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第16話 侵入者 

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「さて! さてさて皆さん! それじゃあ今話した通り、ハロウィン始めるよ~! 準備はいいか~?」

 即席で広場に作られたステージの上から吸血鬼に扮したアリスが声を張り上げると、あちこちから歓声が上がった。

 一月前にノアから聞かされた新しいお祭り、ハロウィン。それに併せて領民たちは今まで準備をしてきた。話を聞く限り何だか楽しそうなお祭りに領民たちはそれはもう楽しみにしていたのだが、何よりも従来の収穫祭に比べたら子供や女性も気軽に参加出来るのがいい。何なら子供達が主役のお祭りだ。

「では大人の皆さん、子供たちにイタズラされないようにしっかりお菓子用意しましたか⁉」
「お~! うちはキャシーのバターサンドを大量に作ったぞ!」
「うちは野菜のパウンドケーキよ。好き嫌いしないでちゃんと貰いに来てちょうだいね?」

 口々に自慢のお菓子を発表する大人たちに子供たちは目を輝かせた。

「うんうん! 子供たちはしっかり皆のお菓子を貰うように! くれない人は齧っちゃえ! それじゃあ、第一回ハロウィン開催しま~す! 終わったらいつもの如くバーベキューだからね! お菓子でおなか一杯にならないよう気を付けて!」

 こうしてバセット領で初めてのハロウィンが開催されようとしたその時、森の奥からドンの咆哮が聞こえてきた。こんな事はとても珍しい。

「アリス、何か来たみたいだよ」

 思わず身構えたノアに頷いたアリスは、声を張り上げる。

「皆、一旦退避! 地下に潜って私達が呼ぶまで出てこないように! 行くよ、兄さま! キリ!」
「了解」
「了解です」

 そう言って駆け出した三人を仲間たちは唖然として見送り、次の瞬間にはハッとする。

「モブ、魔道士! 僕たちも行くよ! ライラ、王子たちを避難させて!」

 まさか本当に何か起こると思っていなかったので、トーマスは居るがルーイとユーゴは居ない。リアンはアランとオリバーに声をかけて駆け出した。

「はい! ルイス様、キャロライン様、子供達! 急いで!」

 ライラの声にルイスとカインは急いで子供達を両手に抱き上げて走り出した。

 カボチャ頭にフードを着ていてどれが誰の子かは分からないが、そんな事はこの際どうでもいい。キャロラインも子供達の手を引いてバセット家で青ざめて手招きしているアーサーとグレース目掛けて走る。スカートをたくし上げて子供達を庇うように走るキャロラインを見ていた領民たちは、その光景を瞼に焼き付けた。

 王と王妃があんな風に慌てるなんて、もしかしたらまた何かが起こるのかもしれない。まことしやかに騒がれている妖精王が姿を消したというのは、もしかしたら噂なんかではないのかもしれない。

 アーサーの元まで辿り着いたキャロラインは子供達の数を数えて地下に案内される前に振り返って森を見て呟く。

「アリス、気をつけて……」
 

「ドンちゃん! 一体どうしたの⁉」
「キュキュゥ……」

 アリスが森の奥でしゃがみこんで蹲るドンを見つけて急いで駆け寄ると、ドンはアリスの声を聞いて弱々しく鳴き声を上げた。

 よく見るとドンの足の爪の辺りからじんわり血が出ている。騒ぐにしても大げさすぎる気がしないでもないが、足は怪我すると相当痛い事をアリスもよく知っている。

「怪我したの⁉ 誰にやられたの!」

 ドンに傷つけるなんて相当な力の持ち主だ。ノアが昨夜言っていたように、もしかしたら本当に例の二人組がここにやってきたというのか!

 アリスが辺りを見渡すと、そこにはもう何も居ない。居ないが、気配だけはしている。森のざわめきがいつもと違う気がしていた所に、遅れてノアとキリがやってきた。

「アリス!」
「兄さま、ドンちゃんが怪我してるの!」
「え? ほんとだ」
「……かすり傷じゃないですか。こんな傷であんな大袈裟に騒いだんですか?」

 呆れたようなキリの言葉にドンは首を振って何かを伝えようとしてくるが、何を言っているのか全く分からない。

「ちょ、あんた達、走るの早すぎない⁉」
「アリスさんですから。本気になれば時速50キロぐらいは出そうです」
「いや、それもう人じゃないっすよ」
「アラン様、ドンちゃんの足治療してあげてください! 怪我してるの!」
「ええ。ドン、足を見せてください。これはまた……何で引っ掛けたんです? 器用に両足とも怪我して。可哀相に」
「キュキュ、キュキュキュキュ!」
「ん?」

 やっぱり必死になって何かを説明するドンに仲間たちは首を傾げるばかりである。その時だ。

「皆、避けて!」

 アリスは叫んだ。その叫び声を聞いた途端、仲間たちは急いでその場から離れた。その直後に自分たちの居た場所にどこからか飛んできた矢が刺さる。

「そこか!」

 アリスは地面に刺さった一本の矢を抜き取ってすかさず投げ返したが、生憎空振りに終わってしまった。

「これ、ルーデリアのではないね。レヴィウスの紋章が入ってる」
「相手はレヴィウスの者ということですか?」

 ノアの手元を覗き込んでいたキリが言うと、ノアは首を振った。

「いや、矢なんてどこでも調達出来るからそこまでは分からないけど、気配消えたね」
「うん」

 神経を張り巡らせて辺りを見渡していたアリスが頷くと、ホッとしたようにリアンとオリバーが息をついた。出来るなら自分たちも戦いたくなど無い。

「とりあえずドン、ドンは一旦戻ってスキピオに事情を説明して。家に二人で戻っておいで。寝床は作っておくから。あと常にレッドαは持っておくこと!」
「キュ!」

 よしよしと膝を撫でてくれるノアに頬ずりして、ドンはまた森の奥に戻って行ってしまった。

「とりあえず一件落着……ですか?」
「まだ何とも言えないけど、とりあえず何事も無くて良かったよ。矢は一応回収していこう」
「そうですね。もしかしたら何かを塗られている可能性もあります。アラン様、屋敷に戻ってから解析をお願いしても構いませんか?」
「もちろんです。では矢は私が預かりましょう」

 回収した矢を受け取ったアランはその先に布を厳重に巻いた。

「じゃ、戻ろっか! いつもの盗賊だったのかな?」

 首を傾げてそんな事を言うアリスに、リアンが容赦なく突っ込んでくる。

「それがもうおかしいんだって! 何でそんなホイホイ盗賊来んの⁉ ここ一体どうなってんの!」
「何か財宝でも埋まってんじゃないっすか」
「だとしても変質者が現れる率が異常だからね⁉」
「目ぼしいものなど何もありません。しいて言うならお嬢様は大変珍しい生物に分類されるので、物好きには高く売れるかもしれませんが」
「酷い! あいっかわらず酷い!」
「二人共喧嘩しないの。早く戻ってハロウィンの続きしよう。皆楽しみにしてるよ」

 ノアはそう言って歩き出す。何かおかしい。盗賊にしても変だ。こんな威嚇みたいな攻撃だけで姿を消すなんてありえない。

 けれど、今はまだ何も起こっていないのでどうする事も出来ない。

 ノアはいつもとは少しだけ雰囲気の違う森を見上げてため息を落とした。


 森から戻ったアリスはいそいそとまた壇上に戻ると、誰も居ない広場で力の限り叫んだ。

「さて、気を取り直して! バセット領初のハロウィン開催するぞ~!」

 アリスがそう言って両腕を振り上げると、どこからともなく避難していた人たちがゾロゾロと姿を現した。

 子供たちが嬉しそうにカゴを持って走り出したのを見て、アリスもいそいそと空のカゴを持ってお菓子をせびりに行こうとしたところでキリに首根っこを掴まれる。

「お嬢様のカゴはこちらです。何を参戦しようとしてるんですか」
「ちぇ! せっかくお菓子大量ゲットのチャンスなのに!」
「どうせノエルとかレオとかカイから巻き上げるんでしょ? アリス、子供のために開催するんだって言ったから僕はOKを出したんだよ?」
「う……はい、ごめんなさい。あ! キャロライン様~! さっきは言えなかったけどウサギ耳! ひゃ~~~! か、可愛すぎる~~! 流石推し~~~! 写真写真!」
「本当に……なんて愛らしい……これはチームキャロラインにも送らないと!」
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