で何よりでございます」

アルシェラは微笑む。

「心配をかけましたね、グラント」

執事グラント。

幼い頃から彼女を見守ってきた人物だ。

彼は静かに言う。

「昨夜の件、王都では大変な噂になっております」

アルシェラは紅茶を口に運ぶ。

「そうでしょうね」

まるで他人事のような声。

グラントは少しだけ眉をひそめる。

「お嬢様は……悔しくはないのですか」

アルシェラはカップを置いた。

少し考える。

そして言った。

「悔しい、というより」

窓の外を見る。

春の光。

庭の木々が揺れている。

「やっと終わった、という気持ちの方が大きいですね」

グラントは驚いた。

アルシェラは穏やかに続ける。

「王太子殿下の婚約者として生きることは、簡単ではありませんでした」

それは責任の重い立場だった。

常に周囲の視線があり、
王太子の振る舞いにも気を配り、
社交界での失敗は許されない。

「でも、もうその必要はありません」

アルシェラは微笑む。

「少し自由になれそうです」

グラントはゆっくりと頷いた。

「では……予定通りに?」

アルシェラの青い瞳がわずかに細くなる。

「ええ」

静かな声。

「予定通りに」

その言葉は、とても穏やかだった。

だがその頃、王都ではまだ誰も知らなかった。

この婚約破棄が。

ただの恋愛騒動では終わらないことを。
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