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しおりを挟む「……皇子、ヴァレリア様はお疲れのようですので、ダンスはまたの機会に」
アリーヤ様と険悪になった不機嫌をそのままに、フェリクス様は尖った声でマリウス様に八つ当たる。
そして、また私の背中に触れ、私の今夜を終わらせようとする。
―――『嫌だ』、『私はここに居たい』。
それはきっと、言っていいことだと頭では分かっている。 でも、本能が怖がって言えない。
だから言われるまま、きっと死ぬまで私は思いを、願いを口にできないのだろう。
「それではマリウス様、アリーヤ様、失礼致します」
ここはドミトリノ王国なのに、まるでテオリカンのようだ。 フェリクス様が居るだけで。
「――いや、俺にはそう見えないな」
え……。
「皇子、お言葉ですが私は長年ヴァレリア様を――」
「疲れてるなら休んだ方がいい、でも俺はまだよくヴァレリアを知らないからかな、いや違うな。 ――ずばり、ヴァレリアはまだ遊びたい! んじゃないだろうか?」
「何を馬鹿な、そもそもヴァレリア様はダンスが苦手――」
「本人が決めればいい、そうだろう?」
私が……決める?
振り返ると、マリウス様は見たこともないほど真剣な顔をしていた。
「ヴァレリア、君が決めるんだ」
「………」
でも、私は、
「疲れているならフェリクス殿と行けばいい。 でも、残りたいならここに居なよ。 苦手なダンスを踊らされるけどね」
自分の気持ちを言っては――、
「喋らなくたっていい」
「………」
マリウス様は両手を広げて、
「ちなみに、俺もダンスは大の苦手だ」
優しく微笑み、受け取る準備をしてくれている。
私の、―――選択を。
「――なっ!?」
言葉は言えなかったけれど、私は嫌いな手を離れて、思いを行動で伝えた。
するとマリウス様は広間の中央に向け、
「――さあみんな! 未来の王と王妃が踊るぞ!」
嬉しそうに、いたずらっぽい顔で叫ぶ。
お互い苦手なダンスなのに、そんなに注目を集めないでほしいけれど……。
「おお! これは笑わせてくれる!」
「ヴァレリア様の足を引っ張らないでくださいよ!」
暖かな歓声の中、私達の下手くそなダンスが始まった。
「よぉし、無様に笑われてやろうじゃないか! なあヴァレリア!」
「は、はい」
けれど、それは今までで一番楽しくて、嫌じゃない恥ずかしさだ。
踊りながら、
「私には喋らせてくれるのに、フェリクス様には喋らせてあげませんでしたね」
楽しいから、お話できる。
「ああ、ちょっと意地悪しちゃったな! あははっ!」
マリウス様も楽しそう。
それは、とても嬉しい気持ちになる。
パオラお姉様、この人は私なんかでも楽しそうにしてくれます。
「いやー、でも後でアリーヤになんて言われるか……」
「――?」
「きっとこうだ、『怖い顔をなさって、相変わらずお兄様は不細工です』ってね」
……そうだ、男は怒りを見せるのは恥だとアリーヤ様が言っていた。
「ま、いっか。 こうなればヤケだな!」
「――っ」
下手なダンスは勢いを増し、それを見たみんなの笑い声も大きくなる。 そして最後に、私の腰に手を回して、
「どうだみんな! 不細工な花瓶も可憐な花を生けるとそこそこ見れるだろう!」
「「「おっしゃる通りッ!!」」」
「ははっ! 普段からそういう良い返事がほしいもんだッ!」
広間に溢れる笑い声に包まれ、私も自然と笑っていた。 触れられ手も、触れてもらえた手に感じて―――。
「お疲れ様です、ヴァレリア様」
ダンスを終えた私を、アリーヤ様がにこやかに迎えてくれる。
「まったくお兄様は、嫉妬に怒りを露わにするなんて最も醜いですわ」
マリウス様の予想通りの言葉。
だから今、マリウス様は男達と談笑に逃げている。
でも――、
「私は……」
「――?」
「妬いてくれたなんて、少し……嬉しい、です」
初めてのことで、まだよく自覚できないけれど。
「……お兄様は運が良いようです。 どうやらヴァレリア様は、―――男の趣味が悪いようで」
呆れた顔のアリーヤ様も、本当はマリウス様を大事にしているのが分かる。
生贄にされた、政略結婚どころか戦略結婚だけど、
「……はい」
私は、あの人のことを好きになっていく。
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