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第143話 お豆腐メンタルカイン

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 思春期の真っ只中でアリスに目を付けられたリアンである。あれが基準になってしまっていて、今更どうやって友達を作ればいいのか分からなくなっているのだろう。オリバーも全くその通りなので気持ちはよく分かる。

 オリバーとリアンは互いに顔を見合わせてゆっくりお茶を飲んだ。

 
「レスター、悪いな。こんな事頼んで。フィルが先に妖精界行ってるから」
「いえ! 僕も何かお手伝いしたかったので。それじゃあヴァイス、ロト、カライス行こうか」
「ウォウ!」
「おお!」
「分かった」

 あの戦争から随分経ったが、カライスとロトはまだセレアルに居た。セレアル中を今もレスターと周り、作物や特産品を作る毎日である。

 そんなカライスは数年前にレスター直属のメイドと結婚をした。これがきっかけであれほど妖精界ではみ出し者扱いされてきたエントマハンター達だったが、次第に人間の世界に溶け込むようになっていった。

 ちなみにロトはまだ独り身である。彼は自由に生きたいのかそれともスイの面倒を見るので手一杯なのかは分からないが、とてもよく面倒を見てくれている。その甲斐あってスイは今やレスターとルウよりもロトの事を親だと認識している気がするというのが最近のレスターとルウの悩みだ。

 レスター達を送り出したカインはため息を落としてルイスから届いた情報とリアンから届いた情報をまとめると、それをノアに送った。

「カイン、ちょっといい?」
「おお、オスカーどうした?」
「最近あんまり寝れてないでしょ? マーガレットがお菓子作ってくれたから一旦休憩して食べようよ」

 そう言ってカインの執務室に入ってきたのはオスカーだ。オスカーは両手にお菓子とお茶のセットを持って、事もあろうに足でドアを閉めている。

「お前、アリスちゃん達に感化されすぎだって」

 笑いながらカインが言うと、オスカーもおかしそうに笑う。そう言えばオスカーとも最近こんな風に話していなかった事を思い出したカインは、机から離れてソファに移動した。オスカーはそんなカインの前に座って黙々とお茶を注ぐ。

 そんなオスカーを見てカインがポツリと言った。

「なぁオスカー、屋敷に戻って来いよ」
「どうしたの、突然」
「なんか、最近あんまりお前と話せてなかったなと思って」
「カインの悪い癖だね。忙しくなると周りがすぐに見えなくなる。配分が下手なんだよ」
「配分なぁ。家の事、世界の事、国のこと、分けんのキツイわ」
「どれも全力で行こうとするからそうなるんだよ。ノア様見てみなよ。学生時代から思ってたけど、あの人本当にそういうの上手いことやるよね」

 特にノアなんてアリスの面倒も見なければならないのだ。そりゃもう大変だろうと思うのに、ノアが本気で疲れている所を見たことがない。

 いや、一度だけある。アリスがアミナスを出産した時に疲れ果てて死にそうな顔をしていた。ノアのあんな顔は後にも先にもあれっきりである。

「あー……な。あれどうやってんだろうな」
「今度聞いてみたら? それよりほら、お菓子食べて。そんな疲れた顔してたらまたフィルちゃんが心配するよ」
「フィルの前でこんな顔しない。お前の前でだけだって」
「それは光栄だね。で、何をそんなに思いつめてんの」
「前の時もそうだったけどさ、今回も一つも間違えられないなって思ったんだよ。前の時は間違えても悲惨な結果にはなったかもしれないけど、未来が完全に途絶える訳じゃなかったじゃん。でも今回は間違えたら下手したら星ごと無くなるのかもなって思ったらさ、急に怖くなったって感じ」

 俯いて愚痴を言うカインを見てオスカーは困ったように肩を竦めた。

「それもカインの悪い癖だよ。起こってもない事を悲観して自分を追い詰める。
アリス様ぐらい自信満々に生きてみなよ」
「そりゃ無理だ。あのお花畑は相当だぞ。それにアリスちゃんは言った事を実行するだけの力もあるしな。俺じゃああはいかない」
「そりゃそうだけど言うのはタダだよ。自信満々でなきゃ誰も付いてこない。常に不安そうな宰相なんて嫌でしょ?」

 オスカーの言葉にカインは素直に頷いた。

「分かってる。だからお前にしかこんな事話せない。なぁオスカー、もっと帰って来いよ」
「実を言うとこんな風に落ち込んでるのはカインだけじゃない。フィル様もマーがレットに相談してるみたいだよ。君たちは似たもの夫婦だ。お互いがしっかりしなきゃって思って、何か失敗したら自分のせいだって思ってる」
「……」

 あまりにもオスカーの言う通りでカインは思わず黙り込む。そんなカインにオスカーは続けて話しだした。

「とはいえ、俺もカインの性格はよく知ってるからね。そろそろそんな事言うんじゃないかなと思って、マーガレットとも相談して今の家を引き払うことにしたんだよ」
「え……?」
「ロビン様とルード様に相談したら、この屋敷を増設してくれるってさ。そこに俺たちは移り住む事にしたんだ。借家にしてて本当に良かった。ノア様とリアン様とオリバーさんの言った通りになるんだもんなぁ」

 そう言っておかしそうに笑うオスカーを見てカインは目を剥いた。

「ど、どういう事?」
「あの三人がね、俺が結婚した時に言ったんだよ。離れて住むのはいいけど借家にしときなって。どうせカインは煮詰まって俺に泣きついてくるから、ってさ。あの屋敷をわざわざ買い取って貸してくれたのはルイス様だよ。その話をどこから聞いたのか分かんないけど、カインは飄々として見えるけど実際は凄く繊細だって。だからお前は絶対に側に居てやってくれって言ってあの屋敷を貸してくれてたんだ。おかしいと思わなかった? 俺とマーガレットの給料であんなとこ住める訳ないなってさ」
「マジか……恥ずかしい」
「逆だよ。それだけ皆がカインの事を理解してくれてるって事だよ。君がどれほど努力しているかをちゃんと知ってくれてる。君が俺にしか弱音を吐かないのも知ってるってだけ。でも誰もそれを責めたりなんてしない。君は素晴らしい友人に恵まれたんだよ。そんな訳だから近い内俺たちはこっちに戻るよ」
「ああ……ありがとう、オスカー。あと、あいつらに何か送っとくよ」

 そんなに気遣われていたとは知らずに一人で何もかも解決しなければならないだなんて思っていた自分が恥ずかしいが、気持ちはとても嬉しい。

 ようやく顔を上げたカインがそんな事を言うと、オスカーは苦笑いを浮かべた。

「いや~、それは別にいいんじゃないの? もう随分前の話だし、きっと皆忘れてるだろうから、逆に何があったんだって思うと思うよ」
「それもそうか。じゃあ俺は作戦で恩返しするしかないな」

 照れたように笑うカインにオスカーも頷いてお茶を飲む。

「そうそう。実際そうしてくれるのが一番助かるんじゃない、皆」

 言いながら当時の事をオスカーは思い出す。

 マーガレットと結婚をする前日の事だ。酔っ払って寝てしまったカインを部屋に運んだ後、ノアとリアンとオリバーが呆れたように言ったのだ。

『てかさ、あんた離れて住むにしても出来るだけ次期宰相の側に居てやってよ?』
『ほんとそれ。あと、しょっちゅう通ってやってね、お願いだから』
『え? どうしてです?』
『どうしてもこうしても無いよ! 何かある度にうちに来られるの迷惑なの! 肝心な事話さないでどうでもいい話ばっかしてさ。はっきり言って鬱陶しい』
『同じく。リー君とこ行ってスッキリしない時はうちに来て無理やり書類仕事してくんだよね。もう無いって言ったら今度は領内の手伝いとかしだすし、宰相放り出しておく訳にもいかないから仕事が何も進まないんだよ。何に悩んでんのか知らないけど、カインはメンタルがお豆腐だから』
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