『婚約破棄?――では、その責任は王国基準で清算いたしましょう』 ~義妹と継母に追い落とされた令嬢は、王妃となって制度ごと裁きます~

しおしお

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第三十一話 消えない記録

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第三十一話 消えない記録

 戴冠から数週間。

 王都の熱気は落ち着き、祝賀の旗も片付けられた。

 王冠の輝きは日常へと溶け込み、王妃という肩書きは、静かな責任へと姿を変えていく。

 

 王宮執務室。

 机の上には、分厚い報告書が積み上がっている。

 

「地方監査の第一次報告です」

 財務顧問が頭を下げる。

 

 私は頁をめくる。

 

 収支の不整合。
 契約違反の兆候。
 曖昧な慣習。

 

 

 あの婚約破棄騒動をきっかけに設けた信用審査制度は、王国全体へ拡張されつつある。

 

 

「王妃陛下、これを全土に適用なさるおつもりですか」

 

 顧問の声には、慎重さが混じる。

 

 

「適用ではありません」

 

 

 私は静かに答える。

 

「既に適用されるべき基準です」

 

 

 曖昧なまま見逃されてきた慣習。

 感情で流された決定。

 

 それらが、あの夜を生んだ。

 

 

「王家立会い契約だけでは足りない」

 

 

 私は書類を閉じる。

 

「王国立会い契約制度へ拡張します」

 

 

 室内がざわめく。

 

 

「地方貴族の反発が予想されます」

 

 

「当然です」

 

 

 私は穏やかに微笑む。

 

「基準は、最初は嫌われるもの」

 

 

 だが、時間が経てば。

 それが当たり前になる。

 

 

 同じ頃。

 

 地方のとある小都市。

 

 リリアは市場を歩いていた。

 

 王都の華やかさはない。

 だが、温かい視線がある。

 

 

「奥様」

 

 商会の従業員が頭を下げる。

 

 

 “奥様”。

 

 その呼び名は、かつての「公爵令嬢」よりも、ずっと静かで現実的だ。

 

 

 王都の流行誌は届くが、彼女はもう一面を飾る私を見て心を乱さない。

 

 

「制度改革、全土へ」

 

 記事の見出しを読み、静かに紙を閉じる。

 

 

「……本当に変えたのね」

 

 

 羨望ではない。

 

 理解。

 

 

 彼女は市場で値段を交渉し、商会の帳簿を手伝う。

 

 小さな責任。

 だが、確かな役割。

 

 

 王都。

 

 王宮会議室。

 

「反対意見は?」

 

 

 数人の地方伯爵が顔をしかめる。

 

「慣習を壊すおつもりか」

 

 

「壊すのではありません」

 

 

 私はゆっくりと立ち上がる。

 

「曖昧なまま放置されていたものを、明確にするだけ」

 

 

 視線が交わる。

 

 

「記録は消えません」

 

 

 あの婚約破棄も。

 爵位剥奪も。

 国外追放も。

 

 

 すべて、王国の記録に残っている。

 

 

「だからこそ」

 

 

 私は言う。

 

「同じ過ちを繰り返さない仕組みを作る」

 

 

 沈黙。

 

 

 エドワルドが口を開く。

 

「王妃の提案を採択する」

 

 

 決定。

 

 

 王国立会い契約制度、発足。

 

 

 夜。

 王宮の塔が月明かりに照らされる。

 

 

「これで、本当に王国が変わりますね」

 カレンが言う。

 

 

 私は静かに頷く。

 

「変わるのではない」

 

 

「変え続ける」

 

 

 強ザマァの終章。

 

 相手を滅ぼして終わるのではない。

 

 消えない記録を、未来への基準に変えること。

 

 

 遠く、鐘が鳴る。

 

 

 婚約破棄の夜から始まった物語は。

 

 今、王国の制度として刻まれている。

 

 

 私は静かに目を閉じる。

 

「明日も、仕事よ」

 

 

 王妃の日常は、始まったばかりだった。
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