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第39話 アリスが国母になったら?

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「ドロシーはダニエルたちと合流して欲しいんすよ。子供達は乳母ーズが見てくれてるらしいから、昼間はダニエル達と一緒に情報集めて欲しいっす」
「うん、そのつもりだった。今回はちゃんと私も最初から参加したい」
「ははは、ドロシーはがんばり屋だからちょっと心配っすけど、お願いするっす。でも無理はしないように」
「大丈夫だよ。無理も無茶もしないから」
「うん」

 オリバーが愛しそうにドロシーを撫でていると、ようやくキャロラインとテオが応接室に戻ってきた。

「何の話をしていたの?」
「ああ、組分けだ。キャロはいつもの如くアリスとだぞ」
「ええ、でしょうね」

 それを聞いてキャロラインは思わず苦笑いを浮かべた。

 キャロラインにはいつだってアリス一択しか用意されていない。まぁノア達のチームに入ったら確実にノアとカインの作戦に胃を痛めるだろうから、それは避けたいキャロラインである。そういう意味でリアンももしかしたらいつだってアリスと一緒なのかもしれない。

「僕は?」

 ふと、それまで皆の話しを聞いていたテオが問うと、ライラがテオにリストを手渡してにっこり笑った。

「テオ君にはうちのジャスミンと組んで欲しいの。子供達の情報をまとめて欲しいのよ。もちろん、私達が後ろに居るって言うことは子供達には内緒よ」
「それならオーロラの方がいいんじゃないですか?」

 ルイスの妹、オーロラ。外見はルイスにそっくりで正に女版ルイスと言った感じだが、中身はそれはもう絵に描いたような淑女だ。カインはしょっちゅうオーロラと話してはルイスと比べてルイスをからかっている。

 賢くて美しいオーロラは、キャロラインの事を本当の姉のように慕っていて、テオにとっても妹のような存在だ。

「そうしたいのは山々なんだが、いかんせんオーロラは少々温室育ち過ぎてな……」
「ああ……確かに」

 ルイスの言葉にテオは頷く。淑女の模範がドレスを着て歩いているようなオーロラには、あちこちに行って情報収集するなんて事はきっと出来ないだろう。ちなみにオーロラは生まれた時からテオの婚約者だ。

 けれどテオはそれをあまり良くは思ってはいなかった。何せ物心ついた時からずっとライラが好きだったのだから。

「すまんな、テオ」
「いえ、僕にとってもジャスミンとローズの方が話しやすいので」

 ライラに会いたいが為に幼い頃はしょっちゅうチャップマン家に入り浸っていたテオである。気がつけばオーロラよりもジャスミンとローズの方が仲良くなってしまっていた。

「そうか? だがそれは――」
「ルイス、いいのよ。まだそういうのはいいの」

 何か言おうとしたルイスの言葉をキャロラインが遮った。

 ルイスはきっと、婚約者のオーロラを蔑ろにしているのではないのかとテオに問いたいのだろうが、キャロラインとしてはテオには本当に好きになった人と一緒になってほしい。

 たとえ父や母や周りの人達がテオとオーロラの結婚を望んでいたのだとしても、キャロラインだけはテオの味方で居てやりたかった。

 そんなキャロラインの思いを汲んだのかどうかは分からないが、それまで難しい顔をして話を聞いていたアリスが何を思ったかふと立ち上がった。

「そうですよ! 今どき婚約者なんてナンセンス! 自由恋愛バンザイ!」
「な、何だ急に!」
「いや、ルイス様はやっぱおが屑だなって再認識してたとこです」
「いきなり何なんだ⁉」
「だってね、もしもルイス様の決められた婚約者がキャロライン様じゃなくて私だったらどうしてました⁉」

 怖い顔で詰め寄ったアリスにルイスはたじろいで目を泳がせた。そんなルイスにさらにアリスはじりじりと詰め寄る。

「そ、それは……困るな」
「そうでしょう⁉ 言っとくけど私が国母なんかになったら、国庫の食料3日で無くなりますから! そんな嫁嫌でしょ⁉」
「あ、自覚あるんだ。びっくり」
「シっす!」
「嫌だな。というか、迷惑だな」
「そうでしょうそうでしょう。私だってそんな国母嫌です。たまたま! たまたまルイス様の相手がキャロライン様だったから良かったですけど、私に限らず違う人が婚約者だったら、ルイス様今みたいに幸せになれました?」
「バカ言うな! キャロ以外と幸せになどなれるはずないだろうが!」

 思わず声を荒らげたルイスと顔を真っ赤にするキャロラインに、女子たちは思わずニヤけるがアリスだけは真顔で頷いている。

「そうでしょうとも! おが屑には聖女しか居ません! もったいないけど! そしてこの世に聖女はキャロライン様しか居ないんです! でもルイス様がキャロライン様を好きになったのは、一緒に色んな所に行って色んな事をして一杯話したからですよね? それが無かったら、きっとあなたはキャロライン様を今ほど愛していなかったはずです。ただの婚約者だった時の事をよく思い出してくださいよ。何でそんな大事な事忘れちゃうんですか! このおが屑は! またデコ割りますよ⁉」
「おが屑おが屑言うな! そしてデコは割るな!」

 ついカッとなって言い返したが、アリスの言う通りなのだ。キャロラインの人となりを知るまでは、ルイスはキャロラインの事を人形のような娘だと思っていたに過ぎなかった。婚約者だから優しくするし、婚約者だから結婚して子供を作って当たり前なのだと思っていたのだ。

「まぁ、俺的には今回ばかりはアリスちゃんに全面賛成かな。身分ってそこまで重要じゃないじゃん。結局は誰と一緒に居たいかってのが重要だと思うよ。もちろん決められた婚約者と幸せになる人たちだっているけど、それは二人が努力したからだしね。俺はそういう常識も変えたいと思ってるよ」

 カインは階級の割に婚約者はずっと居なかった。それはロビンとサリーが駆け落ちをしてまで家を飛び出したルードの事をずっと後悔していたからだ。

 そんなカインの言葉にノアは頷いて腕を組む。

「ちなみに、僕の居た世界では大半の人たちが恋愛結婚だったんだ。でも離縁も多かったよ。それも自由だった。だからどっちが良いかは分からない。ただ言えるのは、自分で選んだら誰にも文句は言えないって事だよ。互いに責め合うのは仕方ないけど、親や身内は責められない。そういう覚悟の上で皆恋愛してたよ」

 テオの話から随分逸れたが、案外大事な事だ。子供を持つ親なら皆思う。子供には苦労させたくない。幸せになってほしい、と。そのレールをついつい敷いてやりたくなるが、それは親のエゴなのだろう。

 随分歳の離れた弟と妹を持つキャロラインとルイスは、きっと既に親の気持ちになってしまっているに違いない。

「ルイス、私もそう思うの。テオにもオーロラにも幸せになってほしい。あなたや私のように、これから色んな人達と出会って色んな経験をして、自分で幸せを掴んで欲しいの」

 ポツリと言ったキャロラインを見て、ルイスはようやく何かに納得したように頷いた。

「そう、だな。そうかも……な。すまん、テオ。ただオーロラとも今まで通り仲良くしてやってくれると嬉しい。あいつもあいつで色々悩んでいるんだ」
「それはもちろん。オーロラは僕にとって、もう妹のような存在ですから」

 それを聞いてルイスは一瞬目を丸くしてテオを見ると、次の瞬間苦笑いを浮かべた。

「妹、か。それなら仕方ないな」

 その一言がほぼ完全にテオとオーロラの結婚は無理だと証明している。

 けれどそれは仕方ない。人の心はアリスや皆が言うようにままならないものだ。

「さて、では一段落ついた所で皆さん、早速明日から向かいますよ。今日はもう準備をして早目に就寝しましょう」
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