上 下
147 / 746

第145話 夢でも食べるアリス

しおりを挟む
「そうだ! アメリアの母親をこっちに連れて来よっか!」
「は? 本気かよ」
「本気だよ。すっかり忘れてたけど、アメリアの母親だって超重要人物だもんね。エミリーも連れて来たい所だけどエミリーとアメリアはこっちに来ると死んじゃうからなぁ」

 そう言ってカラカラと笑うノアを見て仲間たちは全員引きつったが、ノアはそんな視線など気にもしない。

 エミリーが居たあばら家を見る限り、エミリーはもうずっと一人暮らしをしていたようだった。それなのに何故か箱は持ったままだったので、恐らくまだアメリアとの繋がりは絶たれていない。ではアメリアは今どこに居るのか。

「また色仕掛けをして今度はアメリアの居場所を探りますか?」
「しないよ。そんな事しなくてもアメリアの母親を拘束すれば確実に向こうは動くと思うから。そうと決まればカイン、仕事だよ! 兄さんたちには僕から事情を説明しとくから、カインはお城の地下牢の一番ジメジメした陰気臭い部屋を今すぐに空けるようルイスに言っといて」
「ねぇ変態、それは一番ジメジメしてなきゃ駄目なの?」
「駄目だよ! 人間を絶望させるには一切の光と人の存在を遮断して自分の事をどこまでも悲観させなきゃ! そうすれば放っておいても人は狂う。そこに手を差し伸べて懐柔する。拷問の基本でしょ? それにどうせ今まで幽閉って言っても何だかんだ優雅に暮らしてたんだろうから、ここらへんで本気で痛い目見てもらわないとね」
「……俺、たまにお前が本気で怖いわ」
「俺もっす」
「僕はもう慣れた」
「私も」
「僕にはアリスみたいな魔法が使えないからさ、こうでもするしかないよね?」

 ニコニコしながら言うノアを見てシャルだけが頷いているが、他のメンバーはドン引きである。そしてすぐさま行動に移された。



 エリスの家で一晩明かしたキリは、いつものように朝日と共に目を覚ました。

 昨夜くじ引きで勝ったキリはアミナスが使っていた部屋を借りることが出来たのだ。隣ではレオとカイとミアがまだ眠っている。そんな光景が何だか嬉しくて思わず笑みを浮かべたキリは庭を見て絶句した。

 テントは全部で3つ持ってきていた。アリスの分とキリとミアの分。そして予備である。そしてその予備はノエルとレックスが二人で使っていた。というのも昨夜――。

『キリ……もう一つテント持ってない?』

 皆が寝静まった頃、目を擦りながらノエルとレックスがキリの所にやってきた。何となく分かっていただけに、キリはノエルとレックスの頭を撫でてアリス達のテントから一番離れた所にテントを立ててやった。

『やっぱり予備を用意しておいて良かったです』
『うん、ありがとう』
『ありがとう……ふぁぁ』

 大きな欠伸をしたレックスの手を引いてノエルはそのテントに戻っていったのだが。

 キリは目の前の光景に大きなため息を落とした。

 庭には破壊されたテントが2つ転がっている。テントに居たはずの人たちはどこへ行ったのかと思えば、庭の隅っこでノエルを抱きしめて暖を取ろうとするアリスと、その反対側で無理やりレックスのシュラフに身体を突っ込んでいるアミナスが転がっていた。

「ノア様……ノエルとレックスが不憫でなりません……」

 こうなる事が分かっていたので昨夜はくじ引きなどせずに子どもたちとミアを部屋で寝かせようとしたのだが、レックスが望んでテントで寝たいと言い出してこのざまである。

 どうやら深夜、アリスとアミナスはいつものように異常な程の寝相の悪さを発揮して二人してテントを潰し、寒くなって暖を求めてノエル達のテントに突撃したのだろう。そしてテントから二人を引きずり出したに違いない。

 くじ引きなどせずに無理やりでもノエルとレックスを部屋で寝かせれば良かったと後悔しつつ、まずはノエルを救出しに向かおうとしたその時、丁度エリスが起きてきた。

「……はよ、キリ。あー……やっぱな。で、中身はどこだ?」
「あちらとあちらです。俺はノエルの方を助けてきます。レックスの方は師匠、お願いします」
「はいよぉ~」

 キリに言われて庭の端っこで魘されているレックスの元に向かうと、とりあえずレックスのシュラフに無理やり身体の半分ぐらいを突っ込んでいるアミナスを引っこ抜く。

「んぁ?」
「んぁ、じゃねぇよ。起きろアミナス。レックスが魘されてるだろうが!」
「ふぇ?」
「駄目だこりゃ」

 何となく話は通じるものの、アミナスは目を開けない。その代わりにレックスがパチリと目を開けてじっとエリスを見上げてきた。

「ありがとう、師匠。何だか酷く魘されていた気がする」
「ああ、魘されてたよ。まだ早いから双子のとこで一緒に寝てこい」
「……うん。ノエルは?」
「ノエルはあっちだ」

 そう言ってエリスが指差した先では眠るアリスとキリの死闘が繰り広げられている。

「どうして寝てるのにこんなに力が強いんですかっ⁉」
「ん~~兄さま~~」
「これはノエルですっ! ノア様じゃありません!」
「く、くるし……」

 シュラフから出ることも出来ずにアリスの腕の中でウゴウゴするノエルをどうにか助けようとするが、アリスはどうやらノアとノエルを勘違いしているようで全く離そうとしない。

「こうなったらいっそ本人を召喚しましょうか……」

 多分、相当眠かったし苛立ったのだろう。キリは妖精手帳に『ノア』と書き付けてノアの所に移動した。

 ノアは昨夜遅くまで作業していたのか、秘密屋敷の自室で机に突っ伏したまま眠ってしまっている。そんなノアの腕を掴んで今度は『アリス』と妖精手帳に書いた。

「っくゅん! ふぁっ⁉」

 突然の冷気にノアが目を覚ますと、目の前にはとうとうウゴウゴするのを止めたノエルがアリスの腕の中でぐったりしているのが見えて慌てて飛び起きた。

「ノエル! ちょ、アリス! ノエル離して!」
「ん~もう食べられないよぉ~」

 寝ぼけながらノエルの頬を齧ろうとするアリスにノエルはどうやら覚悟を決めたらしく、スッと目を閉じて言った。

「父さま……僕、最後に父さまに会えて……」
「ダメダメダメ! そんな簡単に諦めないで! キリ! アリス引き剥がすからその間にノエル引き抜いて!」
「はい」

 ノアは力の限りアリスを引っ張って、腕の隙間が出来た瞬間を狙ってキリがノエルを引き抜いた。可哀想にノエルの頬は一体いつからアリスにしゃぶられていたのか、すっかりベタベタだ。

「僕のほっぺ、ちゃんとある?」
「あります。赤くはなっていますが、ちゃんとついてます」
「良かった……久しぶりに母さまと寝たなぁ……」

 そんな事を言いながらノエルはヨタヨタとレックス達の元に向かって歩いていく。

「おはよぉ、レックス、ししょー」
「おお、おはよう。ノエル。大丈夫か?」
「うん、何だか懐かしかった。あ、アミナスもほっぺ齧られたんだ」

 言いながらノエルはアミナスの頬をゴシゴシと拭いてやると、ようやくアミナスが目を覚ました。

「兄さまだぁ……おはよぉ。あれ? クロちゃんは?」

 昨夜は確かに一緒にテントに入ったはずの妖精王が居ない。キョロキョロするアミナスにレックスはすっとキリ達が寝ていた部屋を指差す。

「あそこに居る」
「おはよう、アミナス。クロはきっと夜中のうちに逃げたんだね。あ~あ~全身ドロドロだ。お風呂入ろっか」
「うん……何でこんな泥だらけなんだろう?」
「全く覚えていないなんて……逆に凄い」

 不思議そうなアミナスにレックスは唖然として言った。

「ね。レックスもお風呂入ろ。ごめんね、せっかく気持ちよく寝てたのに」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,614pt お気に入り:1,562

限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:1

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,867pt お気に入り:1,874

B型の、B型による、B型に困っている人の為の説明書

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:6

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,062pt お気に入り:4,073

【立場逆転短編集】幸せを手に入れたのは、私の方でした。 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,036pt お気に入り:825

追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:3,603

処理中です...