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第90話 元女王の父親
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エリスと子どもたちはノアとアリスが結婚した時にラルフが急遽作った子供部屋で待っている。そんなラルフには残念ながらまだ子どもはいない。
「ああ。オルトが対応にずっと追われっぱなしだ。せめて何か一言欲しかったぞ? ノア」
「ごめんごめん。急遽作戦変更しちゃったから知らせる暇が無かったんだよ」
悪びれもせず言うノアにラルフは困ったように眉を下げる。
「ノアはそういう人。昔からそうだった」
「そうだっけ?」
アリスにクリームパンを餌付けしながらそんな事を言うセイにノアは苦笑いを浮かべた。
「そう。幽閉される前、僕の所に来た。物凄い笑顔で「王位継承権は放棄したよ。あとはよろしく」って。あの時僕は悟った。あ、わざとだこれ、って」
「あー……そうだっけ?」
「そう。薬が抜けてようやくノアを思い出した時、ノアがずっと演技してたって事も思い出した。目的の為に他人どころか身内も平気で騙す。それがノア」
「酷いな。騙したんじゃないよ。黙ってただけ。あと、僕はいつだって正直だよ」
嘘など何一つついていない。ただ本当の事を言ってまわっただけである。それを悪魔憑きと言って幽閉したのは教会だ。ノアはそれにラッキーとばかりに乗っかっただけである。
「アリスが本当に居た時点でやっとノアは正直者だって思えた。それまではずっと嘘つきだと思ってた。ごめん」
「いいよ、別に。ただ廃嫡されて放り出されなかったのは誤算だったよね。そりゃそうなんだけどさ」
「当たり前だ! 王の血統をいくら廃嫡したとは言え迂闊に放り出す訳ないだろうが!」
「そうだぞ、ノア。全く、お前は賢いのか詰めが甘いのかよく分からんな」
ため息をついたノアを見てルイスとラルフが引きつりながら言った。ラルフに至っては苦笑いだ。
「兄さまはね、よく知らなかったんだよ! だってあっちでは廃嫡されて国外に放り出されるなんて結構あったもん! ね?」
「そうだねぇ。てっきり放り出してくれるもんだって思い込んでたんだよ。そこは誤算だったよね」
ノアは言いながらアリスの頬についたクリームをハンカチで拭う。ノアが居た世界では王位継承権は剥奪されたのち大抵は国外追放だったからこちらでもそうだと思い込んでいたのが大きな誤算だった。
けれどそのおかげで食いっぱぐれる事もなく16まで自分の時間に専念出来たのだから良しとしておく。
「そろそろ話を戻しましょう。これがシュタで預かってきた始祖が残したという珠と古文書です」
相変わらずなノアを横目にシャルルがキャメルから預かってきた珠と古文書を机の上に出すと、皆で覗き込む。
「これなんだろう?」
珠を覗き込んでコンコンと軽く叩いたアリスを見て後ろから即座にキリがそれを止めた。
「お嬢様、よく分からない物に触れるなと先ほど言われたばかりですよ。それにあなたの馬鹿力で壊れてしまったらどうするつもりですか?」
「アランの宝珠とも違うね。凄く大きなラピスラズリみたいだけど、大きすぎるか……」
アリスが叩いた珠の音を確認したノアはそっと珠に触れてみた。すると何だかほのかに暖かい。
「この珠はオドナー家の者が触れると光るんです。キャメルさんは何も言ってはいませんでしたが、恐らくオドナー家の先祖は始祖と血の契約を交わしたのではないでしょうか」
「血の契約? なんだ、それは」
「妖精達が違う種族と契約をする時に使うんです。オドナー氏がどんな契約をしたのかは分かりませんが、この珠が血にだけ反応するという事はそういう事なのでしょう」
「僕が使った記憶と引き換えに契約した、みたいな事?」
「いえ、あれともまた違います。ノアがしたのは記憶が戻れば契約は破棄される。ですが血の契約はその血が続く限り永遠に破棄される事はありません」
「なるほど。で、それはこの古文書にも載っていない?」
「ええ。この古文書は日記のようなものです。始祖の事についてもあまり細かく語られていません」
ざっと読んだ限り内容は至って普通の日記だった。偶然とは思えない偶然に驚く青年の日記だ。ただ一つ気になるのは最後のページである。
「ここに何が書いてあったのか、それだけが謎ですね」
そう言ってシャルルは古文書の最終ページを開いて指差した。そこにはあったはずのページが無残に半分ほど破り捨てられている。
「えっと? 「もうすぐ命は尽きる。後は子どもたちに、子孫たちに任せよう。このシュタは始祖様の加護がついた土地だ。未来永劫この地に災いが起こらぬ事を祈っている。彼の友人にはいずれ」って、ここでおしまい?」
「ええ。一番良い所で破かれています。彼というのが誰を指すのか、そして友人というのは誰の事なのかもさっぱりです」
「それからあの繭に囚えられていた者達もおかしな事を言っていたぞ。自分たちには妖精王の加護があるとか何とか言っていたが、そちらも調べてみるべきだな」
ルイスの言葉にラルフが頷いた。
「我々も独自に調べてはいるが、やはりこのままではメイリングとの争いが起こりそうだ」
「そうか……やはり避けては通れないのですか。メイリングがそこまで頑なに和平を拒む理由は一体何なんだろう」
ラルフとルイスはため息を落とした所に、ふとノアが思い出したかのように言った。
「そうだ。兄さんアメリアの父親って本当にもう死んでる?」
ここに来る前にカイン達と話していた事を思い出したノアが言うと、ラルフは困ったように眉を下げた。
「はっきり言うと、分からない。アメリアがカールを処刑した時、私は既に追放された後だった。唯一城に残ったのはセイだが……」
「僕もオピリア漬けだった。でも処刑の前にカールに何か書かせていたのは覚えてる。公開処刑じゃなかったから、本当に死んでるかどうかまでは分からない。一応墓は罪人墓地にある」
セイの言葉を聞いてアリスはがたんと立ち上がる。
「よし! じゃあ掘り返そう! ぎゃん!」
「どうしてあなたはそんなにも短絡的なのですか。大人しくセイ様に餌付けされていてください」
「はぁい」
間髪入れずにげんこつを食らって座り込んだアリスにセイはクリームパンを渡す。
「アリス、まだ沢山ある。一杯食べるといい」
「わぁい! ありがとう、セイさん!」
両手にクリームパンを持ってニコニコしているアリスを見てセイは珍しく笑顔だ。
「セイ兄さん、アリスにちょっかいかけたら許さないよ」
「ノアのヤキモチが面白い。あと、アリスはペットみたい」
「あ、そ」
兄弟の中で唯一血が繋がったセイはノアから見てもよく分からない。感情が全体的に薄いというか、何事においても淡白だ。そして何より浮いた話を一切聞かない。そもそも恋愛感情があるのかどうかも怪しい。
「お前たちそれぐらいにしておけ。それで、カールがどうしたんだ?」
「うん。今あちこちで貴族たちの情報が入ってるでしょ? あれの元を辿るとどうもメイリングとカール・ダビッドソンに辿り着くんだよ。だからもしかしたら生きてるのかなって」
お茶を飲みながらそんな事を言うノアにラルフとルイスとシャルルがギョッとしたような顔をしている。
「い、いつそんなの調べたんだ! 何も聞いてないぞ!?」
「ここに来る前だよ。カイン達とその話をしてた所にノエルから連絡があったんだよ」
「そ、そうか……」
「まぁまぁルイス。分かった事はそれだけですか?」
「今のところはね。多分あっちでまだカイン達が調べてると思うよ。そんな訳だから兄さん、アメリア周辺をもう少し調べてほしいんだ」
「分かった。アメリアとアメリアの母親の方も調べておこう。くれぐれも無茶だけはするなよ?」
「分かってる。それじゃあ僕たちはそろそろ戻ろう。あんまりゆっくりしてたら痺れ切らせたキャロラインが来かねない」
「ああ。オルトが対応にずっと追われっぱなしだ。せめて何か一言欲しかったぞ? ノア」
「ごめんごめん。急遽作戦変更しちゃったから知らせる暇が無かったんだよ」
悪びれもせず言うノアにラルフは困ったように眉を下げる。
「ノアはそういう人。昔からそうだった」
「そうだっけ?」
アリスにクリームパンを餌付けしながらそんな事を言うセイにノアは苦笑いを浮かべた。
「そう。幽閉される前、僕の所に来た。物凄い笑顔で「王位継承権は放棄したよ。あとはよろしく」って。あの時僕は悟った。あ、わざとだこれ、って」
「あー……そうだっけ?」
「そう。薬が抜けてようやくノアを思い出した時、ノアがずっと演技してたって事も思い出した。目的の為に他人どころか身内も平気で騙す。それがノア」
「酷いな。騙したんじゃないよ。黙ってただけ。あと、僕はいつだって正直だよ」
嘘など何一つついていない。ただ本当の事を言ってまわっただけである。それを悪魔憑きと言って幽閉したのは教会だ。ノアはそれにラッキーとばかりに乗っかっただけである。
「アリスが本当に居た時点でやっとノアは正直者だって思えた。それまではずっと嘘つきだと思ってた。ごめん」
「いいよ、別に。ただ廃嫡されて放り出されなかったのは誤算だったよね。そりゃそうなんだけどさ」
「当たり前だ! 王の血統をいくら廃嫡したとは言え迂闊に放り出す訳ないだろうが!」
「そうだぞ、ノア。全く、お前は賢いのか詰めが甘いのかよく分からんな」
ため息をついたノアを見てルイスとラルフが引きつりながら言った。ラルフに至っては苦笑いだ。
「兄さまはね、よく知らなかったんだよ! だってあっちでは廃嫡されて国外に放り出されるなんて結構あったもん! ね?」
「そうだねぇ。てっきり放り出してくれるもんだって思い込んでたんだよ。そこは誤算だったよね」
ノアは言いながらアリスの頬についたクリームをハンカチで拭う。ノアが居た世界では王位継承権は剥奪されたのち大抵は国外追放だったからこちらでもそうだと思い込んでいたのが大きな誤算だった。
けれどそのおかげで食いっぱぐれる事もなく16まで自分の時間に専念出来たのだから良しとしておく。
「そろそろ話を戻しましょう。これがシュタで預かってきた始祖が残したという珠と古文書です」
相変わらずなノアを横目にシャルルがキャメルから預かってきた珠と古文書を机の上に出すと、皆で覗き込む。
「これなんだろう?」
珠を覗き込んでコンコンと軽く叩いたアリスを見て後ろから即座にキリがそれを止めた。
「お嬢様、よく分からない物に触れるなと先ほど言われたばかりですよ。それにあなたの馬鹿力で壊れてしまったらどうするつもりですか?」
「アランの宝珠とも違うね。凄く大きなラピスラズリみたいだけど、大きすぎるか……」
アリスが叩いた珠の音を確認したノアはそっと珠に触れてみた。すると何だかほのかに暖かい。
「この珠はオドナー家の者が触れると光るんです。キャメルさんは何も言ってはいませんでしたが、恐らくオドナー家の先祖は始祖と血の契約を交わしたのではないでしょうか」
「血の契約? なんだ、それは」
「妖精達が違う種族と契約をする時に使うんです。オドナー氏がどんな契約をしたのかは分かりませんが、この珠が血にだけ反応するという事はそういう事なのでしょう」
「僕が使った記憶と引き換えに契約した、みたいな事?」
「いえ、あれともまた違います。ノアがしたのは記憶が戻れば契約は破棄される。ですが血の契約はその血が続く限り永遠に破棄される事はありません」
「なるほど。で、それはこの古文書にも載っていない?」
「ええ。この古文書は日記のようなものです。始祖の事についてもあまり細かく語られていません」
ざっと読んだ限り内容は至って普通の日記だった。偶然とは思えない偶然に驚く青年の日記だ。ただ一つ気になるのは最後のページである。
「ここに何が書いてあったのか、それだけが謎ですね」
そう言ってシャルルは古文書の最終ページを開いて指差した。そこにはあったはずのページが無残に半分ほど破り捨てられている。
「えっと? 「もうすぐ命は尽きる。後は子どもたちに、子孫たちに任せよう。このシュタは始祖様の加護がついた土地だ。未来永劫この地に災いが起こらぬ事を祈っている。彼の友人にはいずれ」って、ここでおしまい?」
「ええ。一番良い所で破かれています。彼というのが誰を指すのか、そして友人というのは誰の事なのかもさっぱりです」
「それからあの繭に囚えられていた者達もおかしな事を言っていたぞ。自分たちには妖精王の加護があるとか何とか言っていたが、そちらも調べてみるべきだな」
ルイスの言葉にラルフが頷いた。
「我々も独自に調べてはいるが、やはりこのままではメイリングとの争いが起こりそうだ」
「そうか……やはり避けては通れないのですか。メイリングがそこまで頑なに和平を拒む理由は一体何なんだろう」
ラルフとルイスはため息を落とした所に、ふとノアが思い出したかのように言った。
「そうだ。兄さんアメリアの父親って本当にもう死んでる?」
ここに来る前にカイン達と話していた事を思い出したノアが言うと、ラルフは困ったように眉を下げた。
「はっきり言うと、分からない。アメリアがカールを処刑した時、私は既に追放された後だった。唯一城に残ったのはセイだが……」
「僕もオピリア漬けだった。でも処刑の前にカールに何か書かせていたのは覚えてる。公開処刑じゃなかったから、本当に死んでるかどうかまでは分からない。一応墓は罪人墓地にある」
セイの言葉を聞いてアリスはがたんと立ち上がる。
「よし! じゃあ掘り返そう! ぎゃん!」
「どうしてあなたはそんなにも短絡的なのですか。大人しくセイ様に餌付けされていてください」
「はぁい」
間髪入れずにげんこつを食らって座り込んだアリスにセイはクリームパンを渡す。
「アリス、まだ沢山ある。一杯食べるといい」
「わぁい! ありがとう、セイさん!」
両手にクリームパンを持ってニコニコしているアリスを見てセイは珍しく笑顔だ。
「セイ兄さん、アリスにちょっかいかけたら許さないよ」
「ノアのヤキモチが面白い。あと、アリスはペットみたい」
「あ、そ」
兄弟の中で唯一血が繋がったセイはノアから見てもよく分からない。感情が全体的に薄いというか、何事においても淡白だ。そして何より浮いた話を一切聞かない。そもそも恋愛感情があるのかどうかも怪しい。
「お前たちそれぐらいにしておけ。それで、カールがどうしたんだ?」
「うん。今あちこちで貴族たちの情報が入ってるでしょ? あれの元を辿るとどうもメイリングとカール・ダビッドソンに辿り着くんだよ。だからもしかしたら生きてるのかなって」
お茶を飲みながらそんな事を言うノアにラルフとルイスとシャルルがギョッとしたような顔をしている。
「い、いつそんなの調べたんだ! 何も聞いてないぞ!?」
「ここに来る前だよ。カイン達とその話をしてた所にノエルから連絡があったんだよ」
「そ、そうか……」
「まぁまぁルイス。分かった事はそれだけですか?」
「今のところはね。多分あっちでまだカイン達が調べてると思うよ。そんな訳だから兄さん、アメリア周辺をもう少し調べてほしいんだ」
「分かった。アメリアとアメリアの母親の方も調べておこう。くれぐれも無茶だけはするなよ?」
「分かってる。それじゃあ僕たちはそろそろ戻ろう。あんまりゆっくりしてたら痺れ切らせたキャロラインが来かねない」
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