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アリス、学園に降り立つ

197 ラーメンの威力は留まる所を知らない

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「ところで、このセレアルは結局誰が治める事になったか聞いていますか?」

 自分にすらまだ入っていない情報だ。マリオが知っている筈も無いが、一応聞いておく。

「いえ、それが私も自分の事で精一杯でお恥ずかしながら何も聞いていないのです。まさか王家に与する者があんな事件を起こすなど、思ってもみなかったものですから……」
「そうですか。私達もあの事件に関しては心を痛めています。ですが、ロンド様もあなたと同じように利用されていただけだという事は調べがついています。レスター王子も、無事に保護されて元気にされていますよ」

 キャロラインの言葉にマリオはゴクリと息を飲んだ。レスター王子。化け物だと悪名高い不思議で光る目を持つという王子だ。

「レ、レスター王子ですか……やはり、彼が当主になるのでしょうか……」
「恐らくは、そうですね。レスター王子は嫌ですか?」

 あまりにも率直なキャロラインの問いかけにマリオは嘘を吐く事も出来ず、困ったように汗をかく。

 そんなマリオの反応を見てアリスが眉を釣り上げた。

「レスター王子と会った事ありますか?」

 キャロラインの後ろから突然登場したアリスに、マリオは目を丸くする。どう見てもあの時の視察員だったからだ。よく見ればアリスの隣に居る人物もまた、あの日一緒に視察に来ていた人ではないのか。

「き、君達は……」
「今日はキャロライン様の護衛としてルイス様直々に頼まれて来ているんです! ところで、レスター王子に会った事はありますか? と聞いてます!」
「アリス、駄目よ。そんな言い方をしては」
「で、でも……」

 アリスは困ったように笑って止めるキャロラインを見てすごすごとキャロラインの後ろに戻った。そんなアリスをアランとキリがそれぞれ背中と肩を叩いて慰めてくれる。

 そんなアリス達に何かを感じ取ったのか、マリオはおずおずと窺うようにキャロラインに問いかけた。

「レスター王子と直接お会いした事はないのですが、皆さまはレスター王子とお会いした事があるのですか?」

 マリオの問いかけに優し気に微笑んで頷いたキャロライン。

「ええ。彼の目は父親のロンド様と、亡き奥様の目を綺麗に受け継いだ素晴らしい瞳です。光を受けてキラキラと輝くんですよ。夜に光るの獣のようなギラついた光ではなく、ほんのりと、まるで夜空に浮かぶ星のような美しさなのです。ロンド様は再婚なさるまではレスター王子の瞳を宝石のようだと褒めていらしたそうです。彼の瞳がこの世の物とは思えないほど美しすぎた故に、きっとそんな仇名がついてしまったのでしょうね」

 遠まわしに継母がレスターの美しすぎる瞳に嫉妬していただけだという印象を送り込むキャロラインに、アリスもキリもアランまでもが目を丸くした。多分、キャロラインは相当怒っている。

「そ、そうだったんですか! で、では人となりは? ワガママで横暴だと言われていますが」
「まさか! 私はあれほど控えめで用心深く、思慮深い方は知りません」

 この言葉にアリス達は今度は閉口した。

 なるほど、レスターの卑屈さは控えめで、臆病なのは用心深くて思慮深いと言いかえるのか。物は言いようである。

 しかしそれを聞いてマリオの表情はパッと明るくなった。

「そうですか! レスター王子はまだ十二歳だと聞いておりますが、彼がこの地に戻りお会いできるのがとても楽しみになりました。そんなに彼の瞳は美しいのですか?」
「それはもう、素晴らしいですわ。アースカラーと言うそうです。まるで私達の居るこの星のように複雑な色を持つことからそう呼ばれるそうですわ」
「ほぉ……」

 思わず想像して頬を染めたマリオにキャロラインは言う。

「彼がいつか、この一面の小麦畑であなた達と共に作業をしている姿が目に浮かぶようです。私からもお願いします。レスターはまだ若輩です。マリオ様、どうか彼を支えてやってくださいね」
「は、はい!」

 キャロラインから直々にレスターの世話を頼まれた! 

 マリオはこの日からあちこちで執事と共にレスター王子の噂をばらまいた。というよりも、まだ見た事のない王子に想いを馳せてあちこちで話しただけなのだが、それが功を奏して気づけばレスターの瞳は領主に相応しい神秘の色だと言われ始める。

 そこにレスターが真っ白な美しい狼を伴って戻ってきたものだから、いつの間にかレスターは妖精の加護があるのだと言われるようになってしまい、本人はおろか闘病を終えて戻ってきたロンドでさえ驚くのだが、それはまだ先の話だ。

 領主邸は今は誰も居ない状態で入る事さえ出来なかった為、一行はマリオに案内されて豪華な宿屋に部屋を取る事になった。

 その一室に集まり、キャロラインが静かに話し出す。

「では、今回こちらに来た理由をお話します。あらかたこの二人から聞いているとは思いますが、私の予想では数年後に飢饉がやってくると思うのです。それに備えて食糧の備蓄を備えて欲しいのと共に、私が立ち上げる事業に協力して欲しいのです」
「!」

 これを聞いてマリオは居住まいを正した。後ろに控えている執事にも緊張が走る。
 来た! 思わずアリスとキリを見ると、二人は真顔で頷く。

「私はこの二人とここには居ませんがもう一人に、ある依頼をしました。これからやってくるであろう飢饉の対策をしたい。その為にルーデリア国内を回り、何かいい案は無いか? と。すると、ここに居るアリスがある物を開発したのです。それが、これです」

 キャロラインが言うと、ミアが肩から下げていたクーラーボックスから、持ってきていた麺とスープを取り出した。ここに来るまでにキャロラインの氷でガンガンに冷やしながら持ってきたのだ。それを執事に耳打ちをしてラーメンを作ってきてもらう。

「あ、あれは?」
「小麦料理なのです」
「え⁉ あ、あれが?」
「はい。とても信じられないでしょう? 私も最初は信じられませんでした。ですが、あの小麦料理がいずれ訪れる飢饉を救うと断言できます」

 しばらくして、執事が驚愕の表情でラーメンを手に部屋に戻ってきた。

 執事が部屋に入ってきた途端、部屋中に充満するラーメンの匂いに思わずアリスはお腹を押さえた。ここで鳴らす訳には絶対にいかない。アリスは空気を読んだのだ!

 執事はそっとマリオの目の前にラーメンを置いて一歩下がるが、視線はラーメンに釘付けだ。

 厨房でも、一流のシェフたちでさえゴクリと息を飲んでラーメンを見守っていた。
一体どんな味がするのか。何だ、このいい匂いは。そんな風に思っているであろう事が顔にデカデカと書かれていた。

「こ、これは」
「ラーメンと言います。そして、そのスープの中に入っているのが麺。これが小麦粉で出来ているのです」
「な、なんと……」

 小麦と言えばパンである。粉の状態で保存しても、一年ほどは持つ。しかし、粉のままでは食べられない。パンなどにしたくても、飢饉が来ればパンの原料になる小麦以外の物すら無くなる恐れがあるのだ。現に十八年前の飢饉では、小麦はおろか玉子やミルクやバターなども市場から姿を消した。飢饉がくれば真っ先に潰されるのは家畜である。

「この麺は生の状態で冷蔵しておけば一週間。そして、完全に乾かす事で1~2年保存がきくのです」
「そ、そんなに⁉」
「ええ。パンと違い材料に玉子や乳製品を使わない為、それが可能なのだとか。まずは食べてみてください」

 キャロラインの指示にマリオは頷いて一口ラーメンをすすってみた。

「!」

 大きく目を見開き、すぐに二口めを食べる。そんな主を見てゴクリと執事が息を飲んだ。

「は! すまん、夢中で食べる所だった。ヨルン、お前も食べてみろ! これは凄いぞ!」
「はい」

 待ってましたとばかりにヨルンは不敬だとは思いながらもマリオのフォークを使ってラーメンを食べた。興味には抗えなかった瞬間である。

 一口食べて目を見開き、二口目で感嘆を漏らす。

「これは……素晴らしいですね……」

 ヨルンは名残惜し気にマリオにフォークを拭いて返すと、マリオは頷いただけですぐにまたラーメンを食べだす。

 しばらくしてスープまでしっかりと完食したマリオの頬はラーメンの熱と興奮で林檎のように真っ赤になっている。
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