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第222話 魔術の仕組み
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「その生贄ってのがあの火口に投げ込まれた人たちって事なのかな? てことはキャロラインの言う通りヴァニタスはネガティブな想いを糧にしてる?」
「そういう事でしょうね。そしてノアの言ったように何度も同じ人間にその気持を植え付けては最終的に生贄にすると言うのが正解かと」
「……悪魔かよ」
「悪魔だよ。あっちは僕たちが想像する以上に悪魔的だよ。何ならもっと酷いことも平気でしてると思うよ。でもモルガナはさほど何も聞いてないっぽいね。あれは本気で捨て駒だったんだと思う」
「どうしてです?」
「まずモルガナが収容されてた場所なんだけど、あそこはメイリングとレヴィウスの国境の近くなんだよ。つまり助け出そうと思えばいくらでも助けだせたんだ。なのにあの戦争から今までモルガナはあの教会に居た。それは助ける気なんてサラサラなかったって事だよ。お金だけ送ってたのは間違いなくモルガナの為じゃない。あの教会からモルガナを出さない為だったんじゃないのかなって」
「出さない為、ですか?」
「そう。モルガナをあえてあそこに閉じ込めておくことで何かをしようとしていたんじゃないかなって思ったんだよ。ていうのもね、アランとこの間魔術について話したんだけどさ、ちょっと面白い話を聞いたんだ」
「面白い話? なんだよ、それ」
「うん。魔術って刷り込みなんだって」
「は?」
意味が分からなくてカインが思わず首を傾げると、ノアは肩を揺らしておかしそうに笑った。
「僕はどちらかと言うと魔術とかそういうのは全く信用してないんだけど、洗脳に近いって聞いた時点でなるほどって思ったんだよ」
「つまりこういう事ですか? 魔術と言うのはあえてそういう噂を流して少しずつ誰かを洗脳していく、と?」
「そう。あのお菓子屋さんの名前だってそう。『マリカのギフト』あれだって直訳すれば『女王の毒』って意味だった。皆はもちろん知らずにそれを買ってた訳だけど、例えばあの時、カールとかアンソニー王とかがさ、どこかでマリカって言うのは女王って意味がある、とかギフトは毒の事だって噂を流したとしよう。そうしたらどうなっていたと思う?」
「どうって……そりゃ暴動が起こるんじゃねぇの?」
「普通はね。でも既に大勢の人があそこのお菓子を食べて薬漬けになってるんだよ。そこにそんな事を言われたら、食べてた人はそれを信じない。でも食べてない人はどこかでやっぱりなって思う。こうやって国民を分断させて互いにいがみ合うように持っていく。これが魔術の正体なんだって」
「……なるほど。確かに人は自分で冒した過ちに気づいてもそれをなかなか認める事は出来ない。それを逆手に取るということですか」
「そういう事」
「でもそんな分断でどうにかなるもんか?」
「なるよ。分断って言うのは怖いよ。本来なら100で戦えた戦力が半分とかになるんだから。しかも残りは向こうにつくんだよ? 圧倒的に数で負けるよ」
「……それが、魔術か」
「そう。魔術でも何でもないただの心理戦なんだけど、そうやって色んな所に自分達の正体を散りばめて人々にわざと恐怖を植え付けたり自分たちの存在を誇張したりする。そうして刷り込まれていくうちに、いつか本当にその存在が姿を現した時、人は心酔するか発狂するかのどっちかだよ。どのみちこちら側にはなってくれない」
ノアは言いながらお茶を一口飲んでようやく一息ついた。今思えばユアンが処刑された事実でさえ、あちらの作戦だったのかしれないのだ。
「はぁ、何だその回りくどい作戦は」
「回りくどいけど長い時間をかけていたのなら理解出来るよ。最終目的の為にどれほどの手間も惜しまないで狡猾だからこそ悪魔なんだから」
「そう考えると、アリスやディノの存在はあちらにとってはいい対抗馬ということですね」
「そうだね。僕は今回のこの長い魔術の中にずっと歯止めみたいに食い込んでたディノやレックスの存在と、急に世界を進展させたアリスの存在こそがこの世界を救うんじゃないかって思ってる。実際、あの戦争で目覚めた人はかなり多そうだしね」
それまでは神と言えば妖精王で、その力の真逆に存在するのが悪魔だと言われてきた。
けれどそこに突然降って湧いたように現れた、人間なのにべらぼうに強いアリスという少女。この存在こそがあちらにとっては大誤算だったのではないだろうか。
「アリスちゃんなぁ。確かに目に見えない悪魔よりは実際に生きて動いてる所見ちゃったもんな」
「そうなんだ。悪魔にも勝てるかもしれない存在っていうのを知ってしまった。勝てるかもしれない、から勝てる、に変わった時点で魔術は解けてしまったも同然なんだよ」
「……正に思念が世界を動かしている、ですね」
「そういう事。今回の事もそう。向こうはお得意の心理戦みたいなのを持ちかけてくると思うんだよ。でも信念を貫くって事が何よりも重要なんじゃないかなって僕は思うよ」
「そんな事言いながら先程はキレてましたけどね。いつも冷静なあなたらしくもない」
机を叩き割ったノアを思い出してシャルが言うと、ノアは肩を竦めて笑ってみせる。
「まぁ僕も人間だから。でももう大丈夫。ユアンの事も多分計画のうちだったんだと思うよ。ただ分からないのは、それをどうやったかって事なんだよ。ユアンの処刑はアーロがその目で見てたはずなんだ。でもモルガナはユアンは生きてるっぽい事を言ってた。これはどういう事だと思う?」
「そこなんだよな。俺もモルガナの口からユアンの名前が出た時思ったんだ。アーロは確かにユアンの処刑を見たんだよな? カールと違って公開だったんだろ?」
「らしいよ。暴言吐いてアーロの目の前で首を落とされたみたいだけど」
腕を組んで考え込んだノアを見てカインもシャルも首を捻っている。一体どんな魔法を使ったのだ?
三人は顔を見合わせて無言でお菓子を食べ、その足でアーロの元へ向かった。
「遅いわね」
キャロラインがチラリと窓の外を見て言うと、仲間たちも頷いた。
「まぁノア様とカイン様とシャルなので滅多なことにはなっていないと思います。あ、ルイス様、俺にもおかわりください」
「ああ、ちょっと待っていろ。キリだけか? 他におかわりは?」
言いながらポットを持ったルイスが周りを見渡すと、何故か皆、なんとも言えない顔をしている。
「いや、キリは厚かましすぎだし、王子はちょっと使われる事になれすぎじゃないの? 王様だよね?」
「っす」
あまりにも素直にお茶のおかわりを淹れに行こうとするルイスにリアンとオリバーが言うと、キリとアリス以外が揃って頷いた。
「はっ! そう言えばそうだな!? 何故俺がおかわりを淹れに行くんだ!?」
言われて初めて何かおかしいと気づいたルイスを見てキリはいつもの調子で言った。
「それは簡単な事です。本当は俺が行きたいですが、ここは王城なのでおいそれと俺は動き回れません。かと言ってミアさんに美味しいお茶を淹れろというのは難しいですし、肝心のトーマスさんは今はエイダン様達のお守りでチャップマン商会に泊まり込んでいて居ません。ルーイさんはもちろん美味しいお茶など淹れられないだろうし、ユーゴに頼むのも危険です。ということは、必然的にあなたしか居ないのです」
「……確かに。分かった。ちょっと行ってくる。ついでに菓子も追加してこよう」
「わぁい! お菓子追加きたぁ~! ルイス様、私あれがいいです! あのクリームが一杯乗ったラズベリーのムース!」
「分かった。あったら持ってくる」
そう言ってルイスは自ら配膳用のワゴンを押して出て行ってしまった。そんなルイスを見てキリは、ふぅ、と息をつく。
「そういう事でしょうね。そしてノアの言ったように何度も同じ人間にその気持を植え付けては最終的に生贄にすると言うのが正解かと」
「……悪魔かよ」
「悪魔だよ。あっちは僕たちが想像する以上に悪魔的だよ。何ならもっと酷いことも平気でしてると思うよ。でもモルガナはさほど何も聞いてないっぽいね。あれは本気で捨て駒だったんだと思う」
「どうしてです?」
「まずモルガナが収容されてた場所なんだけど、あそこはメイリングとレヴィウスの国境の近くなんだよ。つまり助け出そうと思えばいくらでも助けだせたんだ。なのにあの戦争から今までモルガナはあの教会に居た。それは助ける気なんてサラサラなかったって事だよ。お金だけ送ってたのは間違いなくモルガナの為じゃない。あの教会からモルガナを出さない為だったんじゃないのかなって」
「出さない為、ですか?」
「そう。モルガナをあえてあそこに閉じ込めておくことで何かをしようとしていたんじゃないかなって思ったんだよ。ていうのもね、アランとこの間魔術について話したんだけどさ、ちょっと面白い話を聞いたんだ」
「面白い話? なんだよ、それ」
「うん。魔術って刷り込みなんだって」
「は?」
意味が分からなくてカインが思わず首を傾げると、ノアは肩を揺らしておかしそうに笑った。
「僕はどちらかと言うと魔術とかそういうのは全く信用してないんだけど、洗脳に近いって聞いた時点でなるほどって思ったんだよ」
「つまりこういう事ですか? 魔術と言うのはあえてそういう噂を流して少しずつ誰かを洗脳していく、と?」
「そう。あのお菓子屋さんの名前だってそう。『マリカのギフト』あれだって直訳すれば『女王の毒』って意味だった。皆はもちろん知らずにそれを買ってた訳だけど、例えばあの時、カールとかアンソニー王とかがさ、どこかでマリカって言うのは女王って意味がある、とかギフトは毒の事だって噂を流したとしよう。そうしたらどうなっていたと思う?」
「どうって……そりゃ暴動が起こるんじゃねぇの?」
「普通はね。でも既に大勢の人があそこのお菓子を食べて薬漬けになってるんだよ。そこにそんな事を言われたら、食べてた人はそれを信じない。でも食べてない人はどこかでやっぱりなって思う。こうやって国民を分断させて互いにいがみ合うように持っていく。これが魔術の正体なんだって」
「……なるほど。確かに人は自分で冒した過ちに気づいてもそれをなかなか認める事は出来ない。それを逆手に取るということですか」
「そういう事」
「でもそんな分断でどうにかなるもんか?」
「なるよ。分断って言うのは怖いよ。本来なら100で戦えた戦力が半分とかになるんだから。しかも残りは向こうにつくんだよ? 圧倒的に数で負けるよ」
「……それが、魔術か」
「そう。魔術でも何でもないただの心理戦なんだけど、そうやって色んな所に自分達の正体を散りばめて人々にわざと恐怖を植え付けたり自分たちの存在を誇張したりする。そうして刷り込まれていくうちに、いつか本当にその存在が姿を現した時、人は心酔するか発狂するかのどっちかだよ。どのみちこちら側にはなってくれない」
ノアは言いながらお茶を一口飲んでようやく一息ついた。今思えばユアンが処刑された事実でさえ、あちらの作戦だったのかしれないのだ。
「はぁ、何だその回りくどい作戦は」
「回りくどいけど長い時間をかけていたのなら理解出来るよ。最終目的の為にどれほどの手間も惜しまないで狡猾だからこそ悪魔なんだから」
「そう考えると、アリスやディノの存在はあちらにとってはいい対抗馬ということですね」
「そうだね。僕は今回のこの長い魔術の中にずっと歯止めみたいに食い込んでたディノやレックスの存在と、急に世界を進展させたアリスの存在こそがこの世界を救うんじゃないかって思ってる。実際、あの戦争で目覚めた人はかなり多そうだしね」
それまでは神と言えば妖精王で、その力の真逆に存在するのが悪魔だと言われてきた。
けれどそこに突然降って湧いたように現れた、人間なのにべらぼうに強いアリスという少女。この存在こそがあちらにとっては大誤算だったのではないだろうか。
「アリスちゃんなぁ。確かに目に見えない悪魔よりは実際に生きて動いてる所見ちゃったもんな」
「そうなんだ。悪魔にも勝てるかもしれない存在っていうのを知ってしまった。勝てるかもしれない、から勝てる、に変わった時点で魔術は解けてしまったも同然なんだよ」
「……正に思念が世界を動かしている、ですね」
「そういう事。今回の事もそう。向こうはお得意の心理戦みたいなのを持ちかけてくると思うんだよ。でも信念を貫くって事が何よりも重要なんじゃないかなって僕は思うよ」
「そんな事言いながら先程はキレてましたけどね。いつも冷静なあなたらしくもない」
机を叩き割ったノアを思い出してシャルが言うと、ノアは肩を竦めて笑ってみせる。
「まぁ僕も人間だから。でももう大丈夫。ユアンの事も多分計画のうちだったんだと思うよ。ただ分からないのは、それをどうやったかって事なんだよ。ユアンの処刑はアーロがその目で見てたはずなんだ。でもモルガナはユアンは生きてるっぽい事を言ってた。これはどういう事だと思う?」
「そこなんだよな。俺もモルガナの口からユアンの名前が出た時思ったんだ。アーロは確かにユアンの処刑を見たんだよな? カールと違って公開だったんだろ?」
「らしいよ。暴言吐いてアーロの目の前で首を落とされたみたいだけど」
腕を組んで考え込んだノアを見てカインもシャルも首を捻っている。一体どんな魔法を使ったのだ?
三人は顔を見合わせて無言でお菓子を食べ、その足でアーロの元へ向かった。
「遅いわね」
キャロラインがチラリと窓の外を見て言うと、仲間たちも頷いた。
「まぁノア様とカイン様とシャルなので滅多なことにはなっていないと思います。あ、ルイス様、俺にもおかわりください」
「ああ、ちょっと待っていろ。キリだけか? 他におかわりは?」
言いながらポットを持ったルイスが周りを見渡すと、何故か皆、なんとも言えない顔をしている。
「いや、キリは厚かましすぎだし、王子はちょっと使われる事になれすぎじゃないの? 王様だよね?」
「っす」
あまりにも素直にお茶のおかわりを淹れに行こうとするルイスにリアンとオリバーが言うと、キリとアリス以外が揃って頷いた。
「はっ! そう言えばそうだな!? 何故俺がおかわりを淹れに行くんだ!?」
言われて初めて何かおかしいと気づいたルイスを見てキリはいつもの調子で言った。
「それは簡単な事です。本当は俺が行きたいですが、ここは王城なのでおいそれと俺は動き回れません。かと言ってミアさんに美味しいお茶を淹れろというのは難しいですし、肝心のトーマスさんは今はエイダン様達のお守りでチャップマン商会に泊まり込んでいて居ません。ルーイさんはもちろん美味しいお茶など淹れられないだろうし、ユーゴに頼むのも危険です。ということは、必然的にあなたしか居ないのです」
「……確かに。分かった。ちょっと行ってくる。ついでに菓子も追加してこよう」
「わぁい! お菓子追加きたぁ~! ルイス様、私あれがいいです! あのクリームが一杯乗ったラズベリーのムース!」
「分かった。あったら持ってくる」
そう言ってルイスは自ら配膳用のワゴンを押して出て行ってしまった。そんなルイスを見てキリは、ふぅ、と息をつく。
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