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俺は一歩引いた。種族全体を滅ぼす魔法なんてとんでもないもの、本当に存在するのだろうか。

「ただし、それっぽいものなら、だけど」

「どういう……ことですか?」

クリムレット卿はゆっくりと説明する。

「辺境伯領は、悪人から押収した魔法石や魔法道具は基本的にしかるべき場所へ保管し、厳重に管理することにしている。一部は保管期限が過ぎたら廃棄しているけどね。下着泥棒だったヴェンヘルにそのまま《重力》を使ってもらっているのは、私が問題ないと判断し貸し出している特殊なケースだ。安全のため保管場所は教えられないが、基本的に危険なものならそこにすべてあるだろう」

「――ああ、なるほど。そういうことですか」

つまりその押収した中に、人を大量に殺すための魔法も含まれているということか。
すごい軽く「ある」とか言い出すからびっくりしたが、ちゃんと正当な理由があった。

「じゃあ、滅びの魔法とかいうのは口実で……」

俺が言うと、クリムレット卿は渋い顔で頷いた。

「そういう今まで犯罪に使われた危険な魔法をまとめて欲しているってことだろう。何をしようとしているかはわからないけど、今後もそれを狙って来る可能性は十分にある」

「《滅びの魔法》自体も実際にどこかで噂されていそうですね」

「ああ。辺鄙なところだからかなんなのか知らないけど、変な噂は絶えないからね。魔境みたいな場所だと勘違いされることがままあるんだ」

「うちの工房にもそういう噂立ってましたよ。地下で神をも恐れぬ研究をしているとかなんとか」

少女怪盗オジサンが、そういう噂を聞きつけてやってきたんだよな。

「地下で神をも恐れぬ研究ね」

言うと、クリムレット卿は急に少年のように瞳を輝かせた。

「もしかして、やっているのかい? やっていたらぜひ私に見せてくれ」

「いや、やってないです」

「そうか……」

クリムレット卿はとても残念そうだ。こういう興味津々なところは、本当メリアとそっくりだな。

「サフィちゃんの工房で怪しいところといえば、『ローレライ』で一時フーリァンの女性たちを狂乱に陥れたくらいか」

「……その節は本っ当にすいませんでした」

「まあ、これからもいろんなことがあるだろうけど、自分自身の成長につなげていってくれたらうれしい」

俺の成長か……そんなものないと思っていたけれど、まだまだ余地は残されているのだろうか。クリムレット卿の言葉を聞いていると、少し希望が湧いてくる。

「とにかく、ジェラード隊長たちには引き続き『時計塔』とやらの動向を探ってもらおう」

俺は頷いた。

ウィンターはあの時、『俺たち』と言っていたし、『研究者ギルド』とも言っていた。ギルドはいわば、職業や志を同じにする者たちの集まりだ。ほかに仲間がいるのかもしれない。研究者の仲間が。

ウィンター自身も研究者だ。『デモナイズ』は、彼が作ったポーションだった。俺と同じ、ポーションの研究者だ。

『デモナイズ』で強化されたリトルハンドは、たぶん俺だけの力だけではかなわなかっただろう。ジェラードさんたちや、スキアさんの協力があったから、どうにか倒せたのだ。
それほどまでに強力なポーションを作る敵――ラスティアム・ウィンターとは、どんな奴なんだ。エルフだということと、研究者だということしかわかっていない。また……現れるのだろうか、俺たちの前に。

考えていると、クリムレット卿がやんわりと笑いながら俺の肩を軽くたたいた。

「あとロッドくん、一応リトルハンドの件で忠告させてもらうけど」

「あ、はい」

「スキアが魔族だったことは内密にね。いらぬ騒ぎになってしまったら彼女もここに居づらいだろうから」

「……スキアさんって魔族だったんですか!?」

今日一番の驚きなのだが。魔族だったの!? 例の、百年前に異邦の向こうから攻めて来たっていう魔族!?
魔族って『デモナイズ』のような化け物の姿ってわけじゃないのか。

「あっ」

クリムレット卿が目を丸くして、ばつが悪そうに声のトーンを落とした。

「そうか……。そういう話はまだしていなかったわけだね。すまない、ここでそれを聞いたことは忘れて、後日彼女と改めて話でもしてくれ。ただ、公言は控えるようにね。一応命令として言わせてもらうよ」

「あ、はい、わかりました」

いくら領民の皆さんが良心的でも、かつて敵性種族だったのならそうしたほうがよさそうだ。勇気を出して正体を明かしたけど迫害されたなんてことに万が一なったら、あまりにいたたまれない。

時間があれば、スキアさんと話してみてもいいかもしれない。

考えながら、俺は書庫にある魔法薬関連の魔法書をいくつか借りていくことにした。
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