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第68話 大根役者アリス
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「少し年齢はいってるが――」
「私、あの黒髪の子が――」
「あの子男? 綺麗な子ね。丁度前のが――」
なんてあちこちからヒソヒソ聞こえてくるのをノアとキリは聞き逃してはいなかった。やはり間違いない。ここでは人身売買が行われている。という事は、裏にいるのは今も暗躍している奴隷商なのだろう。
「なるほど、こういう手口か。考えたね。キリ、ここに居る人達の特徴メモしておいて。あとバレないように写真もお願い。それから二人共、これから何か出されると思うから、それを飲んだ振りをしてその場で倒れて。正体を現した所を一気に叩くよ」
「はい」
「分かった」
ノアが言うと、キリはすぐさま手帳に何かを書き付けだした。そのついでに店内を珍しそうにキョロキョロしながら写真を撮りまくる。
「おや、君たちはスマホを持っているのかい?」
「親方がお下がりをくれたんだ」
ニコッと笑ったノアを見て店主はうんうん頷いている。一体ノア達の事をいくつだと思っているのか、完全に子供扱いである。まぁ三人とも童顔なので仕方ない。
「親方? じゃあ今日は旅行に来たのかい?」
「いいや、仕事を探しに来たんだ。僕たちが勤めていた金鉱山が廃鉱になったから。メイリングにはいい仕事があるって聞いてきたんだけど、教えてくれる?」
「なるほど、それは大変だったな。確かにメイリングには君たちにぴったりの割の良い仕事が沢山あるよ! で、こちらの二人は?」
「弟と妹だよ。僕たちに両親は居ないから」
それを聞いて店主は顔を輝かせて三人の前にサービスのお茶を置いた。
「そうか! それは可哀相に。今まで頑張ってきたんだね! もう大丈夫、ここで君たちにぴったりの仕事を紹介しよう! さあ、このお茶で一息つくといい」
「ありがとう。いただきます」
そう言って三人は顔を見合わせて飲んだ振りをしながら適当な所でお茶をわざと零した。
「なっ……これ……」
ノアが言いながらその場に倒れ込むと、それが合図だったかのようにキリも顔を歪ませて咳をして倒れ込んだのだが、問題はアリスだ。
「うぐぅぅ! き、きさまぁ……一体何をしたぁ⁉」
そう言ってその場でひとしきりバタバタとのたうち回ってわざとらしく倒れる。流石大根役者アリスだ。その証拠に店主も客たちも驚いたように固まってしまった。
思わずノアとキリが薄目を開けてアリスを見ると、アリスは白目を剥いて倒れている。手足を少しだけピクピクさせているので本人的には完璧な演技なのだろうが、その反応は完全に毒を飲んだ時にするやつである。
そんなアリスを見て心の中でノアが溜息を落とし、キリが脳内でアリスに向かって暴言を吐いていたのは言うまでもない。
しばらく店内は静まり返っていたが、我に返った店主が声を張り上げた。
「さ、さて! それでは値段をつけていきます。今回は豊作ですよ! こんな上玉はもう滅多に入手出来ませんよ! あのピンクの髪の娘以来の上玉です!」
「あの娘か。確か盗まれたんだったか、ボロを着た男に」
「そうなんです! 全く酷い事をする奴が居たもんです。哀れな私たちを助けると思って、どうぞ高値をご入札くださいませ!」
男は言いながらアリスとノアとキリの特徴を書いた紙をボードに貼った。
「仕方ないな。お前たちには何度も世話になっているからな。俺はこの女だ。見目もいいし、子供もまだ十分産めるだろ」
「ああ、いいですな。子供のうちから色々仕込むのは極上の遊びですぞ。急な連絡だったが信じて良かったな」
「本当よ。私なんてオーロラ様の誘いを断ってまで来たのよ。もう! 初めてレヴィウスにいらっしゃるっていう日だったのに! まぁいいわ。私はこの黒髪にするわ。早く始めてちょうだいな」
「じゃあ私はその金髪の子。前のがとうとう壊れちゃったの」
「あなたのは壊れたんじゃなくて壊したんでしょ? 聞いたわよ、一晩中泣き叫ぶ男の声が聞こえてたって」
「あなただって人のこと言えないじゃない!」
勝手に喧嘩を始めた女たちを無視して男はアリスを指差して言った。
「ではまずはこの女。金貨15枚から!」
「20だ」
「では25出そう」
「俺は30だ」
男が言うと次々にアリスの値段が飛び交う。その時である。突然倒れたはずのノアが声を上げた。
「アリス! キリ! 出口を塞いで!」
その声を聞いて飛び起きた二人は携帯してきた南京錠で店内のドアをすぐさま施錠した。窓は食い逃げ防止用にはめ殺しになっていたので、こちらとしては好都合である。
一体何が起こったのかさっぱり分からなかった店主も客も、アリスとノアとキリの行動にただポカンとしてその場に立ち尽くしている。そんな中、ノアが優雅に店内を見渡してニコッと笑った。
「さて、人身売買は全世界で禁止されたはずだけど?」
「ノア様、オピリアもです」
「そうだったね。そのどちらも破るなんて、メイリングなら許されるとでも思ってるの? 奴隷解放宣言にアンソニー王も調印したはずだよ?」
ノアの言葉に店主と客たちはようやく事態が飲み込めたようで途端にあちこちで騒ぎ出したのだが、その中でも恐らく一番地位が高いと思われる女がノアを見て馬鹿にしたように言った。
「どこのどなたか知らないけれど、あなた私達に何か出来ると思っていて? 世界では禁止になっても、それは表向きの話よ。裏では今も色んな国の高位貴族が手を組んで同じことをしているわ」
「なるほど。世界中の高位貴族が? それは例えば全く音沙汰のないキャスパー伯爵とか?」
その言葉に女は引きつった。さらにノアは続ける。
「言われてみればちらほら見たことのある顔もあるね。ああ、レヴィウス王の舞踏会に出ていた人たちか」
「⁉」
「あれ? まだ分からない? 君たちがどれほど高位貴族であろうと、僕には敵わないはずだよ? だって、僕の名前はノア・レヴィウスなんだから」
いつものようにニコッと笑ったノアに店主も客たちも静まり返った。先程の女など、今更顔を隠そうとしているがもう遅い。既に顔はキリにばっちり写真を撮られていてラルフとルイスとシャルルに送信済みである。
「あとね、アリス工房の名前を勝手に使うのは止めてくれる? ねぇアリス」
「そうだよっ! うちは! オピリアの入った商品なんて作ってません! ふん!」
「ア、アリスだと⁉ あ、あのアリス……か? これが⁉」
「信じられないのは分かります。あの大根芝居を見た後では余計にそう思うのも無理はありませんが、間違いなくあのアリスです」
「そこはいらなくない⁉ ていうかあんた達、こんな事してタダではすまないからね! ちょっとそこ座んなさい! 皆まとめて説教だ!」
アリスはそう言ったが、誰も従うわけもなくさらに噛み付いてくる。
「ふ、ふざけるな! そんな嘘に騙される訳ないだろうが! 大体俺たちが何したって言うんだ!」
「何したって、人に睡眠薬入りのお茶飲ませて値段までつけておいて言い逃れできるだなんて思ってるの? そもそも最初から怪しかったんだよ。一介の料理屋が一生かかっても着けられないようなブレスレットをしてる時点で、君はただの料理屋の店主なんかじゃない。それでも君は料理屋だと言う。変だよね? どこでそんなに儲けてるんだろう? それはね、禁止されたはずの人身売買をしてたからだ。何も知らずにメイリングにやってきた人に声をかけて薬を飲ませてそのまま売り払う。だから僕たちが両親は居ないと言った時に喜んだんだよね? 身内の居ない人間は君にとっては好都合以外の何者でもない」
「だ、だからどうした! それだけで俺が人身売買に関わってるだなんて何故言い切れるんだ!」
「私、あの黒髪の子が――」
「あの子男? 綺麗な子ね。丁度前のが――」
なんてあちこちからヒソヒソ聞こえてくるのをノアとキリは聞き逃してはいなかった。やはり間違いない。ここでは人身売買が行われている。という事は、裏にいるのは今も暗躍している奴隷商なのだろう。
「なるほど、こういう手口か。考えたね。キリ、ここに居る人達の特徴メモしておいて。あとバレないように写真もお願い。それから二人共、これから何か出されると思うから、それを飲んだ振りをしてその場で倒れて。正体を現した所を一気に叩くよ」
「はい」
「分かった」
ノアが言うと、キリはすぐさま手帳に何かを書き付けだした。そのついでに店内を珍しそうにキョロキョロしながら写真を撮りまくる。
「おや、君たちはスマホを持っているのかい?」
「親方がお下がりをくれたんだ」
ニコッと笑ったノアを見て店主はうんうん頷いている。一体ノア達の事をいくつだと思っているのか、完全に子供扱いである。まぁ三人とも童顔なので仕方ない。
「親方? じゃあ今日は旅行に来たのかい?」
「いいや、仕事を探しに来たんだ。僕たちが勤めていた金鉱山が廃鉱になったから。メイリングにはいい仕事があるって聞いてきたんだけど、教えてくれる?」
「なるほど、それは大変だったな。確かにメイリングには君たちにぴったりの割の良い仕事が沢山あるよ! で、こちらの二人は?」
「弟と妹だよ。僕たちに両親は居ないから」
それを聞いて店主は顔を輝かせて三人の前にサービスのお茶を置いた。
「そうか! それは可哀相に。今まで頑張ってきたんだね! もう大丈夫、ここで君たちにぴったりの仕事を紹介しよう! さあ、このお茶で一息つくといい」
「ありがとう。いただきます」
そう言って三人は顔を見合わせて飲んだ振りをしながら適当な所でお茶をわざと零した。
「なっ……これ……」
ノアが言いながらその場に倒れ込むと、それが合図だったかのようにキリも顔を歪ませて咳をして倒れ込んだのだが、問題はアリスだ。
「うぐぅぅ! き、きさまぁ……一体何をしたぁ⁉」
そう言ってその場でひとしきりバタバタとのたうち回ってわざとらしく倒れる。流石大根役者アリスだ。その証拠に店主も客たちも驚いたように固まってしまった。
思わずノアとキリが薄目を開けてアリスを見ると、アリスは白目を剥いて倒れている。手足を少しだけピクピクさせているので本人的には完璧な演技なのだろうが、その反応は完全に毒を飲んだ時にするやつである。
そんなアリスを見て心の中でノアが溜息を落とし、キリが脳内でアリスに向かって暴言を吐いていたのは言うまでもない。
しばらく店内は静まり返っていたが、我に返った店主が声を張り上げた。
「さ、さて! それでは値段をつけていきます。今回は豊作ですよ! こんな上玉はもう滅多に入手出来ませんよ! あのピンクの髪の娘以来の上玉です!」
「あの娘か。確か盗まれたんだったか、ボロを着た男に」
「そうなんです! 全く酷い事をする奴が居たもんです。哀れな私たちを助けると思って、どうぞ高値をご入札くださいませ!」
男は言いながらアリスとノアとキリの特徴を書いた紙をボードに貼った。
「仕方ないな。お前たちには何度も世話になっているからな。俺はこの女だ。見目もいいし、子供もまだ十分産めるだろ」
「ああ、いいですな。子供のうちから色々仕込むのは極上の遊びですぞ。急な連絡だったが信じて良かったな」
「本当よ。私なんてオーロラ様の誘いを断ってまで来たのよ。もう! 初めてレヴィウスにいらっしゃるっていう日だったのに! まぁいいわ。私はこの黒髪にするわ。早く始めてちょうだいな」
「じゃあ私はその金髪の子。前のがとうとう壊れちゃったの」
「あなたのは壊れたんじゃなくて壊したんでしょ? 聞いたわよ、一晩中泣き叫ぶ男の声が聞こえてたって」
「あなただって人のこと言えないじゃない!」
勝手に喧嘩を始めた女たちを無視して男はアリスを指差して言った。
「ではまずはこの女。金貨15枚から!」
「20だ」
「では25出そう」
「俺は30だ」
男が言うと次々にアリスの値段が飛び交う。その時である。突然倒れたはずのノアが声を上げた。
「アリス! キリ! 出口を塞いで!」
その声を聞いて飛び起きた二人は携帯してきた南京錠で店内のドアをすぐさま施錠した。窓は食い逃げ防止用にはめ殺しになっていたので、こちらとしては好都合である。
一体何が起こったのかさっぱり分からなかった店主も客も、アリスとノアとキリの行動にただポカンとしてその場に立ち尽くしている。そんな中、ノアが優雅に店内を見渡してニコッと笑った。
「さて、人身売買は全世界で禁止されたはずだけど?」
「ノア様、オピリアもです」
「そうだったね。そのどちらも破るなんて、メイリングなら許されるとでも思ってるの? 奴隷解放宣言にアンソニー王も調印したはずだよ?」
ノアの言葉に店主と客たちはようやく事態が飲み込めたようで途端にあちこちで騒ぎ出したのだが、その中でも恐らく一番地位が高いと思われる女がノアを見て馬鹿にしたように言った。
「どこのどなたか知らないけれど、あなた私達に何か出来ると思っていて? 世界では禁止になっても、それは表向きの話よ。裏では今も色んな国の高位貴族が手を組んで同じことをしているわ」
「なるほど。世界中の高位貴族が? それは例えば全く音沙汰のないキャスパー伯爵とか?」
その言葉に女は引きつった。さらにノアは続ける。
「言われてみればちらほら見たことのある顔もあるね。ああ、レヴィウス王の舞踏会に出ていた人たちか」
「⁉」
「あれ? まだ分からない? 君たちがどれほど高位貴族であろうと、僕には敵わないはずだよ? だって、僕の名前はノア・レヴィウスなんだから」
いつものようにニコッと笑ったノアに店主も客たちも静まり返った。先程の女など、今更顔を隠そうとしているがもう遅い。既に顔はキリにばっちり写真を撮られていてラルフとルイスとシャルルに送信済みである。
「あとね、アリス工房の名前を勝手に使うのは止めてくれる? ねぇアリス」
「そうだよっ! うちは! オピリアの入った商品なんて作ってません! ふん!」
「ア、アリスだと⁉ あ、あのアリス……か? これが⁉」
「信じられないのは分かります。あの大根芝居を見た後では余計にそう思うのも無理はありませんが、間違いなくあのアリスです」
「そこはいらなくない⁉ ていうかあんた達、こんな事してタダではすまないからね! ちょっとそこ座んなさい! 皆まとめて説教だ!」
アリスはそう言ったが、誰も従うわけもなくさらに噛み付いてくる。
「ふ、ふざけるな! そんな嘘に騙される訳ないだろうが! 大体俺たちが何したって言うんだ!」
「何したって、人に睡眠薬入りのお茶飲ませて値段までつけておいて言い逃れできるだなんて思ってるの? そもそも最初から怪しかったんだよ。一介の料理屋が一生かかっても着けられないようなブレスレットをしてる時点で、君はただの料理屋の店主なんかじゃない。それでも君は料理屋だと言う。変だよね? どこでそんなに儲けてるんだろう? それはね、禁止されたはずの人身売買をしてたからだ。何も知らずにメイリングにやってきた人に声をかけて薬を飲ませてそのまま売り払う。だから僕たちが両親は居ないと言った時に喜んだんだよね? 身内の居ない人間は君にとっては好都合以外の何者でもない」
「だ、だからどうした! それだけで俺が人身売買に関わってるだなんて何故言い切れるんだ!」
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