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第34話 元妖精王の戦士

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「それにしても影を盗られるというのは斬新ね。影なのだからやっぱり身体能力なんかは本人と同じなのかしら」

 首を傾げたキャロラインに、キリが小さく首を振る。

「やや劣ると思います。少なくとも、俺を襲った偽物お嬢様は本物には敵わないと思うので」
「そうなの。でもやや、という事はやっぱりほぼアリスだったと言うこと?」
「はい。ほぼ猿でした。ゴリラまではいかなかったっていうぐらいの認識でいいと思います」
「分かりにくいしどっちにも襲われたくないよ!」

 本気の猿やゴリラに人は丸腰では勝てない。少なくとも自分は敵わない。そんな事を考えながらリアンが思わず突っ込むと、それまで黙って話を聞いていたカインが口を開いた。

「でもさ、趣味嗜好は似てるよね? アリスちゃんの偽物は分かんないけど、少なくともノアは誰にも手は出さなかった。それどころか赤ちゃんあやしていくだけっていう謎行動とった訳じゃん? でさ、偽アリスちゃんがルイス達を襲った時の事を考えると、それもやっぱアリスちゃんの思考に似てるのかなって思うんだけど、ノアどう思う?」
「僕もあれからずっと考えてたんだけど、アリスが襲ったのはロイ、キリ、キャロライン、ルイス、ライラちゃんだよね。でもさ、ちゃんと襲ったのロイとキリとルイスだけなんだよ」
「そこなんだよな。俺もそう思ったんだ。ロイは確かに腹を殴られた。キリも道中で襲われた。次はキャロラインだけど、でもこれはルイスを庇っただけなんだよな。で、次にルイスがおでこを手刀で割られて、最後はライラちゃんの崇拝してる絵を破いた。その時に止めようとしてライラちゃんはすっ転んだ訳だよな?」
「そうです。止めなければ別に怪我はしなかったと思います。偽者アリスは私に見向きもしなかったので」

 あの時ライラが絵を破る偽アリスの腰にしがみつかなければ、ライラは転倒などしなかっただろう。そういう意味では、偽アリスが襲ったのはロイとキリとルイスだけと言うことになる。

「キリは分かるんだよ。そんなのしょっちゅうだからさ。アリスは未だにどこからともなく僕たちを襲ってきて高笑いしてるし。でもね、他の人達が分からないんだよね。だから僕はある仮説を立ててみたんだ」
「どんな仮説だ? というか、どんな理由があろうとも王のおでこをいきなり殴りつけるのはアウトだぞ!」
「王じゃなくてもアウトだよ。王子、ちょっと黙ってて。それで?」
「ああ、うん。あの時、アリスは皆の分のじゃがバターを作りに行っていた。つまりアリスはお腹が減ってたんだ、すごく。それは影もそうだったのかもしれない。だから寝ようとしていたロイを襲ったのかもしれない。何か作ってもらおうとして」
「野蛮すぎやしない⁉」
「まぁ口の利けないアリスの行動だからね。実にアリスらしく拳で片付けようとしたのかも。で、次にルイスのおでこなんだけど、この間ルイスとアリス電話で言い合いしてたよね? 王になってもまだおが屑がどうとかってさ」

 ノアの質問にアリスとルイスは互いの顔を見合わせて頷く。

「うっかり口を滑らせて、メイドの対応につい愚痴ってしまったんだ。そこをアリスに怒られてな」
「うっかり発言が出るって時点で普段からそんな事考えてんでしょ? まだ頭ん中おが屑か! 一回くり抜いてやろうか⁉ って言ったけど……」

 うーん、と考え込む二人にオリバーがギョッとしたように叫ぶ。

「いや、仮にも王様によくそんな事言えるっすね⁉」
「てかなんで王子もこいつに愚痴んの? ドMなの?」
「いや、定期的にアリスに叱られておくようにしているんだ。またどこで何を踏み間違うか分からないからな!」
「そんなもん、キャロラインに頼めよ」

 白けたカインにルイスは顔を真っ赤にして言い返した。

「キャロにそんな事言われたらショック死するだろうが!」

 勢いよく立ち上がったルイスを無視してノアが続ける。

「それだよ。その些細な言い合いがルイスの怪我の原因じゃないかって僕は思ったんだ。アリスはおが屑をくり抜いてやるって言ったんだよね? それを実行しようとしたんじゃないのかな、偽アリスは」

 それを聞いて立ち上がったルイスは青ざめておでこを押さえてアリスを見たが、アリスは首を横に振っている。アリスからすればとんだ濡れ衣だ。

「もちろんアリスは本心で言った訳じゃない。でも偽アリスは実行しようとしてルイスのおでこに手刀を当てた。最後にライラちゃんの絵なんだけど」

 そう言ってノアはスマホに残していた一枚のアリス画伯の絵(?)を皆に見せた。

「これ、一番最新の画伯の絵なんだけど、うちの画伯は今抽象画にハマってるんだよ」
「まともな絵も描けないのに抽象画など、本気で何を描いているのかさっぱり分からないといくら止めてもどんどん量産するので皆が困っているんです。今度まとめて暖炉にくべてやろうと思っています」
「ちょちょちょ、燃やす気⁉ あれ私の分身達なのに! 命を削って描いた魂の傑作なのに!」
「魂の傑作があんなにあってはいくら魂があっても足りません。分身は一人で十分です。鉛筆の芯の無駄! 絵の具の無駄! 紙の無駄! あなたが大嫌いな勿体ないの塊です!」
「が、がびーん……」

 思わず口をついて出た言葉を聞いてノアが苦笑いを浮かべながら言った。

「表現が古いよ、アリス。キリも気持ちは分かるけど、せめて何枚かは残してあげて」
「残りは燃やす気だよ、変態」
「っすね」
「でね、アリスはもしかしたら内心思ってたのかもしれない。皆に送ったあの絵、あれに自分が培った今の技術を落とし込みたい! とかさ」
「おこがましいにも程があるね」
「……っす」

 ここに居るメンバーは結婚式に皆、画伯から肖像画という名の落書きをもらった訳だが、誰一人として飾ってはいない。そう、ライラ以外は!

「そんな……アリス、また描いてくれる? 細切れにされちゃって見る影もないの」

 せっかくアリスが友情の証にとくれた絵だ。それが破かれて悲しみに暮れていたライラが言うと、アリスは勢いよく頷く。

「もちだよ! 今の私でライラを描くよ!」
「ありがとう、アリス!」

 ヒシっと抱き合う二人を仲間たちは白けた目で見ているが、今問題視しなければならないのはそこではない。

「そんな訳でね、そう考えるとアリスの行動もやっぱりアリスに付随してるんだ。でも僕はこれで終わるとは思えないんだよね」
「私もそう思います。多分、今までのは様子見でしょうね。ここからですよ、恐らく」
「どういう意味ですか?」

 同じ思考回路を持つノアとシャルの言葉にシャルルが思わず尋ねると、二人は顔を見合わせて話し出す。

「全世界の水を簡単に変えるほどの力を持った人がさ、あんな影盗んで僕たちの事おちょくってはい終わり、になるとは思えないって事だよ」
「妖精王は全ての魔法が使えます。何せ全知全能の神ですから。と言う事は、アリスのような思考に直接かける魔法も余裕で使えます。それであの盗んだ影のリミッターを外したとしたら? そもそも影ですから本人の意思から完全に切り離してしまえば、それはもう立派な元妖精王の戦士ですよ」
「……戦士……アリス達と全く同じ力を持った……」

 ポツリと言うキャロラインの顔は真っ青だ。

「怖いのはね、アリスや僕やキリはいくらリミッターを外しても、最後の一線は超えないぐらいの理性は残ってるんだよ。でも影は多分そうじゃない。シャルの使う覆面に近いんじゃないかな。てことは、本気で殺しにかかってくるかもしれないって事だよ」

 アリスのあのパワーをもってして殺戮目的で襲って来られたとしたら、もしかしたらもう誰にも止められないかもしれない。
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