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第99話 気味の悪い本や絵を見たら手を洗いたくなるのは何故だろう?

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 どの壁画にも出てくる他のドラゴン達よりもずっと大きなドラゴンを見てキリが言うと、仲間たちは全員頷く。

「これ見る限り、やっぱこの道はディノが作ったみたいっすね。この人間たちは鉱夫達だと思うっす」
「てことは、この壁画は鉱夫の誰かがこの道の事を知らせる為に描いたのかな。変態の言う通り鉱夫達は生きていてここからルーデリアに出たって事なんだと思う」
「ねぇねぇ、もしかしたらこっちのシュタにもあっちのシュタみたいにドラゴン伝説あるのかも」
「それはあるかもね。ここの調査終わったらちょっと調べてみよ。とりあえず僕たちはまずこの通路の秘密を解かないと」

 そう言ってリアンは足元を指差して言った。足元には一部だけ色が変わった場所がある。それを見たアリスがすぐさま土埃を払うと、土埃の下から地下に続くであろう扉が現れたではないか。

「ここにも鍵とか無いんだね。不用心」
「元々こっちの入り口は月に一回しか出て来ないし、もしかしたらその時は本当に扉は開かない仕掛けになってんのかもしんないっすよ?」
「それもそっか。それ以外の時はドラゴンに頼まなきゃそもそもここに来れないんだもんね。鍵もくそもないって事か」
「女王たちはそれをうまくついたのでしょう。普段の日にこの教会の外に武器を運び出しておいて、道が現れた日に外側から回収してこの小島から運び出し、表の教会に隠しておく。本当に小狡い人たちです」

 そうやって着々とルーデリアで内戦を起こさせる準備をしていたという事だ。

 キリはフンと鼻を鳴らして足元の地下に伸びる梯子を見下ろした。

「で、お嬢様、中から何か危ない気配はしますか?」
「んーん。なんかね、温かい気がする。空気も通ってるし換気は出来てるみたいだよ」
「そうなの? 転移装置までは一方通行だと思ってたけど……とりあえず変なガスの匂いとかはしないんだよね?」
「うん、しない。でもなんか硫黄みたいな匂いがする気がする。あと花」
「……硫黄? 花?」

 よく分からないがアリスの鼻の正確さはリアンもよく知っている。彼女がガスの匂いはしないと言うのなら、ここは安全なのだろう。

「じゃ進もっか。はい、モブ一番ね」
「っす」

 オリバーは頷いて梯子をゆっくり下りだした。階段は底が見えないほど深く深く続いている。

 どれぐらい階段を下っただろうか。所々に休憩所のような出っ張りがあるのでそこで小休止しつつ梯子を下りていたが、いつまでも底にたどり着かなくて業を煮やしたアリスはポシェットの中から小石を取り出して下に向かって落としてみた。

 けれどいつまで経っても音は聞こえてこない。

「ちょちょちょ! これ、どこに繋がってんの⁉ 帰れるよね? ほんっとうに帰れるよね⁉」
「マジでヤバいっすね。もう半時は下ってんすけど」
「ミアさんを抱きしめてくれば良かったかもしれません……」
「ふむ……よし! じゃあ私がちょっと先行って見てくるよ!」

 諦めかけた仲間たちを他所にアリスは目を輝かせてリュックの中からいそいそと何か袋のような物を取り出した。その何かを背負ってキリに同じものを手渡す。

「なんですか、これ――」

 キリが中身を見ようと袋を開けようとした時。

「じゃ! ちょっと行ってきます! とおっ! ひゃっはぁぁ~~~~~!」
「……は?」
「え……」
「うわぁぁぁ! やると思ったぁぁぁ! バカチーーーーーン!!!!!」

 完全に固まったキリとオリバーを他所に何となく嫌な予感がしていたリアンが出っ張りから身を乗り出して下を覗き込むと、アリスが持っていた光がどんどん遠ざかり、ついでにアリスの奇声も遠ざかる。

 呆然としているオリバーとまだ下を覗き込んでいるリアンを他所に、キリはアリスから預かった荷物を漁って全てを察した。

 アリスから受け取った荷物の中身は以前どこかで見たようなやつだ。そう、いつぞやの正月に全面的に禁止になったはずのあれである。ついでにちゃっかりもう一つ大きな懐中電灯も入っていたので、アリスはもしかしたらこうなる事を予想していたのかもしれない。

 キリは無言で電気をつけてまだ愕然としている二人にアリスから受け取った袋を手渡した。

「二人共、これを。このままでは底に辿り着くまでにどれほどの時間がかかるか分かりません。何せ行き先は星の中心です。今回ばかりはお嬢様の判断が正しいかもしれません。では、行きますよ」
「待って待って! これ何なの⁉ ていうか、帰りどうすんのさ⁉」
「そっすよ! そういう説明はちゃんとしてほしいっす!」
「お二人も知っているはずです。いつか学園でお嬢様が空を飛んでキャロライン様が腰を抜かしていた時のあれです。確か名前はパラシュート、だったかと。帰りはどうなるか分かりませんが、まぁなるようになるでしょう」

 キリの言葉にリアンとオリバーは何かを思い出したかのように青ざめた。

「……ああ、あれか……あの時の無駄な練習がこんな所で生きるのか……」
「マジすか? あの地獄みたいに練習した奴っすか?」
「マジです。お嬢様から連絡が入ったら俺たちも行きましょう」

 あの時、アリスは調子に乗って仲間たち全員にパラシュートの使い方をレクチャーしてくれた。リアンなどアリスと一緒に実際に無理やり飛ばされた一人だ。

 アリスはキャロラインを喜ばせたい一心で皆に叩き込んだのだが、キャロラインはアリスが飛んだのを見て腰を抜かしてしまった。その結果、あの血の滲むような練習は結局無駄になってしまったのである。

 あの時の練習がまさかこんな所で生きるとは流石に予想もしていなかったキリである。

 大きなため息を落としながらパラシュートを背負ったキリのスマホから着信音が鳴った。相手はアリスだ。

『あーあー! こちらアリス、こちらアリス! すっごいよここ! 早く皆もおいでよ~!』
「そちらがアリスなのは知っています。着地する場所は大丈夫ですか? 言っておきますが、俺達はあなたと違って身体能力は人並みですよ」
『大丈夫! なんか藁が一杯あったから積んどいた! そこに落ちるといいよ! それより早く来なって!』
「……どうも。では」

 それだけ言って電話を切ったキリを見てオリバーとリアンは察したように頷く。

「はぁ……行くか。モブ、お先にどうぞ」
「まぁ、しょうがないっすね。もし俺に何かあったら――」
「ないない、大丈夫大丈夫。いざって時はあいつが受け止めてくれるよ。はい、行ってらっしゃ~い!」
「ちょ! 何でそんな適当なんすか! ったく!」

 言いながらオリバーは大きく深呼吸をして意を決したように出っ張りから飛び降りた。

「これ多分連絡あってから行った方がいいよね?」
「深さが分からないのでその方がいいかと思います。電気、持っていきますか?」
「ううん、いい。何か壁に変な虫とかいたら嫌だから」

 気味の悪い本や絵を見たら何故かすぐに手を洗いたくなるリアンである。

 しばらく待っているとリアンのスマホが鳴った。相手はオリバーだ。

「じゃ行ってくるね。嫌だなぁこれ、下りる時痛いんだよなぁ」
「覚悟を決めてください、リアン様」
「はぁ、分かったよ。それじゃね」

 ぶつくさ言いながらリアンは出っ張りからぴょんと飛び降りた。ブツブツ言う割に思い切りの良いリアンに感心しつつキリは自分のパラシュートを入念にチェックしていると、今度はリアンから連絡が入る。

「この事はノア様に絶対報告しないと」

 キリはアリス観察ノートに今日の出来事をさっと書き込むと、パラシュートを背負って飛び降りた。

 パラシュートを開いて電気を掲げると壁面にはリアンの言う変な虫がびっしりついていて、キリは思わず電気を消す。

 しばらく下りているとようやく下のほうに明かりが見えてキリはホッと胸を撫で下ろした。
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