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第31話 不思議な少年
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けれどそれは人数が少ないから出来たのだとノアは言っていた。ルーデリアと大国レヴィウスでは人口が違う。人が多くなればなるほど、統治するのは難しくなるのだ、と。
「そうですね。人口の差はもちろんですが、まだメイリングと戦争していた名残があちこちにあるようです」
「にゃぁ~」
妖精王が鳴いたその時、アミナスの肩で気を失っていた少年が目を覚ました。
「んん? ……あれ?」
「あ! 起きた! ごめんね、今下ろすから!」
アミナスは少年を肩から下ろして泥だらけになった服をはたいてやると、少年は無言でペコリと頭を下げてそのまま立ち去ろうとしたのだが、その矢先、少年のお腹が盛大に音を鳴らした。
「お腹、減ってるの?」
「顔見せてよ!」
アミナスは俯いたままコクリと頷いた少年の顎を無理やり持ち上げてその顔を覗き込んでハッとする。
「か、可愛い……」
身近には居ないタイプの可愛さに思わずアミナスが後ずさると、少年はまた慌てて俯いてしまった。
「お嬢様、そんな力の限り顎を持ち上げては驚くでしょう? あなた、名前は? 俺はカイです。バセット家で執事見習いをしています」
落ち着いたカイの言葉に少年はようやくゆっくりと顔を上げてポツリと言った。
「レックス」
と。
少年の背はアミナスと同じぐらいか、それよりも少し高いぐらいだった。
黒髪に両耳の後ろだけ髪の色が紫がかった色をしていて、何だか翼のようだ。何よりも目を引くのは瞳の色がまるでラピスラズリのように深い青紫で、所々に星のように金色の光りが散っていてとても美しい。
「レックス! 私はアミナスだよ。で、この猫がクロちゃんって言うの。よろしくね!」
すかさずキメ! をしたアミナスにレックスはふいとそっぽを向いて、小声でよろしく、とだけ呟く。
「お嬢様、とりあえずレックスのお腹が煩いので俺は何か買ってきます。あそこの椅子に座って待っていてください。いいですか? 絶対に動かないように!」
「はぁい。レックス行こ! クロちゃんも!」
そう言って戸惑うレックスの手を握ったアミナスは、妖精王を抱き上げて歩き出した。
カイに言われた通り大人しく椅子に座って足をぶらぶらさせているアミナスの手には、しっかりとレックスの手首が握られている。
「放してよ」
「やーだよ! だって、レックス逃げるもん」
「逃げない」
「嘘だよ。絶対逃げる。だって、足がずっと向こう向いてる。そういう時は逃げたい時だって父さまが言ってた! レックスはずっとここに居たの? お父さんとお母さんは?」
ズカズカと土足で矢継ぎ早に尋ねるアミナスにとうとうレックスの足がこちらを向いた。
「お父さんは居たかもしれない。お母さんは居ない。ここにずっと居た訳じゃない」
はっきりと言い切ったレックス。これ以上は聞いてくるな、という思いを込めたのだが、アミナスはそんな事では折れない。なぜなら、アミナスはアリスの娘なのだから!
「そっか! うちはねー、父さまが一人と、母さまが一人。兄さまも居るよ! あとねー」
「誰も聞いてない」
「はっ! 確かに聞かれてない! でも聞いて! それからね、キリとミアさんとレオとカイとアニー、クロでしょ? でね、ハンナとロイとジャックさんとジョージが居るよ! あとね、森にね――」
「……も、もういい」
アミナスはとうとう自分の家族だけでは飽き足らず領民たちの名前まで数えだした所で流石にレックスは止めた。こんな厚かましいやつ知らない。出来るだけ誰とも関わりたくなくて隠れるように生きてきたのに、よりによってこんな面倒そうなのに見つかるとは思わなかった。
「人生は分からないものだ」
ポツリと空を仰いでそんな事を言うレックスに、アミナスはニカッと笑う。
「だから面白いんじゃん! 嫌な事もしんどい事も、喉元すぎればどうって事ないって母さまいつも言うもん!」
アリスの武勇伝(?)を毎夜キリやハンナ達に聞かされてきたアミナスは、自分もそうなれると信じて疑わない。実際そうなれるぐらいのポテンシャルはある。
「喉元過ぎない場合は?」
「無理やり飲み込むんだよ! 一旦ゴックンしてもっかい最初からやり直しだよ! 満足行くまで何回もやり直すんだよ!」
「その前に死んだら?」
「来世に期待だよ!」
「……どこまでポジティブ?」
変な奴を見るようなレックスの視線にもめげず笑うアリスに、レックスはぼんやりと頷いた。
多分こいつは驚くほど思考回路が単純なんだ。だからきっとこんな風に言いきれるに違いない。あれこれ考え込んでしまう自分とは真逆なのだろう。
そんな事をレックスが考えていると、正面から三角錐の何かが差し出された。カイだ。
「無駄ですよ。お嬢様のお花畑はそんじょそこらのお花畑ではありません。それはもう、広大なお花畑なのです。なので、何を聞いてもポジティブな回答しか返ってきませんよ」
何せアリスの娘だからな。カイはそんな言葉を飲み込んでレックスにおかずクレープを差し出した。
「これは……」
見たこともない食べ物にレックスが首を傾げると、カイが淡々と言う。
「お嬢様のお母様、アリス様が開発したクレープです。本当はハンバーガーを探したのですが、生憎この辺りに店は無かったようです」
カイからクレープを受け取ったレックスは、早速一口齧って何かを確かめるように目を閉じた。
「小麦粉と卵と砂糖の生地に、マグロのフレークとレタス。これは卵と酢と油のソース……匂いは……キツくない。味は……ほんのり甘くて癖になる。酸味と塩味と甘みが丁度いい」
「つまり?」
一口食べて目を輝かせたレックスにアミナスが嬉しそうに問いかけると、レックスはアミナスをじっと見て言った。
「美味しい」
「良かった! 母さまの料理は何でも天才的に美味しいんだ! そうだ! レックスも一緒に行こうよ!」
「お嬢様⁉」
「にゃっ⁉」
驚いた二人を他所にアミナスは既に自分のクレープを食べ終えてご機嫌で続けた。
「レックス、ここに住んでるって訳じゃないんでしょ? どっか行くとこ決まってるの?」
「別に決まってない。どうせ誰も居ないし、時間も腐るほどあるからフラフラしてただけ」
「じゃ、いいじゃん! 一緒に冒険しようよ!」
「冒険……」
何だか久しぶりに胸が踊る単語にレックスの頬が少しだけ紅潮した。そんなレックスを見て慌てたのは妖精王とカイだ。
「そんな事俺たちだけで決められませんよ! まずは師匠達に聞いてみないと」
「にゃにゃにゃ!」
二人の猛抗議に怯んだレックスを横目にアミナスは何故か自信満々に胸を叩いて言い切る。
「大丈夫! 師匠も兄さまもレオも私がちゃんと説得するから!」
「……」
「……」
絶対ウソだ。拳で解決する気満々だ。カイと妖精王は思わず顔を見合わせて大きな溜息を落とすと、席を立った。ついでにレックスの腕も引っ張り上げる。
「?」
「行きますよ」
「反対されるんでしょ? じゃあ別にいいよ」
確かに冒険と聞いて一瞬楽しそうだとは思ったが、反対されるのが分かっているのなら別にいい。今まで通り一人であちこちフラフラするだけだ。
そう思ったのだが――。
「いえ、お嬢様は一度決めたら必ずあなたを連れて行きます。絶対です。そこに残念ですがあなたの意思は関係ありません。諦めてください」
真顔で言い切ったカイにレックスも無言で頷く。
どうやら本当に厄介なやつに見つかってしまったようだ――けれど、暇つぶしには、丁度いいかもしれない。
「そうですね。人口の差はもちろんですが、まだメイリングと戦争していた名残があちこちにあるようです」
「にゃぁ~」
妖精王が鳴いたその時、アミナスの肩で気を失っていた少年が目を覚ました。
「んん? ……あれ?」
「あ! 起きた! ごめんね、今下ろすから!」
アミナスは少年を肩から下ろして泥だらけになった服をはたいてやると、少年は無言でペコリと頭を下げてそのまま立ち去ろうとしたのだが、その矢先、少年のお腹が盛大に音を鳴らした。
「お腹、減ってるの?」
「顔見せてよ!」
アミナスは俯いたままコクリと頷いた少年の顎を無理やり持ち上げてその顔を覗き込んでハッとする。
「か、可愛い……」
身近には居ないタイプの可愛さに思わずアミナスが後ずさると、少年はまた慌てて俯いてしまった。
「お嬢様、そんな力の限り顎を持ち上げては驚くでしょう? あなた、名前は? 俺はカイです。バセット家で執事見習いをしています」
落ち着いたカイの言葉に少年はようやくゆっくりと顔を上げてポツリと言った。
「レックス」
と。
少年の背はアミナスと同じぐらいか、それよりも少し高いぐらいだった。
黒髪に両耳の後ろだけ髪の色が紫がかった色をしていて、何だか翼のようだ。何よりも目を引くのは瞳の色がまるでラピスラズリのように深い青紫で、所々に星のように金色の光りが散っていてとても美しい。
「レックス! 私はアミナスだよ。で、この猫がクロちゃんって言うの。よろしくね!」
すかさずキメ! をしたアミナスにレックスはふいとそっぽを向いて、小声でよろしく、とだけ呟く。
「お嬢様、とりあえずレックスのお腹が煩いので俺は何か買ってきます。あそこの椅子に座って待っていてください。いいですか? 絶対に動かないように!」
「はぁい。レックス行こ! クロちゃんも!」
そう言って戸惑うレックスの手を握ったアミナスは、妖精王を抱き上げて歩き出した。
カイに言われた通り大人しく椅子に座って足をぶらぶらさせているアミナスの手には、しっかりとレックスの手首が握られている。
「放してよ」
「やーだよ! だって、レックス逃げるもん」
「逃げない」
「嘘だよ。絶対逃げる。だって、足がずっと向こう向いてる。そういう時は逃げたい時だって父さまが言ってた! レックスはずっとここに居たの? お父さんとお母さんは?」
ズカズカと土足で矢継ぎ早に尋ねるアミナスにとうとうレックスの足がこちらを向いた。
「お父さんは居たかもしれない。お母さんは居ない。ここにずっと居た訳じゃない」
はっきりと言い切ったレックス。これ以上は聞いてくるな、という思いを込めたのだが、アミナスはそんな事では折れない。なぜなら、アミナスはアリスの娘なのだから!
「そっか! うちはねー、父さまが一人と、母さまが一人。兄さまも居るよ! あとねー」
「誰も聞いてない」
「はっ! 確かに聞かれてない! でも聞いて! それからね、キリとミアさんとレオとカイとアニー、クロでしょ? でね、ハンナとロイとジャックさんとジョージが居るよ! あとね、森にね――」
「……も、もういい」
アミナスはとうとう自分の家族だけでは飽き足らず領民たちの名前まで数えだした所で流石にレックスは止めた。こんな厚かましいやつ知らない。出来るだけ誰とも関わりたくなくて隠れるように生きてきたのに、よりによってこんな面倒そうなのに見つかるとは思わなかった。
「人生は分からないものだ」
ポツリと空を仰いでそんな事を言うレックスに、アミナスはニカッと笑う。
「だから面白いんじゃん! 嫌な事もしんどい事も、喉元すぎればどうって事ないって母さまいつも言うもん!」
アリスの武勇伝(?)を毎夜キリやハンナ達に聞かされてきたアミナスは、自分もそうなれると信じて疑わない。実際そうなれるぐらいのポテンシャルはある。
「喉元過ぎない場合は?」
「無理やり飲み込むんだよ! 一旦ゴックンしてもっかい最初からやり直しだよ! 満足行くまで何回もやり直すんだよ!」
「その前に死んだら?」
「来世に期待だよ!」
「……どこまでポジティブ?」
変な奴を見るようなレックスの視線にもめげず笑うアリスに、レックスはぼんやりと頷いた。
多分こいつは驚くほど思考回路が単純なんだ。だからきっとこんな風に言いきれるに違いない。あれこれ考え込んでしまう自分とは真逆なのだろう。
そんな事をレックスが考えていると、正面から三角錐の何かが差し出された。カイだ。
「無駄ですよ。お嬢様のお花畑はそんじょそこらのお花畑ではありません。それはもう、広大なお花畑なのです。なので、何を聞いてもポジティブな回答しか返ってきませんよ」
何せアリスの娘だからな。カイはそんな言葉を飲み込んでレックスにおかずクレープを差し出した。
「これは……」
見たこともない食べ物にレックスが首を傾げると、カイが淡々と言う。
「お嬢様のお母様、アリス様が開発したクレープです。本当はハンバーガーを探したのですが、生憎この辺りに店は無かったようです」
カイからクレープを受け取ったレックスは、早速一口齧って何かを確かめるように目を閉じた。
「小麦粉と卵と砂糖の生地に、マグロのフレークとレタス。これは卵と酢と油のソース……匂いは……キツくない。味は……ほんのり甘くて癖になる。酸味と塩味と甘みが丁度いい」
「つまり?」
一口食べて目を輝かせたレックスにアミナスが嬉しそうに問いかけると、レックスはアミナスをじっと見て言った。
「美味しい」
「良かった! 母さまの料理は何でも天才的に美味しいんだ! そうだ! レックスも一緒に行こうよ!」
「お嬢様⁉」
「にゃっ⁉」
驚いた二人を他所にアミナスは既に自分のクレープを食べ終えてご機嫌で続けた。
「レックス、ここに住んでるって訳じゃないんでしょ? どっか行くとこ決まってるの?」
「別に決まってない。どうせ誰も居ないし、時間も腐るほどあるからフラフラしてただけ」
「じゃ、いいじゃん! 一緒に冒険しようよ!」
「冒険……」
何だか久しぶりに胸が踊る単語にレックスの頬が少しだけ紅潮した。そんなレックスを見て慌てたのは妖精王とカイだ。
「そんな事俺たちだけで決められませんよ! まずは師匠達に聞いてみないと」
「にゃにゃにゃ!」
二人の猛抗議に怯んだレックスを横目にアミナスは何故か自信満々に胸を叩いて言い切る。
「大丈夫! 師匠も兄さまもレオも私がちゃんと説得するから!」
「……」
「……」
絶対ウソだ。拳で解決する気満々だ。カイと妖精王は思わず顔を見合わせて大きな溜息を落とすと、席を立った。ついでにレックスの腕も引っ張り上げる。
「?」
「行きますよ」
「反対されるんでしょ? じゃあ別にいいよ」
確かに冒険と聞いて一瞬楽しそうだとは思ったが、反対されるのが分かっているのなら別にいい。今まで通り一人であちこちフラフラするだけだ。
そう思ったのだが――。
「いえ、お嬢様は一度決めたら必ずあなたを連れて行きます。絶対です。そこに残念ですがあなたの意思は関係ありません。諦めてください」
真顔で言い切ったカイにレックスも無言で頷く。
どうやら本当に厄介なやつに見つかってしまったようだ――けれど、暇つぶしには、丁度いいかもしれない。
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