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第130話 バセット領のエプロン事情

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 ルークはカイン達が妖精王が今は黒猫に姿を変えている事を知らないと思っているので、その事だろうと思っていたカインは笑顔を浮かべて頷く。

「当たり前だろ。無事ってだけでホッとした。会えるの楽しみにしてるよ。もちろんお前にも」
『う、うん……それじゃあまた後で』
「ああ。じゃな」

 そう言って電話を切ったカインは苦笑いを浮かべて言った。

「どうやらとうとう妖精王が正体を明かす決心をしたみたいだよ。子どもたちもここにくるってさ。で、何で突然バーベキュー?」
「あ、そうなの? そりゃ良かった。カイン、ライラちゃんとミアさんの写真見せてもらってみな?」
「え? ん? ルイス、何で固まってんの――な、な、なんじゃこりゃ⁉」
「そういう訳だから今からバーベキューなんだってさ。さ、皆キビキビ準備しよ~! もちろんアーロもね!」

 もう何が何だか分からないがどうでも良くなってきたノアが言うと、仲間たちは全員で顔を見合わせて覚悟を決めたように頷いた。
 

 家に戻るとそこには既にハンナやジョージ、ホープキンスが慌てた様子で庭でバーベキューの準備をしていた。そこには無理やり呼びつけられたであろうアーサーとエリザベス、グレイスも居るが、どうやらアリス達はまだ戻っていないようだ。

「全く! どうしてお嬢はいつもいつも突然なんだろうね⁉」
「ハンナ、落ち着きなさい。お嬢様がそういう生き物だと教えてくれたのは君ですよ」
「それはそうなんだけどねぇ……全く! 昨日買ってきた肉をもう解凍しなくちゃだよ!」

 ブツブツ言いながらもテキパキ作業を進めるハンナをホープキンスは楽しそうに見ている。

「おや、王もいらしたのですか? 王妃まで」

 ここでようやくルイス達がやってきた事に気づいたホープキンスが顔を上げて微笑むと、ルイスも引きつった笑みを浮かべた。

「お、おおホープキンス。エプロン、似合っているな」
「そうですか? キリさんが作ってくれたのです。何でもバセット家ではレースのエプロンをつけるのが決まりだとかで」
「いや、それは多分キリの嘘なんじゃ」

 そう言ってひらひらのエプロンを摘んだホープキンスにカインがポツリと言うと、それを聞きつけたアーサーとジョージが怖い顔をして寄ってきた。

「宰相様、これを脱ぐとキリに延々嫌がらせをされるんですよ! 一列ずつレースが増えるんですよ!」
「そうですそうです。キリはああ見えて頑固だからなぁ。はははははは。慣れればどうってことありませんです」
「……そうなの? ノア」

 くるりと振り向くとノアは既にいそいそとレースのエプロンをつけている。

「そうだよ。うちではエプロンはフリル一択だよ。似合おうが似合うまいが関係ないの。ドレスみたいなエプロンつけたくなかったら大人しくつけた方が全然いい。はい、これ皆の分ね」

 ノアは全員分のエプロンを渡して作業に戻ると、カイン以外は何の違和感もなくフリルのエプロンをつけだした。

「お前ら感化されすぎじゃね?」
「カイン、早くしろ! アリス達が戻ってきてしまうだろうが!」
「何でそんなはしゃいでんの、ルイス」

 何故か楽しそうなルイスを見てカインが言うと、後ろからトーマスがそっと言う。

「ルイス様はここに来ると自分も働かなくてはならないと刷り込まれてしまっているのです。楽しんでいるのでどうかそっとしておいてやってください」
「……」
「カイン、ほら早くつけて。いつまでも恥ずかしがってないで!」
「うわ! こら、オスカー止めろって! 俺はこの歳になってフリルなんてつけたくないっ!!!」

 必死で抵抗するが、力ではオスカーには敵わない。結局カインも無理やりフリルのエプロンをつけられて、仕方無く準備を手伝いだした。

 バーベキューの準備もそろそろ終わりかけだと言う頃、アリス達がようやく戻ってきた。

「ほらね! そろそろ終わる頃だと思ったんだ! たっだいま~!」
「ほんとだ。凄いね、あんたの腹時計」
「アリスのお腹の音、大きすぎて怖い」

 震えるリーゼロッテにオリバーがやれやれと首を振る。

「あれはもう昔からっす。あの戦争の後なんてもっと酷かったんすよ」
「見たかったなぁ。その頃には俺もう戦線離脱しちゃってたんだ」
「見なくて正解です。あれは最早地響きでした。あ、ノア様、ミアさん、ただいま戻りました」
「……」

 やってくるなり仲よさげなアリス達とオズワルド達に仲間たちは呆然である。

「アリス、もう僕は地下で何があったのかは聞かないよ。で、オズワルド僕たちの影返してくれるって? ていうか……アリス、だよね?」

 何がどうなっているのかさっぱり分からない上に何故かアリスが若返っている。ノアはゴクリと息を呑んでアリスを撫でると、アリスはいつものようにニカッと笑った。

「そだよ!」
「あ、うん。ならいいんだけど」

 何だかよく分からないが、全てをさっさと受け入れたノアが言うとオズワルドは怪訝な顔をしてノアを覗き込む。

「こんなに腹ん中何考えてんのか分からなさそうなのに、どうして子どもあやすだけで戻ってきたんだろう?」
「兄さまは欲望に忠実だから! 赤ちゃん大好きなんだよ!」
「それにしてもなぁ。二重人格すぎない?」
「兄さまが二重人格! ウケる!」

 わはは! と笑うアリスにノアは白い目を向ける。アリスが大抵何をしてもさほど驚かなくなってきたと思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。

「あー……モブ、これどういう状況? リー君でもいいから説明してくんない?」

 未だに受け入れられないカインがコソコソ言うと、オリバーとリアンが交互に地下で起こった事を説明しはじめた。

「つまり何か。地下は丸々ディノの支配下って事?」
「ざっくり言えばそういう事っすね」
「あと話を聞くにディノは多分アリスと気が合うよ。つまり、鉱石で出来たバカでかいアリスみたいなドラゴンかもしれないって事だよ」
「そ、それは……怖いな。しかも妖精王と同等の力持ってるんだよな? それは最強なんじゃないの?」
「味方で居れば心強いけどね。敵に回ったら悲惨かも」

 ヒソヒソと言うリアンの声が聞こえていたのか、いつの間にかオズワルドが側に寄ってきて言った。

「アリスと違ってディノは暴れない。あそこまでお花畑じゃない」
「だ、そうだよ。良かったね」

 アリスのように親指を立てたリアンを見てカインは苦笑いを浮かべた。どうやらアリスやキリだけではなくてリアンとオリバーまでもがオズワルドの事を悪く思っていないようだ。

「まぁもう何でもいいよ。とりあえずオズワルド、妖精王に魔力とこいつらに影返してやって」
「アランが居ないけど?」

 言いながらオズワルドはポシェットからノアの影を引っ張り出した。それを見てカインとルイスがギョッとする。

「アランは今シャルルの所に行ってる。ついでにドンちゃんのも出してくれない?」
「いいよ。クマのも返しとく」

 ノアに言われてドンとパパベアの影も取り出すと、ドンの影はノアに頬ずりして鼻から黒煙を吐いた。

「ドンちゃんにパパベア! 災難だったね。二人共元の場所に戻ってあげて。ドンはそろそろ卵が孵りそうだよ」

 コクリ。ノアの言葉を聞いてドン影は飛び上がり、パパベアの影は一目散に森の中に消えていく。そして自分の影を見てノアはニコッと笑った。

「君も今すぐ戻るよね?」

 ビクリ。ノアの影は身体を震わせてチラリとアリスの影を見たが、それに気づいたノアが言う。

「あっちは僕が何とかするから君は心配しなくていい。それともアリスにキスしたお仕置きを今ここでしてもいいんだよ? 何も血を流さなくてもいくらでもやりようはあるんだから」
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