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第51話 再生可能な影とテオの家出

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『そうだよ。切り裂いたと思って安心してたらウゴウゴしてくっついたの。気持ち悪かった!』
「どうしてそういう重要な事を最初に言わないんです? いつも言ってるでしょう? 優先順位を考えろ、と」
『う……うぅ』

 口では誰にも勝てないアリスはとうとう黙り込んだ。別に怒られる謂れもないはずなのに、何故か怒られている気分になるのは何故だろう。

「切り裂いたのにくっついた……再生可能って事だね。ならどうして影アリスのほっぺは治らなかったんだろう?」
「それは別に致命傷でも何でもなかったからじゃね?」
「なるほどな。致命傷を負うほどの傷を負えば影は再生するが、失った血液は本人に由来するって事か。これはなかなか難儀だな」

 あのキリが貧血を起こすほどの威力だ。下手をしたら本人は失血死する可能性もある。エリスの言葉に全員が神妙な顔をして頷いた。

「とりあえず明日はクルスさんの所に寄ってからそっちに戻るよ」
『うん、分かった。兄さま達も気をつけてね! あと、私の偽物が出たら遠慮なく倒していいから!』
「言われなくても、今度は一思いに倒します」
『う、うん……兄さま、キリがあんまりにも酷い事しようとしたら止めてね!』
「分かってるよ。それより、そっちも気をつけてね」
『はぁい! それじゃあおやすみなさ~い!』

 スマホ越しにアリスが笑顔で手を振ってくる。それを見てノアも手を振り返してスマホを切ると、その後すぐにシャルルからメッセージが届いた。

『言い忘れてましたが、あの二人組の名前が判明しました。男の方はオズワルド。少女の方はリーゼロッテ。オズワルドが元妖精王です。気をつけてください』と。

 それを見たノアはそのメッセージを皆に見せて言った。

「どうやら繋がったみたいだよ」
「……やっぱその二人組だったか」
「ああ、そうみたいだな。子供達には極力その二人には近づかないように言いつけとかないと」

 カインの言葉にエリスが首を振って否定する。

「いや、この二人組みの正体は子供達には言わないほうがいいと思いますよ、宰相様。どこかでうっかり会ってアミナス辺りは絶対にボロを出す気がするので」
「否定出来ない」
「言えてるな」
「私もそう思います」
「こら! 全員、めっ! まぁでも親である僕が言うのも何だけど実際その通りだよ。間違いなくアミナスとライアンは嘘なんかつけないよ。多分、芝居もドヘタだろうしね」
「おいノア! うちの息子をアミナスと一緒にするな! 半分はキャロの血だぞ!」
「……ルイス、それは自虐なの? 天然なの? それに、それを言ったらアミナスだって半分は僕の血だよ。それでもああなんだから」

 ツッコミどころ満載なルイスの言葉にノアとカインは苦笑いを浮かべる。

「何にしても子供達にはまだ伏せておきましょう。あちらが今後どんな手を使って来るかも分かりません」
「そうだね。僕たちも今日は休もうか。明日はクルスさんの所に行くけど、クルスさんは今どこに居るか誰か知ってる?」
「今はオルゾに居るみたいだよ。ダムの点検に来てるってルークから連絡があった」
「そうなんだ。じゃ、明日はオルゾだね。それじゃあ皆、おやすみ~」

 そう言ってノアはあくびを噛み殺して席を立った。そんなノアに皆は次々に声をかける。

 やがてノアが部屋から退出すると、キリが溜息を落としてソファに座り直して全員にお茶のおかわりを淹れてやる。

「ノアは随分早いね。疲れてるのかな」
「いえ、アミナスに早朝にベッドから落とされる事を視野に入れての行動だと思います」
「あ、なるほど」

 何だかノアが不憫でそれ以上は誰も何も言わなかった。
 

 
 翌日の早朝、秘密屋敷に居た仲間たちはキャロラインの叫び声で目を覚ました。

「な、何事⁉」

 今日はノアというストッパーが居なくて床で目を覚ましたアリスが着の身着のまま部屋を飛び出すと、テオの部屋の前でキャロラインが泣き崩れている。

「キャロライン様っ!」
「ア、アリス……どうしましょう……テオ……テオが……」

 そう言ってキャロラインはアリスにしがみついて泣きじゃくった。そんなキャロラインの背中を撫でながら何があったのかと思い部屋を覗くと、そこにはテオが居ない。

 訝しげに部屋の中を覗き込んでいた所に、後ろからまだ眠そうなライラの声が聞こえてくる。

「テオ君……何かあったんですか?」
「ライラ! ライラ! これを見てちょうだい!」

 そう言って今までアリスにしがみついて泣いていたキャロラインは、やってきたライラに一枚の紙切れを手渡した。

 そこには『僕にはやっぱりいくら考えても理解出来ません。姉さまのしようとしてる事は重要な事だけれど、どうしてそれを姉さまがしないといけないのか、僕には分からないのです。こんな風に思う僕は、オーグ家にはふさわしくないのかもしれません。ごめんなさい。 テオ』

「こ、これ! い、家出ですか⁉」
「そう、みたい……どうしたらいいの……まさかこんなにも思いつめてたなんて……」

 知らぬ間にどうやら相当テオの心を傷つけていたようだと悟ったキャロラインは、はしたないと思いながらも袖で涙を拭った。そんなキャロラインの肩をアリスが慰めるように撫でてくれる。

「キャロライン様、とりあえずテオ君が仲良くしてる子を当たってみましょうよ! 誰か何か知ってるかも!」
「そうですよ、キャロライン様。テオ君は賢い子です。無茶は絶対にしませんよ!」
「それが……知らないの……私、テオの事……何も知らないのよ……」

 こんな事になってキャロラインは初めて思い知った。どれほど自分がテオの事を知らなかったのかを。

 こんな手紙を一枚残して家出をしたテオが向かった先に何の見当もつかなかったのだ。テオが普段仲良くしている子も知らない。テオが辛い時に逃げ込む先も知らない。テオについての情報を、キャロラインは何も知らなかった――。

 キャロラインは急いで母であるオリビアに連絡をしようとして止めた。オリビアとヘンリーに余計な心配をかけさせたくなかったのだ。両親は今起こっている事態を知っている。そして両親も両親で動いてくれている。そこにテオが居なくなった、などと心配をかける訳にはいかない。

 何よりもキャロラインがそれほどまでにテオの事を何も知らなかった事を両親に知られるのは、何故か恥ずかしかったのだ。アリスもライラもきっと呆れているに違いない。姉の癖にどうして何も知らないのだ、と。

「……ごめんなさい……ごめんなさい、テオ……こんなので姉なんて……嫌だったわよね……」

 落ち込んで更に俯きかけたキャロラインの頬を、突然アリスがグッと掴んできた。そのまま物凄い力で無理やり上を向かされる。驚いたキャロラインが目を丸くしていると、目の前でアリスが眉を釣り上げて珍しく怒っている。

「バカチン! 反省は後! 別にテオ君の事何も知らなくてもいい! 片っ端から聞いて回るんです! キャロライン様の反省とかそんなのは全部後回し! まずはテオ君! でしょ⁉」
「そうです! ここで謝ってても何も進みませんよ! 動きましょう!」

 アリスとライラの言葉にキャロラインはハッとした。そうだ。ここで蹲って泣いていてもテオは戻らない。恥ずかしいだなんて何故思ったのか。そんなのはただの保身だ。そんな事を言ってる場合ではないではないか!

 キャロラインは立ち上がって最後の涙を拭くと、視線をキッと上げた。

「そうね! 反省は後! まずはテオね! ありがとう、二人共。またループ前の私に戻ってしまう所だったわ。私は悪役令嬢よ。それもとびっきりの! そうでしょう? アリス!」
「はいっ! 私がこの世で一番尊敬する悪役令嬢です!」
「行くわよ、二人共。テオを探すわ!」
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