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第67話 メイリングにて
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「どうして三人ともここに居るの? 師匠は?」
「師匠はお仕事中だよ。レックスは信頼出来るけど、君とクロが一緒になったら何をしでかすか分からないって言って迎えに来たの。で、クロはいつから灰色猫になったの?」
「灰色ではない! 我は気高い黒猫だ! 誰か我を風呂に連れて行け!」
「勝手に迷子になったくせに偉そうなんだから!」
半眼でそんな事を言って妖精王の首根っこを捕まえたアミナスは、自分のポシェット(クロ専用)に無理やりクロを押し込んだ。
「むぎゅ!」
「後でどっかの川に放り込んであげるからそれまでじっとしてて! もう落ちちゃ駄目だからね!」
「川⁉ お前、今はもう冬だぞ⁉ 我を殺す気か!」
「そんな事で死なない死なない。母さまなんて真冬でも川に潜って素手で魚取ってるよ! 代謝が良ければ大丈夫! 私はまだ潜れないけど」
「……代謝の問題じゃないと思うけどな」
真冬でも川で楽しそうに魚の手づかみをしてはしゃぐアリスとアミナスをノアはダウンまで着込んでいつも震えながら見守っている。そんなノアの隣でノエルもやっぱりダウンを着込んで震えているのだが、そんな時は本当に自分はアリスから生まれたのだろうか? と不思議に思うのである。
「あれと一緒にしてくれるな!」
話を聞くだけでブルリと震えた妖精王を見てレックスは小さく微笑んだ。
「凄い親子」
「周りも引くほどのそっくり親子なのです。奥様はアミナスの10倍ぐらいヤバいと思っておいてください」
「10倍も?」
「ええ。それぐらい色々奇想天外な人です」
言い切ったレオの言葉にレックスはゆっくり頷いて馬に乗ると、後ろにアミナスがよじ登る。
「レックスと一緒に乗るの?」
アミナスの行動にノエルが問いかけると、アミナスは嬉しそうに頷く。
「うん!」
「分かった。レックス、アミナスをお願い」
ニコッと笑ったノエルを見てレックスはコクリと頷いた。誰かと馬の二人乗りをするなんて生まれて初めてだ。この経験もまたディノに正しく伝わっているだろうか。レックスはそんな事を考えながら馬をゆっくり走らせた。
妖精手帳でメイリングに向かったアリス、ノア、キリは焼けただれて崩れ落ちた家や教会を見て息を呑んだ。
道端には物乞いをする人たちが何も言わずに目だけギラつかせてじっとこちらを見ている。そんな様子を見てノアがアリスとキリに声を潜めて言った。
「王都でこれじゃあ先が思いやられる。急いでここを抜けよう」
いつ襲いかかってくるかも分からない街の人たちを見てノアが言うと、アリスもキリも無言で頷く。
足早にそこを通り抜けて王都に続く大通りに出ると、そこはそれなりに栄えていた。
「虚構の国ですね」
「全くだよ。通り一本でこの落差……酷いね」
「むぅぅぅ。何してるの、ここの王様は!」
ルーデリアにも確かにこんな場所はあったけれど、流石にここまで酷くは無かったし、王都にこんな場所は無かったはずだ。
「もしかしたらゲームが始まるまではルーデリアもこうだったのかもしれない」
「そうなのですか?」
正に物乞いをしていたキリが尋ねると、ノアは真顔で頷いた。
「うん。言ったでしょ? 僕はずっとルーデリアの歴史を夢で見ていたんだって。あれは400年ぐらい前かな? 突然世界はおかしくなったんだ。それまではここまで酷くなかったと思うんだけど」
「教会の人たち?」
「直接の原因はそうだろうね。誰かが負の種を教会に持ち込んだんだよ。その負の種がどこで生まれたのかは分からないけど」
「それがゲームの強制力で断ち切られた、とそういう事ですか?」
「うん。AMINASが発動した事で負の種の存在が弱まったのかなって」
それでも外から無理やり負の種を持ち込んだのが女王とその一味だ。
アリス達はそんな話をしながら、そこそこ栄えている城下町を歩いていた。アリス達が珍しいのか、街中を闊歩する三人に不躾な視線があちこちから投げつけられる。
「これはキャロラインは来なくて正解だ」
「全くです。まさかメイリングがこんな所だとは思ってもいませんでした」
何となく危なそうだと言ったアリスの言葉に従って、三人は平民の服を着て考えうる限りの準備をしてきた。
「こりゃ見たことない人たちだな! あんた達どっから来たんだ?」
通りを歩いていると男が一人アリス達に近づいてきた。
男はとても愛想が良く、人好きのする笑顔を浮かべている。チラリと袖口に見えたブレスレットは中々高級そうだ。
その男を見てアリスはすぐさまいつもの笑顔を引っ込めた。それを見てノアとキリが警戒する。いくら人好きする笑顔を浮かべていても、アリスがこんな反応を示すのは大抵良くない人間だ。
「そんな警戒しなくても大丈夫さ! 俺はそこで食堂をやってるんだ。どうだ? あんた達見た所ここについたばかりだろ? ちょっと休んでかないか? 今ならお茶サービスだ!」
「いい、いらない。おじさんの所のお店からはいい匂いがしない」
アリスは辺りの匂いを嗅いではっきりと言い切った。それを聞いて男は引き攣る。
まさか面と向かってこんな事を言われると思ってもいなかった男は一瞬顔を赤くしたが、すぐさま笑顔に戻る。
「それは分からないだろう? もしかしたら美味しいものもあるかもしれない。食わず嫌いは良くないな」
「食べなくても分かるよ。オピリア使ってるよね? おじさん」
「ああ使っているとも! 今やあの貴重なオピリアを使っているのはこのメイリングだけ! その中でもうちのは特に高級品だぞ! 他所と違って何せ純度が違う」
胸を張った男にアリスは冷たい眼差しを向けた。それを聞いていたノアがキリに声を潜めて言う。
「ここはどうやらオピリアは未だに合法みたいだね」
「そのようです。という事は、ここで食事をするのは危険ですね」
「あとこの男ビンゴだよ。ここは一旦話に乗ろう」
「どうするのです?」
「リーゼロッテの話を聞くんだよ。ついでに罠も張ってあるんだ。もしかしたら一斉に捕まえられるかも」
そこまで言ったノアはアリスの肩を掴んでニコッと笑った。
「いいじゃない、アリス。ちょっとだけ寄っていこう」
「兄さま⁉」
驚いて目を剥いたアリスにノアは小さくウインクをする。それを見てアリスは渋々頷いて男に向き直った。
「いいよ。そこまで言うんならお店で一番いい料理出してよね」
「もちろん! さあ、こっちだ! うちの料理は美味いぞ! 何せあのアリス工房から直接仕入れているからな!」
男はそう言ってアリス達を嬉々として店に案内してくれたが、その話を聞いてノアが困ったように苦笑いを浮かべて今にも男に掴みかかりそうなアリスとキリを止めた。
店内にはちらほらと客がいる。その客はどう見ても貴族たちだ。思い思いにタバコらしきものを燻らせて目の前の料理に舌鼓を打っている。
「酷い匂いですね」
「……これ、オピリアの葉っぱだよ。頭痛い……」
頭を押さえたアリスを見てノアはそっと新商品の粉塵マスクをアリスに渡した。これは鉱山で働く鉱夫達に最近無償で配ったものだ。
「ごめんね、アリス。少しだけ頑張って。中にミントのオイルを染み込ませてるから大分楽になると思うよ」
「ん、ありがと兄さま」
アリスは大人しくマスクを着けて一息ついた。ミントの爽やかな香りが店内に充満しているオピリアの香りを一瞬でかき消してくれる。
案内された席につくと、あちこちから視線が飛んできた。まるで品定めでもされているような居心地の悪さにアリスはたじろぐが、ノアとキリはいつも通り平然としている。
「師匠はお仕事中だよ。レックスは信頼出来るけど、君とクロが一緒になったら何をしでかすか分からないって言って迎えに来たの。で、クロはいつから灰色猫になったの?」
「灰色ではない! 我は気高い黒猫だ! 誰か我を風呂に連れて行け!」
「勝手に迷子になったくせに偉そうなんだから!」
半眼でそんな事を言って妖精王の首根っこを捕まえたアミナスは、自分のポシェット(クロ専用)に無理やりクロを押し込んだ。
「むぎゅ!」
「後でどっかの川に放り込んであげるからそれまでじっとしてて! もう落ちちゃ駄目だからね!」
「川⁉ お前、今はもう冬だぞ⁉ 我を殺す気か!」
「そんな事で死なない死なない。母さまなんて真冬でも川に潜って素手で魚取ってるよ! 代謝が良ければ大丈夫! 私はまだ潜れないけど」
「……代謝の問題じゃないと思うけどな」
真冬でも川で楽しそうに魚の手づかみをしてはしゃぐアリスとアミナスをノアはダウンまで着込んでいつも震えながら見守っている。そんなノアの隣でノエルもやっぱりダウンを着込んで震えているのだが、そんな時は本当に自分はアリスから生まれたのだろうか? と不思議に思うのである。
「あれと一緒にしてくれるな!」
話を聞くだけでブルリと震えた妖精王を見てレックスは小さく微笑んだ。
「凄い親子」
「周りも引くほどのそっくり親子なのです。奥様はアミナスの10倍ぐらいヤバいと思っておいてください」
「10倍も?」
「ええ。それぐらい色々奇想天外な人です」
言い切ったレオの言葉にレックスはゆっくり頷いて馬に乗ると、後ろにアミナスがよじ登る。
「レックスと一緒に乗るの?」
アミナスの行動にノエルが問いかけると、アミナスは嬉しそうに頷く。
「うん!」
「分かった。レックス、アミナスをお願い」
ニコッと笑ったノエルを見てレックスはコクリと頷いた。誰かと馬の二人乗りをするなんて生まれて初めてだ。この経験もまたディノに正しく伝わっているだろうか。レックスはそんな事を考えながら馬をゆっくり走らせた。
妖精手帳でメイリングに向かったアリス、ノア、キリは焼けただれて崩れ落ちた家や教会を見て息を呑んだ。
道端には物乞いをする人たちが何も言わずに目だけギラつかせてじっとこちらを見ている。そんな様子を見てノアがアリスとキリに声を潜めて言った。
「王都でこれじゃあ先が思いやられる。急いでここを抜けよう」
いつ襲いかかってくるかも分からない街の人たちを見てノアが言うと、アリスもキリも無言で頷く。
足早にそこを通り抜けて王都に続く大通りに出ると、そこはそれなりに栄えていた。
「虚構の国ですね」
「全くだよ。通り一本でこの落差……酷いね」
「むぅぅぅ。何してるの、ここの王様は!」
ルーデリアにも確かにこんな場所はあったけれど、流石にここまで酷くは無かったし、王都にこんな場所は無かったはずだ。
「もしかしたらゲームが始まるまではルーデリアもこうだったのかもしれない」
「そうなのですか?」
正に物乞いをしていたキリが尋ねると、ノアは真顔で頷いた。
「うん。言ったでしょ? 僕はずっとルーデリアの歴史を夢で見ていたんだって。あれは400年ぐらい前かな? 突然世界はおかしくなったんだ。それまではここまで酷くなかったと思うんだけど」
「教会の人たち?」
「直接の原因はそうだろうね。誰かが負の種を教会に持ち込んだんだよ。その負の種がどこで生まれたのかは分からないけど」
「それがゲームの強制力で断ち切られた、とそういう事ですか?」
「うん。AMINASが発動した事で負の種の存在が弱まったのかなって」
それでも外から無理やり負の種を持ち込んだのが女王とその一味だ。
アリス達はそんな話をしながら、そこそこ栄えている城下町を歩いていた。アリス達が珍しいのか、街中を闊歩する三人に不躾な視線があちこちから投げつけられる。
「これはキャロラインは来なくて正解だ」
「全くです。まさかメイリングがこんな所だとは思ってもいませんでした」
何となく危なそうだと言ったアリスの言葉に従って、三人は平民の服を着て考えうる限りの準備をしてきた。
「こりゃ見たことない人たちだな! あんた達どっから来たんだ?」
通りを歩いていると男が一人アリス達に近づいてきた。
男はとても愛想が良く、人好きのする笑顔を浮かべている。チラリと袖口に見えたブレスレットは中々高級そうだ。
その男を見てアリスはすぐさまいつもの笑顔を引っ込めた。それを見てノアとキリが警戒する。いくら人好きする笑顔を浮かべていても、アリスがこんな反応を示すのは大抵良くない人間だ。
「そんな警戒しなくても大丈夫さ! 俺はそこで食堂をやってるんだ。どうだ? あんた達見た所ここについたばかりだろ? ちょっと休んでかないか? 今ならお茶サービスだ!」
「いい、いらない。おじさんの所のお店からはいい匂いがしない」
アリスは辺りの匂いを嗅いではっきりと言い切った。それを聞いて男は引き攣る。
まさか面と向かってこんな事を言われると思ってもいなかった男は一瞬顔を赤くしたが、すぐさま笑顔に戻る。
「それは分からないだろう? もしかしたら美味しいものもあるかもしれない。食わず嫌いは良くないな」
「食べなくても分かるよ。オピリア使ってるよね? おじさん」
「ああ使っているとも! 今やあの貴重なオピリアを使っているのはこのメイリングだけ! その中でもうちのは特に高級品だぞ! 他所と違って何せ純度が違う」
胸を張った男にアリスは冷たい眼差しを向けた。それを聞いていたノアがキリに声を潜めて言う。
「ここはどうやらオピリアは未だに合法みたいだね」
「そのようです。という事は、ここで食事をするのは危険ですね」
「あとこの男ビンゴだよ。ここは一旦話に乗ろう」
「どうするのです?」
「リーゼロッテの話を聞くんだよ。ついでに罠も張ってあるんだ。もしかしたら一斉に捕まえられるかも」
そこまで言ったノアはアリスの肩を掴んでニコッと笑った。
「いいじゃない、アリス。ちょっとだけ寄っていこう」
「兄さま⁉」
驚いて目を剥いたアリスにノアは小さくウインクをする。それを見てアリスは渋々頷いて男に向き直った。
「いいよ。そこまで言うんならお店で一番いい料理出してよね」
「もちろん! さあ、こっちだ! うちの料理は美味いぞ! 何せあのアリス工房から直接仕入れているからな!」
男はそう言ってアリス達を嬉々として店に案内してくれたが、その話を聞いてノアが困ったように苦笑いを浮かべて今にも男に掴みかかりそうなアリスとキリを止めた。
店内にはちらほらと客がいる。その客はどう見ても貴族たちだ。思い思いにタバコらしきものを燻らせて目の前の料理に舌鼓を打っている。
「酷い匂いですね」
「……これ、オピリアの葉っぱだよ。頭痛い……」
頭を押さえたアリスを見てノアはそっと新商品の粉塵マスクをアリスに渡した。これは鉱山で働く鉱夫達に最近無償で配ったものだ。
「ごめんね、アリス。少しだけ頑張って。中にミントのオイルを染み込ませてるから大分楽になると思うよ」
「ん、ありがと兄さま」
アリスは大人しくマスクを着けて一息ついた。ミントの爽やかな香りが店内に充満しているオピリアの香りを一瞬でかき消してくれる。
案内された席につくと、あちこちから視線が飛んできた。まるで品定めでもされているような居心地の悪さにアリスはたじろぐが、ノアとキリはいつも通り平然としている。
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