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第五話 止まらない支払い
しおりを挟む王都に差し込む朝の光は穏やかだった。
けれど、グラディウス家の屋敷の中は、まるで冬のように冷え切っていた。
「なぜ払えないのだ!」
レオンの父の怒声が、廊下にまで響く。
「昨日まで問題なかったはずだろう!」
「昨日までは……でございます」
執事は青ざめ、手元の帳簿を握りしめている。
「王立商会、全与信停止。王都銀行、融資拒否。さらに、本日正午までに軍需契約の違約金支払い命令が」
「違約金? そんなもの、アウレリアへの支払いだけではないのか!」
「軍需契約の流用疑惑が確定扱いとなり、契約違反条項が適用されました」
机を叩く音。
だが音だけが虚しく響く。
資金は動かない。
信用が止まれば、金は流れない。
一方、私は朝の執務を終え、南部鉱山の報告書を確認していた。
「労働者賃金、全額支払い完了」
「資材発注も再開」
カレンが淡々と読み上げる。
「鉱山は、完全にこちらの管理下です」
「当然よ」
私は紅茶を一口飲む。
「守ると決めたものは、止めない」
ノック。
「王立劇場より使者が」
「通して」
入ってきたのは、年配の紳士。
「グラディウス家からの寄付金が未払いとなりました。公演運営が滞っております」
「金額は?」
「決して小さくはございません」
「立て替えましょう」
紳士の目が見開かれる。
「ただし、公演パンフレットに表記を変更してください」
「表記……?」
「後援:ヴァルディナ公爵家」
紳士は深く頭を下げた。
その日の夜。
王都の噂はさらに加速する。
『劇場、ヴァルディナ家が救済』
『鉱山再稼働』
『グラディウス家、未払い連鎖』
社交界の空気は、目に見えない速度で変わる。
同じ頃。
リリアは鏡の前でドレスを握りしめていた。
「どうして……どうして止まらないの……」
昨夜、宝石商が来なかった。
今朝、仕立て屋が来なかった。
午後、花屋が請求書を置いて去った。
支払いが滞れば、まず贅沢が止まる。
次に、日常が止まる。
「リリア様……」
侍女が恐る恐る声をかける。
「厨房の食材納入が、本日より停止となりました」
「え……?」
「未払いが続いているとのことです」
リリアはその場に座り込んだ。
昨日まで笑っていたサロン。
今は誰も来ない。
扉の前を通る馬車の音すら、遠い。
王宮。
レオンは監査官の前で歯を食いしばっていた。
「支払い猶予を」
「認められません」
「爵位停止だけは――」
「信用は数値で評価されます」
冷たい声。
「現在のグラディウス家の信用度は、王家基準を下回っています」
「基準など……」
「破棄宣言、契約違反、未払い連鎖。すべてあなたの選択です」
選択。
その言葉が、胸に突き刺さる。
夜。
私は書斎で静かに書類に目を通していた。
「グラディウス家、王都屋敷の評価額算出完了」
「差し押さえ手続き、明朝開始」
「爵位停止審査、明日最終決議」
私はペンを置く。
「早いわね」
「雪崩は、一度動けば止まりません」
カレンが静かに言う。
私は窓の外を見る。
王都の灯りは変わらない。
だが、その一角だけ、暗い。
「まだ終わらないわ」
私は小さく呟く。
「これは支払い停止。序章の続き」
奪うと宣言した夜。
彼らは拍手を浴びた。
だが現実は拍手しない。
請求書を送るだけ。
そして明日。
止まらない支払いが、さらに彼らを締め上げる。
私は静かに書類を閉じた。
「選択には、代償が必要よ」
王都の夜は、静かだった。
だが、ある家だけが。
確実に、沈み始めている。
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