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第30話 大陸との違い
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そんな話をしながら気づけば今日の宿に辿り着いた一行は、エリスの事を父さんと呼んだ。
今回のエリスは子沢山で妻に逃げられたうだつの上がらない父という設定なのである。実際、あの三人の子はエリスの子供みたいなものだ。むしろ気持ち的には孫と言ってもいい。
ちなみに勇者エリスは視察に行くときは大抵一人で変装をしている。理由は、どこに行っても「勇者様!」と声を掛けられてしまって仕事にならないからだ。
部屋に案内された一行は、アミナス以外が手帳を開いて今後の作戦会議を始めた。
「明日はいよいよシュタに入る。そっからシュタの聖地まではほぼ丸一日かかるから覚悟しとけ。もしかしたらどっかでもう一泊になるかもしれん。アミナス、お前はお菓子の調達はしっかりしとけよ。絶対宿屋まで腹もたねーんだから」
「はーい! 師匠、お小遣いちょーだい!」
そんな事を言われたアミナスは小さな両手をスッとエリスに差し出した。そんなアミナスを見てエリスは呆れたように両手に小銭をじゃらじゃらと置く。片手ではなく、あえて両手を差し出して来た所にノア味を感じるエリスだ。
「……ほら。大事に使えよ」
「ひゃっはー! クロ、お買い物行こー!」
「にゃぁ!」
「あ、こら待て! 勝手にフラフラ出歩くな! カイ、付いてってやってくれ」
「はい。お嬢様! ちゃんとお金はポシェットに仕舞ってください! 落としますよ!」
慌てて飛び出して行ったカイが見えなくなった所で、エリスとレオが同時に溜息を落とす。
「二人共、元気だして。アミナスがこうなるなんて事、最初から分かってた事だよ」
ニコッと笑ったノエルを見て、二人は顔を見合わせてもう一度溜息を落とした。
「気を取り直して、師匠、シュタの聖地には具体的には何があるんですか?」
「何もないぞ。あ、祠があるな。小さな祠だよ。何が祀ってあんのか誰も知らないってのが不思議なんだがな」
「誰も知らない? それぐらい古いって事なのかな?」
「そうだな。何度も修繕はされてるみたいだが、少なくともここ最近建てられたもんじゃない事は確かだな。そもそも何故シュタが世界の中心と呼ばれているのかも分からないんだ。それはそっちでもそうだろ?」
「うん。文献を見ても、父さまでもそれは知らないって言ってた。もしかしたらシャルさんなら知ってるかも」
「ああ、本当ですね。あの方はもう大分昔の時代から来られてますもんね」
「よし、聞いてみよ!」
ノエルはそう言ってスマホを取り出してすぐさまシャルに電話をし始めた。こういう行動力はアリスに大変良く似ている。
『これはこれは、珍しい。どうしました? ノエル』
「シャルさん、こんにちは。すみません、少しお聞きしたいんですがいいですか?」
『ええ、構いませんよ』
「シャルさんが居た時代にも、シュタってありましたか?」
『ありますよ。シュタだけはずっと同じ地名です。恐らく、この世界が出来た時から。シュタは心臓と言う意味を持ちます。神話では神がこの星を創り、初めて降り立った場所だとも言われていますよ。生憎、今の神話からその部分は省かれてしまっていますが』
「神様が初めて降りた所! そうだったんですね! ありがとうございました!」
『いえいえ。ノエル、張り切るのはいいですが、どうか気をつけてくださいね』
「はい! シャルさんも気をつけてください。それでは、また!」
『ええ、また』
電話を切ったノエルは笑顔のままエリスを見た。すると、エリスは小さく頷いて腕を組んで考え込む。
「神話からその部分を切り取ったのは、恐らく教会の連中だな。という事は、やはりシュタには何かあったんだろう。よし、もうちょい詳しく調べてみるか!」
言うなりエリスは仲間たちに一斉にメッセージを送った。シュタについてどんな情報でもいいから集めてくれ、と。
一方、早速町を探索していたアミナスは、カイと妖精王をお供にあちこち冒険していた。
「美味しい匂いがする! 何の匂いだろう?」
「焼きイカの匂いがします。父さん達の子供時代にイカやタコを食べるようになってからというもの、あちこちで魚介類専門料理店が出来たそうですから」
「うん、魚介類私も好き! ラーメンのスープに魚介は必須だよ! くんくんくん! こっちからも美味しい匂いがする!」
鼻を鳴らしながらフラフラとそちらに向かって行こうとするアミナスは首根っこをしっかりとカイに掴まれてしまった。
「お嬢様、宿に戻ったらすぐに食事です。今は明日のお菓子を買いに来たんですよ?」
「そうだったそうだった! レオとカイのはチョコレートのでいい?」
「ええ。チョコチップクッキーがいいです」
「分かった! じゃ、兄さまのアーモンドの奴とー、クロは?」
「我は断然ハーブが入ったクッキーだ! ナッツぎっしりのヤツでもいいぞ。何ならナッツだけでもいい。乾燥フルーツなんかも好きだぞ!」
「誰よりも注文が多いですね、クロは」
呆れたようなカイの言葉にアミナスも思わず頷いてしまった。
「そんなにお小遣いないよぅ。クロは妖精王なのにお金持ってないの?」
「うむ。妖精王は金など持たん! 何故ならどこへ行っても歓迎されてパーティーが行われるからな!」
「……いいご身分ですね。まるでお嬢様です」
「いいなぁ……どこ行ってもパーティー……」
真反対の事を言う二人は互いに顔を見合わせてフンとそっぽを向く。
と、その時、通りの向こうから男の怒鳴り声が聞こえてきた。そのすぐ後に子供が何度も謝る声と短い悲鳴が聞こえてきて、三人は顔を見合わせて走り出す。
するとそこにはボロボロの服を着た少年と、その少年の髪を掴んで今にも殴り掛かりそうな男がいた。
「ぶつかってきておいて何だその態度は! 子供だからって俺は容赦しねぇぞ! そっちからぶつかって来たんだから金ぐらい出せよ! 誰かから盗んだ金とかあんだろ⁉」
男が拳を振りかぶり、周りの人達は見て見ぬ振りを決め込む。
アミナスはそんな様子にカチンときてしまった。アリスに習ったクラウチングスタートで走り出したアミナスは、あっという間に男が正に振りかぶろうとした所に滑り込み、少年を突き飛ばして男の拳を正面から受け止める。
そんな様子を見てカイはおでこに手を当てて首を振り、妖精王はアミナスがクラウチングスタートをした事でごっそり抉れた土を見てゴクリと息を呑んだ。
「おっちゃん、こんな子供に手あげるなんて、ふざけてんの⁉」
「だ、誰だお前……」
思い切り振りかぶった拳を少女に素手で止められた男は、青ざめて拳を戻そうとするが、少女に掴まれた拳はびくともしない。
「この子、謝ってたでしょうが! 大体ぶつかったぐらいで金出せって何⁉ 他の人も! 何で誰も止めないの⁉ しんっじらんない!」
そう言ってアミナスは突き飛ばされて意識を失ってしまった少年を担ぎ上げ、呆然とする人たちの間をすり抜けてノシノシとカイと妖精王の元に戻った。
「行こ」
「はい」
「にゃ、にゃぁ~……」
いや、それより少年一人を軽々担ぎ上げるのはどうなのだ?
妖精王はそんな事を考えながら、後ろ足でアミナスが抉った土を隠して慌てて二人の後を追った。
表通りに少年を担いで戻ってきたアミナスを、遠目から何人もの人たちがチラチラと見て通り過ぎる。
「やっぱ大陸と島は全然違うんだね」
ルイスとキャロラインの努力のおかげでルーデリアの国内ではこんな事はもう滅多に起こらない。貧困街と呼ばれていた場所は今は市場に姿を変え、物乞いをしていた人達にも仕事場が与えられた。
今回のエリスは子沢山で妻に逃げられたうだつの上がらない父という設定なのである。実際、あの三人の子はエリスの子供みたいなものだ。むしろ気持ち的には孫と言ってもいい。
ちなみに勇者エリスは視察に行くときは大抵一人で変装をしている。理由は、どこに行っても「勇者様!」と声を掛けられてしまって仕事にならないからだ。
部屋に案内された一行は、アミナス以外が手帳を開いて今後の作戦会議を始めた。
「明日はいよいよシュタに入る。そっからシュタの聖地まではほぼ丸一日かかるから覚悟しとけ。もしかしたらどっかでもう一泊になるかもしれん。アミナス、お前はお菓子の調達はしっかりしとけよ。絶対宿屋まで腹もたねーんだから」
「はーい! 師匠、お小遣いちょーだい!」
そんな事を言われたアミナスは小さな両手をスッとエリスに差し出した。そんなアミナスを見てエリスは呆れたように両手に小銭をじゃらじゃらと置く。片手ではなく、あえて両手を差し出して来た所にノア味を感じるエリスだ。
「……ほら。大事に使えよ」
「ひゃっはー! クロ、お買い物行こー!」
「にゃぁ!」
「あ、こら待て! 勝手にフラフラ出歩くな! カイ、付いてってやってくれ」
「はい。お嬢様! ちゃんとお金はポシェットに仕舞ってください! 落としますよ!」
慌てて飛び出して行ったカイが見えなくなった所で、エリスとレオが同時に溜息を落とす。
「二人共、元気だして。アミナスがこうなるなんて事、最初から分かってた事だよ」
ニコッと笑ったノエルを見て、二人は顔を見合わせてもう一度溜息を落とした。
「気を取り直して、師匠、シュタの聖地には具体的には何があるんですか?」
「何もないぞ。あ、祠があるな。小さな祠だよ。何が祀ってあんのか誰も知らないってのが不思議なんだがな」
「誰も知らない? それぐらい古いって事なのかな?」
「そうだな。何度も修繕はされてるみたいだが、少なくともここ最近建てられたもんじゃない事は確かだな。そもそも何故シュタが世界の中心と呼ばれているのかも分からないんだ。それはそっちでもそうだろ?」
「うん。文献を見ても、父さまでもそれは知らないって言ってた。もしかしたらシャルさんなら知ってるかも」
「ああ、本当ですね。あの方はもう大分昔の時代から来られてますもんね」
「よし、聞いてみよ!」
ノエルはそう言ってスマホを取り出してすぐさまシャルに電話をし始めた。こういう行動力はアリスに大変良く似ている。
『これはこれは、珍しい。どうしました? ノエル』
「シャルさん、こんにちは。すみません、少しお聞きしたいんですがいいですか?」
『ええ、構いませんよ』
「シャルさんが居た時代にも、シュタってありましたか?」
『ありますよ。シュタだけはずっと同じ地名です。恐らく、この世界が出来た時から。シュタは心臓と言う意味を持ちます。神話では神がこの星を創り、初めて降り立った場所だとも言われていますよ。生憎、今の神話からその部分は省かれてしまっていますが』
「神様が初めて降りた所! そうだったんですね! ありがとうございました!」
『いえいえ。ノエル、張り切るのはいいですが、どうか気をつけてくださいね』
「はい! シャルさんも気をつけてください。それでは、また!」
『ええ、また』
電話を切ったノエルは笑顔のままエリスを見た。すると、エリスは小さく頷いて腕を組んで考え込む。
「神話からその部分を切り取ったのは、恐らく教会の連中だな。という事は、やはりシュタには何かあったんだろう。よし、もうちょい詳しく調べてみるか!」
言うなりエリスは仲間たちに一斉にメッセージを送った。シュタについてどんな情報でもいいから集めてくれ、と。
一方、早速町を探索していたアミナスは、カイと妖精王をお供にあちこち冒険していた。
「美味しい匂いがする! 何の匂いだろう?」
「焼きイカの匂いがします。父さん達の子供時代にイカやタコを食べるようになってからというもの、あちこちで魚介類専門料理店が出来たそうですから」
「うん、魚介類私も好き! ラーメンのスープに魚介は必須だよ! くんくんくん! こっちからも美味しい匂いがする!」
鼻を鳴らしながらフラフラとそちらに向かって行こうとするアミナスは首根っこをしっかりとカイに掴まれてしまった。
「お嬢様、宿に戻ったらすぐに食事です。今は明日のお菓子を買いに来たんですよ?」
「そうだったそうだった! レオとカイのはチョコレートのでいい?」
「ええ。チョコチップクッキーがいいです」
「分かった! じゃ、兄さまのアーモンドの奴とー、クロは?」
「我は断然ハーブが入ったクッキーだ! ナッツぎっしりのヤツでもいいぞ。何ならナッツだけでもいい。乾燥フルーツなんかも好きだぞ!」
「誰よりも注文が多いですね、クロは」
呆れたようなカイの言葉にアミナスも思わず頷いてしまった。
「そんなにお小遣いないよぅ。クロは妖精王なのにお金持ってないの?」
「うむ。妖精王は金など持たん! 何故ならどこへ行っても歓迎されてパーティーが行われるからな!」
「……いいご身分ですね。まるでお嬢様です」
「いいなぁ……どこ行ってもパーティー……」
真反対の事を言う二人は互いに顔を見合わせてフンとそっぽを向く。
と、その時、通りの向こうから男の怒鳴り声が聞こえてきた。そのすぐ後に子供が何度も謝る声と短い悲鳴が聞こえてきて、三人は顔を見合わせて走り出す。
するとそこにはボロボロの服を着た少年と、その少年の髪を掴んで今にも殴り掛かりそうな男がいた。
「ぶつかってきておいて何だその態度は! 子供だからって俺は容赦しねぇぞ! そっちからぶつかって来たんだから金ぐらい出せよ! 誰かから盗んだ金とかあんだろ⁉」
男が拳を振りかぶり、周りの人達は見て見ぬ振りを決め込む。
アミナスはそんな様子にカチンときてしまった。アリスに習ったクラウチングスタートで走り出したアミナスは、あっという間に男が正に振りかぶろうとした所に滑り込み、少年を突き飛ばして男の拳を正面から受け止める。
そんな様子を見てカイはおでこに手を当てて首を振り、妖精王はアミナスがクラウチングスタートをした事でごっそり抉れた土を見てゴクリと息を呑んだ。
「おっちゃん、こんな子供に手あげるなんて、ふざけてんの⁉」
「だ、誰だお前……」
思い切り振りかぶった拳を少女に素手で止められた男は、青ざめて拳を戻そうとするが、少女に掴まれた拳はびくともしない。
「この子、謝ってたでしょうが! 大体ぶつかったぐらいで金出せって何⁉ 他の人も! 何で誰も止めないの⁉ しんっじらんない!」
そう言ってアミナスは突き飛ばされて意識を失ってしまった少年を担ぎ上げ、呆然とする人たちの間をすり抜けてノシノシとカイと妖精王の元に戻った。
「行こ」
「はい」
「にゃ、にゃぁ~……」
いや、それより少年一人を軽々担ぎ上げるのはどうなのだ?
妖精王はそんな事を考えながら、後ろ足でアミナスが抉った土を隠して慌てて二人の後を追った。
表通りに少年を担いで戻ってきたアミナスを、遠目から何人もの人たちがチラチラと見て通り過ぎる。
「やっぱ大陸と島は全然違うんだね」
ルイスとキャロラインの努力のおかげでルーデリアの国内ではこんな事はもう滅多に起こらない。貧困街と呼ばれていた場所は今は市場に姿を変え、物乞いをしていた人達にも仕事場が与えられた。
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