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第239話 敵を騙すなら、まず味方から

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「転生前の国にあったんだよ、そういうのが。まぁそれは魔術ではなくて特定の人に対しての呪いなんだけどさ。わざと見つかるか見つからないかって場所に深夜、呪いをかけに行く。それが口伝とかで本人に伝わって病むっていうシステムなんだけど、まぁでもそれは眉唾だよね。だって相手がアリスや僕みたいな精神の持ち主なら何の影響もないんだから」
「げー、こわ。何それ気味悪い! どっちかって言うとそれはやってる方が既に病んでるんじゃないの?」
「そうかも。それでもなかなか無くならないから信じられてるんだろうね、一部で。そんな事しなくたって人一人足がつかないように消すなんて簡単なのになぁ」
「……」

 ニコニコしながらそんな事を言うノアを仲間たちは白い目をして見て大きなため息を落とす。

「何にしてもそう考えると、あのアンソニー王と名乗る男でさえ本物かどうか分かりませんね。もう少し調べた方がいいかもしれません。アラン、この男の画像を写真として残す事は出来ますか?」

 シャルはそう言って画面に映る退屈そうな男を指さす。一応アンソニー王として座っているモノクルの男は、先程から視線だけをキョロキョロと彷徨わせてじっとラルフ達を観察している。それに比べてユナは随分と余裕そうに微笑んでいた。

『それではそろそろ始めよう。メイリングの考えは前回から変わらないのか?』

 ラルフが言うと、アンソニー王は不敵な笑みを浮かべて大きく頷いた。

『ええ。変わりません。いずれこの星はドラゴンの怒りに触れて消し飛ぶでしょう。けれど、我々には偉大な裏妖精王の加護がある。それが無い者は淘汰される運命にあるのです』

 何かを心酔するかのように言うアンソニー王にラルフは唇を悔しそうに噛みしめて、手元の資料を閉じた。

『そうか。では和平条約は無しだ。今日、この時間を持ってメイリングに宣戦布告を申し渡す』

 冷たいラルフの言葉にアンソニー王は動揺する事なく静かに頷いてユナに目配せをすると、ユナは頷いて立ち上がり先程までとは打って変わって冷たい視線を投げかけて言った。

『承知しました。それでは我々はこれで失礼します。ああ、そうだ。我々の元から連れ出した同胞は近々返してもらいますよ』
『出来るものならな』

 彼の言う同胞と言うのはおそらくモルガナだろう。ラルフはノアから聞いている、ルーデリアの地下牢の話を思いだして薄く笑った。



「ノア! どういう事だ!? アルファとメリーアンを牢にぶち込んだだと!?」

 翌日、レヴィウスでの会議が終わり、ルーデリアに戻ってきたルイスとキャロラインは荷ほどきをトーマスとチームキャロラインに任せてそのまま秘密基地に向かった。

「あ、おかえり二人とも。もう連絡行ったんだ?」
「行ったんだ、じゃないだろう⁉ 一体何故二人を牢に入れたんだ!」

 憤慨するルイスの横を、すっかり余所行きの恰好に着替え終えたノアが通り過ぎていく。

「二人とも早く準備して。今すぐシュタに向かうよ」
「シュタ? ノア、一体どういう事なの?」

 訝し気に首を傾げたキャロラインの腕にいつものようにアリスがまとわりついて来て耳元に唇を寄せてくる。

「あのね、あの二人偽物かもなんですよ! だからアーバン君を保護しに行くんです!」

 昨夜、ノアはアリスに寝室でアルファとメリーアンについて疑わしい箇所を話してくれた。それを意気揚々とキャロラインに伝えると、キャロラインは案の定驚いた顔をしている。

「に、偽物!? あの二人が?」

 驚いて目を丸くしたキャロラインにノアはコクリと頷いて視線だけでついてこい、と指示してくる。

 それに大人しくキャロラインとルイスが従うのを見て、後ろでリアンとオリバーがポツリと言った。

「ねぇ、うちの王様ルイス様だよね? 王妃様はキャロライン様だったよね?」
「っすね」
「なんかさ、変態がルーデリアの本当の王様みたいになってんだけど、気のせい?」
「……気のせいっす。そう思いたいっす」

 とは言うものの、それはあながち間違いではない気がする。ルイスとキャロラインは表向きの王様と王妃様で、何だかんだ言いつつ裏ではノアやカインやシャルがこそこそと暗躍している気がしているような気がしてならないオリバーである。

 結界が張られた部屋に移動した仲間たちに向かって、ノアとシャルがゆっくり話し出した。

「まず皆がアーバンの両親だと思ってる二人、あの二人は本物じゃないよ」
「どうしてそう思うの?」
「ただの解読要員にしては向こうの動きに詳しすぎるから。だから僕は一度もレックスと地下の話はしなかったでしょ?」
「……確かに。お前、最後の少年の話をレックスとは言わずに噂だって言ってたもんな。なるほどな、それでか」

 何かに納得したように頷いたカインにノアもシャルも頷いてみせる。

「この計画はもう何百年も前から始まってるって言ったよね? あっちはそれこそ膨大な量の計画を立てて動いて来たんだよ。そういう意味では僕達のずっと前を走ってると思ってた方がいい」
「てか、あの二人が偽物って他には何か確証あんの?」
「あるよ。アーバンはそれこそ『アリス・バセットの受難』を丸暗記する程覚えてた。アルファはそれを知ってたかどうかは分からないけど、少なくともメリーアンはそれを知ってるはずなんだ。でも彼女は僕達の名台詞は知らないみたいだった。変だと思わない? あれほど『アリス・バセットの受難』について詳しそうで英雄たちのファンだって言っておきながら名台詞を知らないなんてさ」
「いや、それはお前、ただお前が推しではなくて興味が無かったからってだけなんじゃ……」

 ルイスがポツリと漏らすと、ノアは神妙な顔をして頷いた。

「もちろんそれはあるね。でも彼女の推しはアリスだよ? それも知らなかった? おまけに『アリス・バセットの受難』にはそれぞれ帯がついてる。その帯にはね、各英雄の名台詞と言われるものが印刷されてるんだよ。だから絶対にそれを名台詞だってアーバンは認識してるはずなんだ。そんなアーバンの母親が、名台詞を知らない訳がないんだよ」

 とはいえ、これだけではただ本当に知らなかっただけだとも言える。

「それからもう一つ。今のはまぁいくらでも言い逃れが出来るんだけどね、こっちは言い逃れのしようがない。アルファは漢文と古文が読めなかった。つまり、彼らは僕たちに嘘をついたって事だよ」
「え? でもあの日記を見た時……」

 キャロラインが言うと、ノアとシャルは互いの顔を見合わせて薄い笑みを浮かべた。

「ごめん、皆の事も騙したみたいになったけど、あの漢文と古文、本当に訳したのはこっちだよ」

 そう言ってノアは内ポケットから真新しい手帳を取り出した。それを受け取ったルイスは青ざめてノアに掴みかかる。

「お前! これはどういう事だ! 全然違うじゃないか!」
「そう、全然違う。でも彼は僕が即席で書いた禁断の成人向け小説を読んで話を合わせてきた。それはつまり、彼は漢文も古文も読めなかったって事」
「でも別に初代メイリング王の子孫が漢文と古文読めるって決まってた訳じゃないよな? 読めなくてもおかしくなくね?」
「だとしたら最初の時点で否定するよね? 僕たちも読めませんって。でもそれは告げずに嘘をついた。それは本当の事を知られると困るからなんじゃない?」
「本当の事?」
「それが何かは僕も分からないけど、次男の子孫は漢文や古文が読めるから捕まった訳じゃない。もしもあの二人が本物なら別に僕たちに嘘つく理由もないけど、彼らはあえて嘘をついた。その時点であの二人は偽物だって事だよね?」
 そこまで言ってノアはお茶を飲む。そんなノアをキリがじっと見つめてくる。
「……一体いつの間にそんな罠を張っていたのですか、ノア様」
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