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第147話 魔王、ノア

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「ところでお前は結婚はしないのか?」
「どうして?」
「いや、そういう話は一切聞かないな、と思って」
「兄さんも聞かない。僕だけじゃない」
「そうだが……お前はどうなんだ?」
「僕はいい。面倒」

 はっきりと言い切ったセイを見てオルトは頷いた。昔の自分なら無理矢理にでも誰かあてがおうとしただろうが、アリスの影響か今はそんな風には思わない。

「そうか。まぁ兄さんとノアが結婚してるし、俺らはいいか。お前がまた嫁みたいな女を連れてきても困るしな」
「うん、いい。甥と姪を可愛がるのに忙しい」
「そうだな」

 素っ頓狂なアリスから生まれたとは思えないほど優秀なノエルと、アリスに生き写しのアミナスはどちらも大変可愛い。

 ちなみにこの二人はこんな事を言っているが、本当はあちこちの令嬢から見合い写真が毎日のように送られてきているのをラルフもノアも知っている。

 けれどオルトは丁寧に毎度突き返し、セイは見もせずにそこらへんにほったらかしだ。そしてその苦情がいつも山の様にラルフの元に押し寄せるのである。とんだ迷惑だ。

 そんな事を一切知らない二人は、ようやく見えてきた教会と言う名の収容所を見て顔を見合わせて表情を引き締めた。

 教会に入ると事前連絡を受けていた指導者が慌てた様子で出てきた。

「お久しぶりです、宰相様。今日は突然どうされましたか?」
「ああ。電話で話した通りだ。モルガナはどうしている? あれから何人か彼女を逃がそうと手引していた奴が居たと聞いたが?」
「はい。あれから何名かの者が彼女に買収されてここから逃がそうとしましたが、我々は事前に騎士団長から聞いていた事もあり、全て囚えております」
「そうか。良くやってくれた。それで本人はどうだ? 暴れたりはしていないか?」
「最初は酷く暴れましたが、今では大人しいものです。最近ではパンくずを小鳥にやったりして大分落ち着いたように思います」
「小鳥にパンくず? セイ」

 それを聞いてオルトが振り返ると、セイは厳しい顔をして今しがた西のはめ殺しの窓から飛び去った小鳥を見て言った。

「情報が漏れてる。兄さん、僕はあの鳥を追える所まで追う」

 言うなり駆け出したセイにオルトは慌てて声をかけた。

「気をつけろよ!」
「大丈夫、深追いはしない。行くぞ」

 そう言って馬車の馬を手早く解いて森に向かって突っ走って行くセイの後を数人の騎士団が慌てて追う。

 そんな騎士団の面々を見て指導者はゴクリと息を飲む。

「さ、宰相様! 私達は何も知らなくて――」
「それは城で聞く。すぐに用意させろ」
「い、今すぐですか⁉」
「今すぐだ。準備をする時間は十分あっただろう?」
「は、はい!」

 厳しいオルトの口調に指導者は震え上がる。

 最近モルガナはやけに機嫌が良かった。何かおかしいとは思っていたものの、まさか鳥を手なづけて外とやりとりをしているだなんて思いもよらなかった指導者だ。

 オルトに睨まれた指導者はすごすごと部屋を出てモルガナの身の回りの世話をしていた者たちに、すぐさまモルガナに準備をさせるよう言いつけると、もう一度オルトの元へ戻る。

「ただいま準備をさせています。もう少々お待ちくださいませ」
「ああ」

 指導者に座るよう勧められたが、何となく嫌な予感がしてオルトは外に残った騎士団と共に移動した。

「嫌な予感がする。裏門を見張っていてくれ。そして裏から出てきた全員をその場で拘束してすぐさまこれに『カイン』と書いて張り付けろ」

 そう言って騎士たちに渡したのは何も書かれていない妖精手帳の切れ端だ。
「全員ですか? 顔の確認はしますか?」
「いや、いい。全員をあちらに送れ」
「了解しました!」

 騎士たちはそれを受け取ってそれぞれ裏門を見張りに行く。それを確認したオルトはすぐさまカインに連絡をした。

『どうしたんですか? オルトさん』
「すまん、事情が変わった。これからすぐにそちらにモルガナ御一行を送る。書類の方が後になるとは思うが――」
『了解です。それじゃあ準備をして待っています』
「ああ、助かる」

 何も言わずとも事情を察したカインにオルトは感心しつつモルガナが出てくるのを待った。

 しばらくして顔を隠した年配の女とメイドらしき人物が姿を現す。その人物にオルトは近寄り静かな声で言う。

「モルガナか?」

 すると女はコクリと頷いた。そんなオルトの態度に腹を立てたのか、メイドがモルガナを庇うように立ってオルトを睨みつけてきた。

「何て無礼なのでしょう! モルガナ様はあの元王妃アメリア様のお母様でらいらっしゃるというのに!」
「元、だろう? 今は罪人だ」

「それはアメリア様だけですわ! モルガナ様は何も知らされてはいませんでした! 教会がアメリア様を取り上げ、あんな風に仕立てたのですわ……可哀相なモルガナ様! 我が子を取り上げられた挙げ句に利用されてこんな辺境で監禁されるなんて!」
「その割には何度も逃げ出そうとしたらしいが?」
「当然です! モルガナ様は無実なのですから!」

 キンキンするようなメイドの声にオルトは眉を潜めてため息をつこうとして止めた。ため息は幸せを逃がすと言う話をふと思い出したのだ。

「何でも良い。さっさと乗れ。しばしの旅路を楽しむんだな」
「ふん! 行きましょう、モルガナ様」

 そう言ってメイドはモルガナの手を引いて馬車に乗り込んだ。それを見たオルトはドアをしっかり外から閉めて妖精手帳を馬車に貼り付ける。

 その途端、馬車は跡形もなくその場から消えた。流石妖精王の手帳だ。素晴らしい。

「オルト様! 裏口から3名シスターの格好をした者たちが買い出しに行くと言って出てきたので全て拘束して送りました! ですがどうして裏口からも出てくると思われたのですか?」
「ありがとう。セイが言っていただろう? 情報が漏れている、と。あれは作戦が成功したという意味だ。モルガナは今までことごとく逃げ出すのに失敗している。これを好機と捉えるだろうと思ったんだ。だからわざわざ先触れを出した」
「そうでしたか。では我々の仕事は残った者たちの拘束、ですね」
「ああ。ここを一時閉鎖する。罪人は全て牢馬車に乗せて王都に運べ。それ以外の者たちも全員同行してもらう。残った騎士たちは教会の中を徹底的に調べ上げろ。何か出てくるかもしれん」
「はっ!」

 それぞれに駆け出していった騎士たちを見てオルトは今度は安堵の息をつく。これはため息ではないから幸せは逃げない! そう自分に言い聞かせて。
 
 
 
「お久しぶりだね、モルガナおばさん」
「あなた……ノア?」
「ええ。アメリアから僕の話は聞いてるかな?」

 昼過ぎにエリスの所から戻ってきたノアは目の前でロープで縛られたモルガナ御一行を見下ろしていつものようにニコッと笑った。そんなノアをモルガナが睨みつけてくる。

「聞いています。あの子に一体何をしたのです? 可哀想にあんなにしわくちゃになって……あの子はあれからおかしくなってしまったのですよ」
「僕は別に何もしてないよ。むしろ僕はアメリアをここから逃してあげただけ。感謝されたいぐらいだけどね」

 そう言って笑うノアをモルガナ達が睨みつけてくる。

 モルガナはオルトとセイの作戦通り、やはりあのタイミングを好機と捉えたようで、案の定こちらの隙をついて逃げ出そうと算段していたようだった。自分と背格好が似た偽物を表から出させて自分は他のシスターに混じって裏口から買い出しと称して外に出る。わかり易すぎてそれを聞いたノアが大笑いしたのは言うまでもない。所詮ぬくぬくと暮らしてきた元シスターだ。
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