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第101話 何かに属する

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「でも、もしもその転生者があなたを誘いに来たらどうするの? アリス工房はそれはもうあちらの物を商品化しまくってるんですもの。きっとアリスかノアが転生者だって気づいているわよ?」

 不安そうなキャロラインにノアはいつもの様にニコッと笑った。

「別にどうもしないよ。言ったでしょ? 僕はあちらの世界に何の未練もないんだよ。今更何を目的に僕を誘いにくるの? この世界の天下を一緒に取ろうとか? 僕は今の生活が気に入ってる。それを邪魔しようとするなら、たとえ同胞であっても容赦はしないよ」

 いつもの笑顔でそんな事を言うノアを見て仲間たちはゴクリと息を呑んだ。ノアならそうだろう。アリスと家族以外に何の興味も示さない。それがノアだから。

 そんなノアを見てルイスは咳払いを一つして言う。

「まぁ、あれだ。これでもう一つ謎が増えたな。あの秘密箱というものを誰がどこから仕入れたのかも調べなければ」
「だな。もうほんっとうにリー君じゃないけど、どうなってんだろうな⁉」

 思わず叫んだカインに皆が頷く。何故自分たちばかりこんな事に巻き込まれるのか、本気で理解できない。何かもうそういう運命なのだろうか。
 


 オズワルドに抱きかかえられて到着したのは緑色に光る苔が沢山生えた、とても幻想的な場所だった。

「綺麗! オズ、これなに? 苔?」
「ヒカリゴケ。ここにはディノの魔法がかかってる。ドラゴンの隠れ家なんだ」
「ドラゴンの隠れ家?」
「そう。ディノが作った家みたいなものだよ。ディノは星の真ん中に自分の家を建てたんだ」
「ディノって誰?」
「ディノはこの世界に最初に生まれたドラゴンだよ」
「ドラゴンなの? どうしてこんな所に家を建てたんだろう。暗いのに」
「逃げたかったんだ。地上はどこへ行っても妖精王の監視下だし、かと言ってディノには星から出る術はない。ここしかディノが隠れられる場所は無かった。だからディノは星の至る所にこんな穴を掘ったんだ。こっちに来てごらん」

 そう言ってオズワルドはリーゼロッテの手を引いて歩き出した。あちこちに伸びた横穴からは生温い風が吹いてくる。しばらく歩いていると何やらいい匂いがしてきた。

「ここがディノ自慢の花畑だよ。もう大分昔に絶滅した植物や虫なんかが暮らしてる」
「すごい! ここは明るいんだ! まるで外みたい」
「ディノは変わり者だよ。俺はディノが好きだった。ディノだけが俺の事を見つけてくれたからね」
「オズはディノと友達だったの?」
「まぁね。俺が生まれた日、俺は小さな箱に閉じ込められた。愛を持たないからと言って妖精王の名を剥奪されて、真っ暗な箱の中に放り込まれたんだ。箱の中には他にも沢山俺みたいなのが居た。皆おかしかった。殺し合いをしたり互いを食べたり、どうにかなってた」

 淡々と話すオズワルドの言葉をリーゼロッテは息を呑んで聞いている。

 どうしてこんな楽しくも面白くもない話をリーゼロッテにしてしまうのか、それはオズワルドには分からなかったけれど、それでもオズワルドは話すのを止めなかった。

「それで、オズはどうしたの? 殺し合いしたりしたの?」
「いいや? 全員ぶち殺してやった。そうすればもう争わなくてすむから。もう苦しくないし辛くない。そう思ったんだ、あの時は」

 生まれたばかりのオズワルドはまだ魔力を封印されていなかった。その力を使って真っ暗な箱の中の者達を全てかき消したのだ。結局、オズワルドは一人になった。

「今はそう思わないの?」
「思わない。ディノが話しかけてくれるまで俺は一人だった。誰かが居ないと自分という物が曖昧になる。どんな生き物も何かに属さないと暮らしていけない。それが分かったんだ」

 それが種族という括りなのだと知ったオズワルドは自死することも出来ずに長い間箱の中で一人、漂っていた。それに最初に気づいたのがディノだった。

「ディノは俺を俺に戻してくれた恩人だ。妖精王に貰った知恵や知識を使ってディノはどうにかこの星から出ようとしていた。だから俺は手を貸したんだ。この地下の事をディノに教えた。ここなら妖精王の目は届かない。妖精王は何も万能な訳じゃない。星という生き物は、そんな単純じゃない。誰だって自分の体の中に入り込まれて支配されるのは嫌でしょ?」
「うん、嫌。気持ち悪いもん」

 リーゼロッテは虫に刺された時の事を思い出してブルリと震えた。何かよく分からない生き物が自分の体に針を刺すという行為が酷く気味悪かった。

「星もそうだよ。自分の体の中に勝手に入ってきて弄り回されるのは嫌だったんだ。だからここには妖精王は入れない。ディノと星が許した者しか入れない」

 まぁ、それを逆手に取って無理やりあの秘密の通路を使ったのが教会の人間だ。それを教えたのはオズワルドだが、今は少しだけその事を後悔している。

「ディノは今はどこにいるの? もう居ないの?」

 何だか悲しくなってきたリーゼロッテが涙を浮かべてオズワルドに問うと、オズワルドはそんなリーゼロッテを見下ろして無表情で言った。

「居るよ、彼の寝室に。ここよりもずっとずっと深い場所でもうずっと眠ってる」
「……起きないの?」
「起きられないんだよ。彼の大事な物が一つ足りないんだ。だからディノはそれをずっと探してる。今も友人を使って」

 この地下で生まれた最後の少年は、生まれてすぐに死んでしまったと聞いている。それをディノが引き受けて誰にも内緒で命を与えたのだ。

 彼は今もずっと地上でディノの眼をしているという。



 妖精王はヒゲをピクピク震わせて、猫にあるまじき大きなくしゃみをした。それに驚いてアミナスが持っていた箱を落としてしまう。

「豪快なくしゃみ。ほんとに猫?」
「にゃ、にゃぁ~」

 ぬっと近寄ってきたセイに妖精王は内心ビクビクしながら猫らしく返事をした。ノアと同じ血を引くセイの勘も相当鋭い。だから出来るだけセイには近寄らないようにしている妖精王だ。

「アミナス、この柄知ってるの?」
「うん! 母さまの着物がこの柄なんだ~。可愛いでしょ? 私にももうちょっと大きくなったら作ってくれるって言ってた! そうだ! レックスのも作ってもらおうよ! 兄さまとレオとカイとお揃いのやつ!」
「着物? 初めて聞く単語。ルーデリアは知らない間に不思議の国になってる」

 何だか変な結界が張られて外から自由に行き来出来なくなってしまったルーデリアだったが、ちょっと行かない間に随分と様変わりをしているようだ。

 レックスの言葉にライアンとルークが何故か胸を張った。

「是非レックスも遊びに来てくれ! 王都の案内は俺がしてやるからな!」
「……ルイス王と同じ事言ってる。やっぱり親子だ」
「ははは、ここ本当にそっくり親子だから。うちにも遊びに来いな、レックス。動物が一杯居て楽しいから」
「そうよ、レックス。ルークとアミナスの所にはダイアウルフもいるのよ。乗せてもらうといいわ」
「可愛くて~おっきくて~モフモフなんだよ~」

 ジャスミンとローズの言葉にレックスは首を傾げた。

「ダイアウルフ? ああ、地下から出ちゃったのか。それが地上で繁殖してる?」

 いつものように独り言を言うレックスをじっと観察していたのはノエルとレオだ。二人はレックスの言葉を聞いて頷きあうと、何かメモをとっている。

「箱が開いたぞ! これは……なんだ?」

 子どもたちが自由にお喋りしている間にラルフが箱の中から取り出したのは、木で出来た所々に穴の開いた動物の形を象った小さな板と金色のピンが8本。
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