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第89話 不思議な場所
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時は少しだけ遡って、錆びついた扉を開けて長い階段を下ったルイスとシャルルとキャメルは、ただひたすらまっすぐに伸びた狭い通路を歩いていた。
「こ、これはあれだな……何ていうか、ひいっ!」
「ルイス、ただの壁画ですよ」
「わ、分かっている。で話は戻すが……うおっ!」
「ただのコウモリですよ」
「分かっている!」
さっきからずっとこの調子である。怖がりルイスは未だにおばけが嫌いだ。色々なものに怯えながら歩くルイスをシャルルはからかい、キャメルはオロオロしている。
しばらく歩くとようやく出口であろう扉が見えてきた。そこをキャメルが服の下から取り出した鍵を使い開けると、今度は上に向かって階段が続いている。本当にこの為だけに掘られたような地下道に感心していると、キャメルは静かに言った。
「この道も自然と出来た道なのだそうです。あの古文書によると、ある日庭に大きな穴が現れたそうなのです。そしてそこから真っ直ぐ祠の下まで伸びていたそうです」
「面白い話だな。そんな偶然があると思うか? シャルル」
「いいえ。それはきっと必然だったのでしょう。そうあるべきだった。誰かの意図がそこに隠れていたと言うことではないでしょうか」
階段を登りながら言うシャルルにルイスも頷いた。何だかあのゲームの時のような奇妙な錯覚に陥りそうになるが、今はもうストーリーなどがあるはずもない。
「ここです。長い間誰も訪れていないので、もしかしたらカビ臭いかもしれません」
「ええ、大丈夫です。アリスにこれを貰ってきました」
そう言ってシャルルが取り出したのは粉塵マスクだ。それをルイスとキャメルに渡してマスクを装着すると、ルイスとシャルルは扉が開くのを待った。
「不思議な場所だな」
キャメルに案内された部屋は整備もされていない堀っぱなしの洞穴で、決して広くはなかった。洞穴の中央には石で出来た飾りも何も無い台がポツンと置いてあり、その上にくたびれたクッション。そしてそのさらに上にキラキラと光る大きな珠が入ったガラスケースが置いてある。
「本当ですね。息苦しさも全く感じませんが、どうにも歪ですね」
「はい。ここは元々もっと大きな洞穴だったのですが、ご存知の通り、前回の戦争でこの祠は悪徳の女王たちに利用されました。女王たちはこの場所に繋がる横穴を開け、無理やり外の祠とこの珠の力を繋いでいました。それに気づいた我々はこの宝が埋まる覚悟でここを爆破して外からの力に干渉しないようにしたのです」
そう言ってキャメルは悔しそうに視線を伏せた。前回の戦争の時、キャメルはまだ当主ではなかったが、両親と共に苦渋の決断をしたのを今でもよく覚えている。
「随分思い切ったな!」
「ええ。そうしなければ女王たちにこれを盗まれてしまうかもしれない。そう考えての事でしたが、このケースを開ける事が女王たちには出来なかったのです」
「特殊なケースなのですか?」
「はい。我らオドナー家の者でないと開ける事が出来ないのです。女王たちはそれは知らなかったようで、この珠の力だけを外から使っていたようです。ちょっと待ってくださいね。今ケースを開けます」
珠は青色で一見ラピスラズリのようだが、キャメルがケースを開けて珠に触れた途端、淡く輝き出した。
「おお! 光ったぞ! キャメル!」
「はい。先祖の血を継ぐものが触ると光るのです。どうぞ、触ってみてください」
キャメルはルイスの手のひらに珠を置いたが、珠はうんともすんとも言わない。ただの真っ青な珠だ。続いてシャルルもその珠に触れてみたが、やっぱり珠は光らない。
「分かってはいましたが、何だか少しだけショックなのは何でしょうね」
苦笑いを浮かべてそんな事を言うシャルルにキャメルが困ったように笑う。
「申し訳ありません……ですが、血に反応しているだけなので」
「ああ、いえ! あなたが謝るような事ではありません。それほどこの珠を渡したドラゴンとあなたの祖先の絆が強かったと言うことです。それは羨ましくもあり、素晴らしい事だと思います。多種族とそれほどの強い絆を築ける事はそうありません。これからもどうか大切に守ってやってください。それにしても爆破してもここが残ったというのは不思議ですね」
おっとりと言ったシャルルの言葉にキャメルはハッとした顔をして深々と頭を下げた。
「それは本当に不思議で……あの道も扉もここも全く壊れていなかったので、我々はやはりこの珠の不思議な力がこのシュタを守ってくれているのだろうと確信しました」
いつも自分に自信が無いキャメルだが、この不思議な珠とシュタを守れるのはキャメルしか居ないのだ。何だかそう言われた気がした。そして、ある事を心に決める。
「ルイス王、シャルル大公、この珠をあなた達にお預けしたいと思います。どうか古文書と共にこの珠も何かのお役に立ててはもらえないでしょうか」
「! 本気か!? キャメル!」
「はい、本気です。先程シャルル様が仰ったように、物事に必然というものがあるのならば、あなた達が私を尋ねてきたのもまた必然なのだと思うのです。私の祖先と始祖と呼ばれるドラゴンが、きっとあなた達をここに招いたのだろう、と」
幻の島を襲った厄災は今もなお売れ続けている歴史漫画に書かれている。その厄災を止めた英雄たちはこの世界に沢山の物をもたらした。その最も主要人物とも言えるアリスとは何故か奇妙な縁が繋がって今や文通相手だ。その機会をもたらしたのは他の誰でもないカサンドラで、カサンドラを連れて来たのはレヴィウスの勇者である。
キャメルがこれまでの経緯を全てルイスとシャルルに話すと、二人は決して馬鹿にしたりせずキャメルの話を最後まで聞いて、ルイスに至っては途中で鼻をすすりだしてしまった。
「そうか……苦労したんだな。だが、そうやって聞くと確かに知らぬ間に縁が繋がれていたようだ。俺たちはこんな出会いを今までに沢山してきた。そしてその縁に助けられてきたんだ、いつも」
「そうですね。偶然というだけでは片付けられない何かが世界には存在します。キャメルさん、本当にお貸しいただけるのですか?」
「はい。この不思議な珠は随分長い間ここを守ってくれました。ですが、その珠の恩恵は本来であればこの世界全てにあるべきです。少なくとも私はそう思います。どうか使ってやってください。これはオドナー家と始祖様の願いです」
「ありがとうございます。それでは大切に預からせていただきます。そして必ず古文書と共にこちらにお返しすると誓います」
「はい。及ばずながら他にも何か力になれる事があればいつでもお呼びください。必ず駆けつけるとお約束します」
キャメルは誇らしい気持ちで胸に手を当てて頭を下げた。こんな気持になったのは生まれて初めてだ。全て始祖と先祖のおかげなのだが、その一族だと思うだけで、その決断を下したのが自分だと言うだけでこんな気持になれるのか。こんな自分でも誰かの役に立てるのか。
この思いがキャメルを少しずつ変えていくのは、まだもう少し先の話だ。
こうして珠を受け取った二人は帰り道は当たり障りのない話をしながらのんびり戻った。そしてあの繭事件である。
「それでは、その繭と言うのは元妖精王のお仕置きをする為の部屋ということなのか?」
「ええ、あそこに囚えられていた者たちの話から推測するに、恐らくはそういう事かと。レヴィウスにも沢山の情報が入っているでしょう?」
レヴィウス城に移動した仲間たちはラルフの執務室で話し合いをしていた。
「こ、これはあれだな……何ていうか、ひいっ!」
「ルイス、ただの壁画ですよ」
「わ、分かっている。で話は戻すが……うおっ!」
「ただのコウモリですよ」
「分かっている!」
さっきからずっとこの調子である。怖がりルイスは未だにおばけが嫌いだ。色々なものに怯えながら歩くルイスをシャルルはからかい、キャメルはオロオロしている。
しばらく歩くとようやく出口であろう扉が見えてきた。そこをキャメルが服の下から取り出した鍵を使い開けると、今度は上に向かって階段が続いている。本当にこの為だけに掘られたような地下道に感心していると、キャメルは静かに言った。
「この道も自然と出来た道なのだそうです。あの古文書によると、ある日庭に大きな穴が現れたそうなのです。そしてそこから真っ直ぐ祠の下まで伸びていたそうです」
「面白い話だな。そんな偶然があると思うか? シャルル」
「いいえ。それはきっと必然だったのでしょう。そうあるべきだった。誰かの意図がそこに隠れていたと言うことではないでしょうか」
階段を登りながら言うシャルルにルイスも頷いた。何だかあのゲームの時のような奇妙な錯覚に陥りそうになるが、今はもうストーリーなどがあるはずもない。
「ここです。長い間誰も訪れていないので、もしかしたらカビ臭いかもしれません」
「ええ、大丈夫です。アリスにこれを貰ってきました」
そう言ってシャルルが取り出したのは粉塵マスクだ。それをルイスとキャメルに渡してマスクを装着すると、ルイスとシャルルは扉が開くのを待った。
「不思議な場所だな」
キャメルに案内された部屋は整備もされていない堀っぱなしの洞穴で、決して広くはなかった。洞穴の中央には石で出来た飾りも何も無い台がポツンと置いてあり、その上にくたびれたクッション。そしてそのさらに上にキラキラと光る大きな珠が入ったガラスケースが置いてある。
「本当ですね。息苦しさも全く感じませんが、どうにも歪ですね」
「はい。ここは元々もっと大きな洞穴だったのですが、ご存知の通り、前回の戦争でこの祠は悪徳の女王たちに利用されました。女王たちはこの場所に繋がる横穴を開け、無理やり外の祠とこの珠の力を繋いでいました。それに気づいた我々はこの宝が埋まる覚悟でここを爆破して外からの力に干渉しないようにしたのです」
そう言ってキャメルは悔しそうに視線を伏せた。前回の戦争の時、キャメルはまだ当主ではなかったが、両親と共に苦渋の決断をしたのを今でもよく覚えている。
「随分思い切ったな!」
「ええ。そうしなければ女王たちにこれを盗まれてしまうかもしれない。そう考えての事でしたが、このケースを開ける事が女王たちには出来なかったのです」
「特殊なケースなのですか?」
「はい。我らオドナー家の者でないと開ける事が出来ないのです。女王たちはそれは知らなかったようで、この珠の力だけを外から使っていたようです。ちょっと待ってくださいね。今ケースを開けます」
珠は青色で一見ラピスラズリのようだが、キャメルがケースを開けて珠に触れた途端、淡く輝き出した。
「おお! 光ったぞ! キャメル!」
「はい。先祖の血を継ぐものが触ると光るのです。どうぞ、触ってみてください」
キャメルはルイスの手のひらに珠を置いたが、珠はうんともすんとも言わない。ただの真っ青な珠だ。続いてシャルルもその珠に触れてみたが、やっぱり珠は光らない。
「分かってはいましたが、何だか少しだけショックなのは何でしょうね」
苦笑いを浮かべてそんな事を言うシャルルにキャメルが困ったように笑う。
「申し訳ありません……ですが、血に反応しているだけなので」
「ああ、いえ! あなたが謝るような事ではありません。それほどこの珠を渡したドラゴンとあなたの祖先の絆が強かったと言うことです。それは羨ましくもあり、素晴らしい事だと思います。多種族とそれほどの強い絆を築ける事はそうありません。これからもどうか大切に守ってやってください。それにしても爆破してもここが残ったというのは不思議ですね」
おっとりと言ったシャルルの言葉にキャメルはハッとした顔をして深々と頭を下げた。
「それは本当に不思議で……あの道も扉もここも全く壊れていなかったので、我々はやはりこの珠の不思議な力がこのシュタを守ってくれているのだろうと確信しました」
いつも自分に自信が無いキャメルだが、この不思議な珠とシュタを守れるのはキャメルしか居ないのだ。何だかそう言われた気がした。そして、ある事を心に決める。
「ルイス王、シャルル大公、この珠をあなた達にお預けしたいと思います。どうか古文書と共にこの珠も何かのお役に立ててはもらえないでしょうか」
「! 本気か!? キャメル!」
「はい、本気です。先程シャルル様が仰ったように、物事に必然というものがあるのならば、あなた達が私を尋ねてきたのもまた必然なのだと思うのです。私の祖先と始祖と呼ばれるドラゴンが、きっとあなた達をここに招いたのだろう、と」
幻の島を襲った厄災は今もなお売れ続けている歴史漫画に書かれている。その厄災を止めた英雄たちはこの世界に沢山の物をもたらした。その最も主要人物とも言えるアリスとは何故か奇妙な縁が繋がって今や文通相手だ。その機会をもたらしたのは他の誰でもないカサンドラで、カサンドラを連れて来たのはレヴィウスの勇者である。
キャメルがこれまでの経緯を全てルイスとシャルルに話すと、二人は決して馬鹿にしたりせずキャメルの話を最後まで聞いて、ルイスに至っては途中で鼻をすすりだしてしまった。
「そうか……苦労したんだな。だが、そうやって聞くと確かに知らぬ間に縁が繋がれていたようだ。俺たちはこんな出会いを今までに沢山してきた。そしてその縁に助けられてきたんだ、いつも」
「そうですね。偶然というだけでは片付けられない何かが世界には存在します。キャメルさん、本当にお貸しいただけるのですか?」
「はい。この不思議な珠は随分長い間ここを守ってくれました。ですが、その珠の恩恵は本来であればこの世界全てにあるべきです。少なくとも私はそう思います。どうか使ってやってください。これはオドナー家と始祖様の願いです」
「ありがとうございます。それでは大切に預からせていただきます。そして必ず古文書と共にこちらにお返しすると誓います」
「はい。及ばずながら他にも何か力になれる事があればいつでもお呼びください。必ず駆けつけるとお約束します」
キャメルは誇らしい気持ちで胸に手を当てて頭を下げた。こんな気持になったのは生まれて初めてだ。全て始祖と先祖のおかげなのだが、その一族だと思うだけで、その決断を下したのが自分だと言うだけでこんな気持になれるのか。こんな自分でも誰かの役に立てるのか。
この思いがキャメルを少しずつ変えていくのは、まだもう少し先の話だ。
こうして珠を受け取った二人は帰り道は当たり障りのない話をしながらのんびり戻った。そしてあの繭事件である。
「それでは、その繭と言うのは元妖精王のお仕置きをする為の部屋ということなのか?」
「ええ、あそこに囚えられていた者たちの話から推測するに、恐らくはそういう事かと。レヴィウスにも沢山の情報が入っているでしょう?」
レヴィウス城に移動した仲間たちはラルフの執務室で話し合いをしていた。
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