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第102話 一種の厄災アリス

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「これは狼か。こっちは……熊だな」

 ラルフの後ろからオルトが箱の中を覗きこんで言うと、セイも近寄ってきた。

「可愛い。何だろう?」
「分からん」

 大人3人が集まって動物の板をしげしげと見ていると、そんな光景を見ていたアミナスが突然笑いだした。

「おじさん達がお人形遊びしてるみたい! 私もやる~!」

 そう言ってアミナスは目の前に居たセイに飛びつくと、そのまま背中をよじよじと這い上がり、箱の中に残っていたピンを数本取り出した。

「こらアミナス、失くすんじゃないぞ。何か重要な物かもしれんからな」

 大人たちはそう言って子どもたちに箱と板を渡して隣の作戦部屋へ戻って行く。

「失くさないも~ん! ん? なんだろう、これ先がギザギザだ」

 両手で持った数本のピンは、よく見るとどれも先がギザギザになっている。

「アミナス、それちょっと見せて?」
「俺にも見せてください」
「うん。はい」

 ノエルとレオに数本のピンを渡したアミナスはすぐさま子どもたちの輪に戻った。そんなアミナスを見てレックスが首を傾げる。

「アミナスは自由すぎる。僕よりも自由な人間、初めて見た」

 今はもう秘密箱に興味が移ったアミナスを見てレックスが言うと、隣から妖精王が話しかけてきた。

「こいつの母親のアリスはこんなものではないぞ。あれはもう一種の厄災だ。あの繭事件などまだまだ序の口だ」
「君がそんな風に言うのは凄いね。君の立場から見てもそう思うって事?」

 レックスは明言こそしないものの、何となくクロの正体には気づいている。そんなレックスの心の内を知ってか知らずか、妖精王は腕を組んで大げさに言った。

「ああ。あれはそう……毒舌娘曰く、大地の化身だ。そして破壊神だ。我はそのうちあやつにこの星を乗っ取られるのではないかとヒヤヒヤしておる!」
「……ディノより強い?」

 レックスが問うと、妖精王は少し考えて猫にあるまじき歯を見せて笑った。

「どちらが強いというよりは、案外気が合うんじゃなかろうか。アリスに会えばディノも生きる事は楽しいと思うかもしれんな」
「――へぇ」

 あの繭に囚われた時、触手達はアリスに触れようとはしなかった。明らかに怖がっていた。あれが妖精王の力で出来た物だと言うのなら、妖精王の力すらアリスには怯えるという事だ。

「とは言えアリスもアミナスも単純だからな。あやつらがバカで本当に良かった」

 ため息を落としながらそんな事を言う妖精王にレックスは思わず笑ってしまった。レックスが笑うと言うことは、ディノが喜んだと言うことだ。それに気づいてレックスはハッとする。

「ディノが目覚めたがってる。傍観者はもう嫌だと。関わりたいのだ、ディノも。この世界に、この星の行末に――早く見つけないと」
「……レックス? どうかしたか?」

 妖精王にも聞こえないほどの小さな声で呟いたレックスに妖精王が首を傾げると、レックスはゆっくり首を振っておもむろに妖精王の頭を撫でた。

「クロは今までのとは少し違う。自分には出来ない事もあると分かっている、未熟だと言うことも理解している。君は愛されるべき存在だ。だがもう少しだけ混沌は続く。ヴァニタスが解放されたら、君は今よりもずっと皆に近づくことが出来る」
「レックス……? 一体何を――」
「これもしかして何かの部品じゃないかな?」

 何かを言いかけた妖精王の言葉をノエルが遮った。

「ノエル! 何か気づいたのか⁉」

 突然のノエルの言葉にライアンとルークが駆け寄る。

「よく分からないけど、この動物の板にいくつかのピンが刺さるんだ。ほら、これ」

 ノエルはそう言ってピンを動物の板に開いた穴に一本ずつ刺し始めた。刺さる場所が違うと何も起こらないが、刺す所がピタリと合えば板を突き抜ける。

「つ、突き抜けてるぞ! これでいいのか?」
「多分。だってほら、逆さまにしても落ちないもん」
「ほんとだ。でも何の部品なんだろ」

 ノエルの手から動物の板を受け取ったルークが首をかしげると、それを見ていたローズがふと口を開いた。

「過去の記憶は日記の中に。古の竜を蘇らせん」
「出た、ローズのお告げ。やっぱり鍵はあの日記だよ」

 それだけ言って意識を失ったローズを抱きかかえたカイを横目にテオが言うと、子どもたちは真顔で頷いた。



 シャルが戻ってきたのはその日の夜だった。

 昼間のうちにノエルからまた不思議な物の写真が届き、それについて夕飯を食べ終えて話していた所に、泥だらけになったシャルが戻ってきたのである。

「汚い!  一体どこで何してきたの」

 突然部屋に現れたシャルにノアが言うと、シャルは顔をしかめてスマホを取り出した。

「私は風呂に入って着替えてきます。あちらの写真を撮ってきました。あなた達はこれでも見ていてください」
「ありがとう、シャル」
「いいえ、どういたしまして」

 帰ってくるなり汚いと罵られたシャルは少しだけ頬を膨らませてそのまま部屋を出て行ってしまった。

「ノア、シャルはアリスじゃないのだからあんな事を言っては可哀相じゃないの」
「いや~つい癖で。あとで謝っておくよ」
「ええ、そうしなさい。それで写真を見ておけって言ってたわね」

 キャロラインはそう言ってシャルが置いていったスマホに手をかけようとしたその時、チビアリスがコホンと咳払いをしてそれを止めた。

「キャロライン様! ちょっとそのスマホを貸してください!」
「構わないわよ。何をするの?」
「ふふふ! 実は私達、自動書記機能の他にこんな機能をつけちゃいました! じゃじゃ~ん! おっきい画面にうつせ~る君です!」
「……リー君が居たらそのネーミング、ボコボコにされるよ」

 ここには居ないリアンの声がどこかから聞こえてきそうなネーミングに思わずカインが言うと、隣でルイスも頷いている。

「まぁまぁ、皆さん。ネーミングはさておきこのスマホをこのガラス板のこの部分にはめ込むと――」

 言いながらアランは机の上に大きなガラス板をドンと置いた。

 ガラス板には木で出来た枠組みと土台がついていて自立出来るようになっている。さらに枠組みにはスマホがピタリとはまりそうな窪みがついていて、アランがそこにスマホを入れた途端、スマホの画面がそのままガラスに映し出されたではないか!

「アラン! チビアリス! お前たちは天才か⁉」
「すごい! これどうやって使うの⁉ おっきい画面で電話も出来る⁉」

 はしゃぐルイスとフィルマメントにアランとチビアリスは誇らしげに頷くと、ガラスをスマホの画面と同じ様にタッチして操作し始めた。それを見て面白がってノアがメッセージのボタンを押すと、大画面にメッセージ画面がでかでかと映し出される。

『こちらは順調よ。体は大丈夫? たまにはこっちにも来てね』
『任せっきりですみません、週末には戻ります。アリスこそ体調はどうですか? 昨日は少し鼻声でしたよ?』
『大丈夫。ちょっと風邪気味なだけよ。暖かくして早く寝るわ』
『風邪⁉ ああ、今すぐ抱きしめに行けたらいいのに!』

 そこまで読んだ所で画面が消えた。ハッとして皆で振り返ると、風呂上がりのシャルが髪から水を滴らせてドアの入り口で突っ立っている。どうやらシャルもまたシャルルのようにスマホと自分の意識を繋いでいるらしい。

「シャ、シャル! 違うの! これはね、その、写真とメッセージのボタンを間違えただけなのよ! 何も読んでないわ! ね? ミア!」
「そ、そうです! 大丈夫です! あと風邪にはハンナさんの特製ポーションがとてもよく効くので是非!」
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