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第六話 王宮監査
しおりを挟む王宮の石畳は、どんな足音も冷たく反響させる。
その中央を、レオンは歩いていた。
昨日までなら誇らしく胸を張っていた廊下。
今日は、やけに長く感じる。
「グラディウス家嫡男レオン・グラディウス。入室を」
低い声が告げる。
重厚な扉が開いた。
中には王宮財務監査局の長官、書記官、そして王家顧問弁護士。
誰一人、感情を表に出していない。
「お呼び立て、光栄に――」
「着席を」
礼を遮られる。
その瞬間、彼の立場は明確になった。
招待ではない。
呼び出しだ。
長官が書類を机に広げる。
「軍需契約第七項。前払い金の用途変更は、王家承認を要する」
「一時的な運転資金です!」
「承認は?」
「……」
沈黙。
「次。王立劇場寄付金未払い。第三条違反」
「資金凍結のせいだ!」
「凍結の原因は?」
レオンの喉が詰まる。
さらに別の書類が出される。
「南部鉱山。労働者賃金未払いの恐れ」
「それはアウレリアが――」
「現在はヴァルディナ公爵家が立て替えている」
長官は淡々と続ける。
「あなたの婚約破棄宣言により、違約条項が発動。担保資産移行は合法」
レオンの拳が震える。
「彼女が仕組んだ!」
「仕組める条文に署名したのは、あなたです」
静かな断罪。
同じ頃。
私は王宮の別室にいた。
「お呼びいただき光栄です」
軽く礼をする。
対面するのは王宮財務顧問。
「アウレリア嬢、あなたは契約発動後も鉱山賃金を保証した」
「当然の責務です」
「グラディウス家を完全に潰すことも可能だったはずだ」
「民を巻き込む必要はありません」
顧問はわずかに目を細める。
「冷酷ではないのだな」
「冷酷なのは、契約です」
私は静かに答える。
「私は守る側に立っているだけ」
顧問は頷いた。
「王家は事態を重く見ている。爵位停止審査は本日最終段階へ」
「承知しております」
廊下で、レオンとすれ違う。
彼の目は血走っている。
「満足か」
低く吐き捨てる。
「満足?」
私は首を傾げる。
「私は何もしていません」
「嘘をつけ!」
「契約が動いただけです」
彼の拳が壁を叩く。
「取り消せ! 今ならまだ――」
「もう王宮案件よ」
私は淡々と告げる。
「私一人では止められない」
それは事実。
だが、止めるつもりもない。
午後。
王宮大広間。
正式発表がなされる。
「グラディウス家、爵位一時停止」
ざわめき。
「軍需契約違反疑惑、財務監査継続」
社交界は一瞬で理解する。
これは“噂”ではない。
公的処分だ。
グラディウス家屋敷。
継母マルグリットは椅子に崩れ落ちた。
「爵位停止……?」
「正式文書でございます」
執事の声はかすれている。
「社交界より招待状、すべて保留」
「保留ではない。拒否だ」
レオンの父が低く言う。
リリアは立ち尽くす。
「……でも、レオン様は王家の血筋よ?」
「血筋だけでは足りない」
父の声は冷たい。
夜。
私は屋敷のバルコニーに立っていた。
王都の灯りが遠くに瞬く。
「爵位停止。予想より早かったですね」
カレンが隣に立つ。
「信用が崩れると、王家は速いわ」
風が静かに吹く。
「これで終わりではない」
私は呟く。
「停止は仮。次は剥奪」
奪うと宣言した夜から六日。
歓声は消えた。
代わりに残ったのは、冷たい公式文書。
私は空を見上げる。
「選択には、記録が残る」
そして記録は。
消えない。
王宮の鐘が、静かに夜を告げた。
グラディウス家の灯りは、ひとつ、またひとつと消えていく。
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