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第238話 お花畑は揃って強運

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 何となくおっちょこちょいな感じのユナにルイスは苦笑いを浮かべて頷く。そんな二人をカインは少しだけ離れて見ていた。

「ノア、あの男……」
「うん、僕も多分同じ事考えてる。カイン、そのユナって男の事もうちょっと聞きだせる?」

 ノアはシャルの言葉に頷いてカインに指示を出すと、カインは机を人差し指でこつんと打った。

 これはあらかじめ決めておいた合図だ。イエスはペンを回す。ノーなら手を組む。少し待ては机を叩く。こちらでそんな会話がされている事も知らず、ルイスはユナに興味津々のようでさっきから遠慮なく質問攻めにしている。

『なるほどな! では君は大抜擢されたんだな! その若さで宰相の地位に就くなど異例だろう?』
『そうですね。私は運が良かった。元々は落ちぶれた貴族の出身だったので』

 ルイスの質問に優男はにこやかに答えていく。

 その時だ。カインの膝の上に隣のシャルルから何か紙切れが投げつけられたようで、カインはペンを落とした振りをしてメモを開いて息を飲んだ。そこにはシャルルの走り書きでこんな事が書かれていたのだ。

【YUNA=YUAN】と。

「兄さま……ユアンって……」

 ユアンと言う名前に聞き覚えがあるアリスが不安気にノアの袖を引っ張ると、ノアはアリスの頭を優しく撫でてニコッと笑った。

「大丈夫、あの処刑されたユアンとは別人だよ」
「そうなの? 本当に?」
「うん。顔が全然違うからね。もしこの世界に整形技術があるんなら話は別だけど」

 そう言ってノアは小さくウィンクしてみせると、アリスもホッとしたように胸を撫でおろした。

 アリスはユアンという人物が何をして処刑されたのかはざっくりとしか知らないけれど、確か何人かを殺害した人物だと言っていた気がする。

「なんだ、同姓同名か~! びっくりした~」

 もしも殺人犯が処刑を何らかの形で免れて今も街を闊歩しているのだとしたら、それこそ大問題である。

 アリスは大きく息を吐いてソファにもたれると、おもむろに机の上にあったキャシーのバターサンドに手を伸ばす。

「お嬢様、それで最後ですよ」
「えっ!?」
「え!? ではありません。あなた、さっきから一人で食べてるじゃないですか」
「……めざといなぁ……」
「こうなったのは誰のせいだと思ってるんですか!」

 控えめにアリスにげんこつを落としたキリは、アリスの前からキャシーのバターサンドを取り上げてそのまま自分の後ろに隠す。

「な、何もそこまでしなくても……」
「いいえ。あなたにはこれでも足りないぐらいですよ」
「まぁまぁ二人とも。とりあえずアリスは何か食べておいで。お腹減ってるんでしょ?」
「うん! ちょっと食べて来る! あとで教えてね!」
「はいはい」

 起き抜けでここにやってきたアリスは朝食も食べずに我慢して座っていたらしい。
 珍しく空腹を堪えていたアリスにノアは苦笑いを浮かべつつ画面の中のユナを凝視する。もっと名前だけではない、何か決定的な証拠はないものか。

 とは言え顔はリリーに見せたアーロ作の似顔絵とは似ても似つかない。若いのはあの夏の庭に入ったのだろうと推察されるが、顔の違いだけはどんなに考えても分からない。

「兄弟……親子……親戚……?」

 誰にも聞こえないように俯いて呟くノアをリアンが怪訝な顔をして覗き込んでくる。

「ちょっと何ブツブツ言ってんの? 怖いんだけど」
「ああ、ごめん。あれがユアンだって証拠が何か無いかと思って」
「証拠? あれは? 金のピアス」
「リアン君は天才では!? カイン、ちょっとその男の耳元のピアス確認してみてください!」

 それを聞いてアランが意気込んで言うと、カインがまた手元の資料にメモをし始めた。

【無茶言うな!】
「やっぱり無理ですか……」

 諦めかけたその時、それまでユナと談笑していたルイスがふと何かに気付いたかのようにユナに言った。

『ん? ユナ、首元が汚れているぞ? 一体どこを通ってきたんだ?』
『ええ!? し、失礼しました!』

 ルイスの言葉を受けてユナはハンカチで首元を拭いだしたのだ。その時に髪をかき上げ耳元が露わになった。その耳にはキラリと金色のピンが光っている。

「ルイス! 流石です!」

 それを見てアランは思わず手を叩く。

「これは王子のファインプレーだね! な~んにも知らされてないからめちゃくちゃナチュラルだったよ!」
「リー君、それは言ったら可哀想なやつっすよ」
「俺はいつも思うのですが、どうしてお嬢様にしてもルイス様にしても、お花畑達はこんなにも強運なのでしょう?」
「キリ、それも考えちゃ駄目な奴っす」

 だが本当にそうだ。アリスとルイスにはいつだって運が味方している。逆に言えばこれほど運が良かったからこそ、ここまでお花畑になれたのかもしれない。

 オリバーは苦笑いを浮かべつつ、画面の中のユアンを凝視する。確かに金のピアスをしているし、言われてみればどことなくアリスと似ているような気もする。

「これが……本当の父親っすか……」

 誰にも聞こえないだろうと思って呟いたオリバーを、隣に居たリアンが肘で小突いて来る。

「あいつの父親はアーサーさんしか居ないよ」

 声を潜めてそんな事言うリアンにオリバーはコクリと頷いた。リアンのいう通りだ。アリスの父親はアーサーだ。

 そんな二人のやりとりが聞こえたのか、向かいでノアがニコッと笑う。

「ありがとね、リー君。オリバーは後でゲンコツね」
「や、悪かったっす! あんた達のゲンコツは頭蓋骨が粉砕する可能性があるんで勘弁してほしいっす!」
「そう? ただやっぱりこれだけじゃこの男が本当にユアンかどうかは分からないよね」
「何故です?」
「そもそも顔が違う。それから金のピアスをユアンだけがしていたのかどうかはハッキリしてない。モルガナの口から出た男の名前はアンソニー、カール、ユアンの三人だよね。で、アンソニーの顔ははっきりしてる。ルイスとカインも言ってたけど、モノクルをつけた神経質そうな男。見たまんまあれだよね?」

 アランの質問にノアは画面の中の一人の男を指さす。

「……ですね」
「で、後はカールとユアンだよ。カールの顔は誰も知らない。そしてあそこに居る男は見た事もない男なんだよね。もしもカールも金のピアスをしていたと考えたら、あれはもしかしたらカールかもしれない」
「では名前は?」
「こんな時に誰も律儀に本名なんて名乗らないと思う。それこそ偽名でも何の問題もないし、顔を変えるより簡単な事だと思うけどね」
「でもさ、地下で残りのピン4本が見つかったって言ってたよね? 所在が分からない金のピンはあと3本。だったらやっぱあれがユアンなんじゃないの?」

 ノアの言葉にリアンが不思議そうに言うと、ノアはニコッと笑う。

「金のピンのピアスなんていくらでも偽造できるよ、リー君。あちらがこちらを撹乱させようとしてそれぞれ入れ替わってる可能性もある。だからあれがユアンかどうかは分からない。ただ、たまたま金のあの形状のピアスを偶然しているとは思えないから、あの男も間違いなくあちら側だって事だね」
「……何故あえてこれ見よがしにヒントを出して来るんでしょう? それこそ黙っていた方がいいような気がしますが」

 ポツリとキリが言うと、それを聞いてアランが真顔で首を振った。

「前にも言いましたが、あれこそ魔術なんです。匂わせて周知する。そうかもしれないと思わせる。それが魔術には必要なんです」
「面倒な事をしますね。やり方がまんま丑の刻参りですよ」

 呆れたようなシャルにノアも苦笑いを浮かべて頷いたが、仲間たちは何のことだか分からないとでも言う様に首を傾げる。
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