婚約破棄ですか?結構ですわ。ですが違約金は国家予算になります

しおしお

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第32話 終わりと始まり

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第32話 終わりと始まり

王宮大広間。

完全な沈黙が広がっていた。

数百人の貴族。
王国の重臣。
すべての視線が中央に集まっている。

王太子エドガルド。
ノエリア。
アルシェラ。

そして北方公爵ヴァレリオン。

王太子はアルシェラを睨んでいた。

「……つまり」

低い声。

「婚約破棄を認めないと?」

アルシェラは首を振る。

「いいえ」

その答えは意外だった。

王太子の眉が動く。

アルシェラは続ける。

「婚約破棄には賛成です」

大広間がざわめく。

ノエリアが息を呑む。

王太子は言う。

「何だと?」

アルシェラは穏やかに言った。

「ただし」

「正式に行う必要があります」

そして書類を机の上に置いた。

「婚約契約」

「王家とヴァルディア家の政治契約」

貴族たちが頷く。

それは皆知っている。

王太子は苛立った声で言う。

「だから何だ」

アルシェラは静かに言った。

「契約破棄には」

「違約金が発生します」

空気が変わる。

貴族たちがざわめく。

王太子は顔をしかめる。

「違約金?」

アルシェラは頷く。

「はい」

そして書類をめくる。

「契約第七条」

「王家が婚約を破棄する場合」

「ヴァルディア家に対し補償を支払う」

貴族たちが小さく声を上げる。

当然の条項。

政治婚約では普通だ。

だが問題は――

金額。

アルシェラは言った。

「金額は」

「王国北方防衛費」

「十年分」

大広間が凍りつく。

誰かが小さく呟いた。

「……ありえない」

北方防衛費。

それは王国最大の軍事費。

十年分。

つまり――

国家予算級。

王太子の顔が完全に変わった。

「ふざけるな!」

怒鳴り声が響く。

「そんなもの払えるか!」

アルシェラは静かに答える。

「契約です」

王太子は言う。

「そんな条項は聞いていない!」

アルシェラは書類を示す。

「署名されています」

そして指差す。

「王家の印章」

そこには確かに王家の紋章。

さらに――

「あなたのお父上」

「国王陛下の署名」

ざわめきが広がる。

王太子は言葉を失う。

アルシェラは続ける。

「この契約」

「ヴァルディア家の持参金を基に成立しています」

ノエリアの顔が青くなる。

ヴァルディア家。

王国最大の財閥。

王家の財政の半分は彼らに依存している。

アルシェラは穏やかに言う。

「婚約は自由です」

「ですが」

「契約は守らなければなりません」

王太子の手が震える。

「……そんな」

アルシェラは一歩前へ出る。

「殿下」

そして静かに言った。

「婚約破棄」

「どうぞ」

大広間は完全に静まり返る。

王太子は言葉を失う。

払えば破棄できる。

だが払えない。

国家財政が破綻する。

つまり――

破棄できない。

ノエリアは震えていた。

王太子の隣で。

何も言えない。

アルシェラはその様子を見ていた。

そしてゆっくり言う。

「ですが」

再びざわめきが起きる。

王太子が顔を上げる。

アルシェラは続けた。

「私は」

「この婚約を破棄することに同意します」

王太子が言う。

「……何?」

アルシェラは微笑む。

「違約金は不要です」

大広間がどよめく。

王太子の目が細くなる。

「条件があります」

アルシェラは言った。

「王家とヴァルディア家」

「すべての契約を終了する」

貴族たちが息を呑む。

それはつまり――

資金。

融資。

軍需契約。

すべて。

王家の財政を支える契約。

王太子は呟く。

「……正気か」

アルシェラは答える。

「ええ」

そして少し笑う。

「自由になりたいので」

沈黙。

長い沈黙。

その時。

低い声が響いた。

「ヴァルディア家は同意する」

全員が振り向く。

ヴァレリオン・アルグレイス。

彼が静かに言った。

「北方は自立できる」

「王家に依存する必要はない」

貴族たちがざわめく。

北方公爵の支持。

それは大きい。

王太子は歯を食いしばる。

だが選択肢はない。

違約金は払えない。

契約終了を受け入れるしかない。

王太子は低く言った。

「……いいだろう」

アルシェラは礼をした。

「ありがとうございます」

大広間の空気がゆっくり動き出す。

王太子はノエリアを見る。

ノエリアは微笑んだ。

だがその笑顔は、もう以前のものではない。

王太子は言う。

「これで終わりだ」

アルシェラは頷く。

「ええ」

「終わりです」

そして振り返る。

ヴァレリオンが立っている。

アルシェラは歩き出す。

大広間の出口へ。

誰も止めない。

貴族たちは道を開ける。

王宮の扉が開く。

外には夜の風。

アルシェラは小さく息を吐く。

「終わった」

ヴァレリオンが言う。

「そうか」

アルシェラは笑った。

「ええ」

「自由です」

ヴァレリオンは短く言う。

「北方に来るか」

アルシェラは少し驚く。

「公爵領へ?」

ヴァレリオンは頷く。

「仕事はある」

アルシェラは夜空を見る。

星が輝いている。

そして答えた。

「いいですね」

「退屈しなさそう」

ヴァレリオンは少しだけ笑った。

王宮の舞踏会は終わった。

だが物語は終わらない。

これはただ――

一つの婚約が終わっただけ。

そして。

アルシェラ・ヴァルディアの新しい人生が、今始まろうとしていた。
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