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第237話 顔だけいっちょ前の木偶の王
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「そんな事しようとする奴らをぶっとばせばいいんだよ! 母さまみたいにボカーンって! 目を覚ませー! って」
「……うん、まぁそうなんだけど。母さまのはやりすぎっていうかなんて言うか……」
今までにも何人かアリスに悪事がバレてお仕置きをされた人達が居たが、その人達はこぞってぼろ雑巾のようになってアリスにひれ伏していた。そして最後に何故かいつもアリスは一緒になって泣くのだ。そんなアリスを見ていつもノアとキリは言う。
『う~ん、どうしてアリスはあんな熱血教師みたいなんだろうねぇ』
『というよりも、何故お嬢様はいつもあんな芝居がかっているのでしょう?』
と。
牢に入れる前にまずは事情を聞く。それがアリスのやり方だ。悪い事をした人にも何か事情があったのかもしれない。そう思うらしい。
「母さまは優しいもん! 父さまのが怖いよ!」
「それはまぁそうだね。父さまは怖いね」
実際ノアに何か叱られた事など無いノエルでも、アミナスが叱られているのを見ていつもそう思う。笑顔を浮かべて真綿でじわじわと絞め殺してくるようなやり方はボカッとげんこつを落とすアリスとは正反対だ。
どちらも根には持たないが、何となくノアはいつまでもそういう事を覚えていそうだから厄介である。勝手にいつかそれを引き合いに出されるのではないか、と怯えてしまう。
「まぁ、奥様は肉体的に、旦那様は精神的に攻撃するのが得意ですから。うちの父さんなど可愛いものです」
「全くです。奥様や旦那様に比べるとうちの父さんと母さんはまるで天使です。特に母さん」
「カイの言う通りです。母さんほど人格的に素晴らしい人は居ません」
「こいつらは本当に大丈夫なのか? お前たちとはまた違う危なさを感じるのだが」
どれほどミアを崇拝しているのか、珍しくうっとりと目を細めた双子を見て妖精王の怒りも治まった。
「とりあえずこの事を父さま達に報告して今日はもう休もう。お腹ペコペコだよ」
ノエルが楽しそうに両親について語るレオとカイを見て笑いを噛み殺しながら言うと、皆で炊事場に移動した。
朝、アリスは相変わらずモシャモシャになった髪を適当に手で整えてホールに移動すると、そこには既にアリス以外全員がきっちり準備して談笑していた。
「おはよ~みんな~」
「おはよ。てか、もうおそよう、だよ」
爆発したアリスの頭を眺めながらリアンが言うと、アリスはすかさずテヘペロをしてノアの隣に腰かけた。
「アリス、洗面台にブラシあったでしょ?」
「あった。でも絡まってどうしようも出来なかったんだもん。だから持ってきた!」
そう言ってアリスは持っていたブラシをそっとノアに渡すと、ノアは困ったように笑ってアリスの髪を梳き始める。
「あんた達はいつでも平和だよね。これが魔王と化け物だなんてぱっと見誰も思わないよ」
お茶をすすりながらそんな事を言うリアンにオリバーもシャルまでもが頷く。
「失礼だな、三人とも。で、会議は何時からって言ってたっけ?」
「確か11時からです。もうあと半時間ほどですね」
アランがノアの質問に答えながら机の上に『おっきい画面にうつせ~る君』をセットしだした。この時の為にスマホだけではなく、受信装置になる宝珠を埋め込む場所も作ったアランだ。
そこに宝珠をはめ込んだ途端、カインの声が聞こえてきた。
『おいルイス、お前なんでそんなおめかししてんの?』
『何故って、宝珠に映るんだろう?』
『いやそうだけどさ。別にお前を映す訳じゃないから。はい、やり直し。一昨日と同じ恰好してこい』
『な、何故だ! こら、押すな!』
『はぁ……やっぱルイスに言うんじゃなかったな。おい、聞こえるか?』
「聞こえるよ。朝からお疲れ」
突然のカインの問いかけにノアが答えると、カインが居る部屋の中が画面一杯に映った。
『ちゃんと映ってる?』
「映ってる。もうちょっと上向いてくれたら嬉しいかな」
『こんぐらい?』
「いいね、よく見えるよ」
カインのピアスに宝珠が埋め込まれているので、カインが俯いてしまうと地面しか見えない。それは困る。細かい指示を出しつつルイスがやってくるのを待っていると、ようやくルイスとキャロラインが部屋にやってきた。
それを見てアリスとミアのテンションが一気に上がる。
「ふぉぉぉ! おめかしキャロライン様だ! あ~写真撮りたい!」
「あぁ! お嬢様が美しすぎる! 今すぐ馳せ参じたいっ!」
だが残念ながらアリス達の声はキャロラインには届かない。キャロラインもルイスも既に配信が始まっているとは思ってもいないようで、こちらに気づきもしない。
三人は真剣な顔をして互いの手帳を照らし合わせて作戦会議中だ。そこへシャルルとシエラがやってきて、その輪の中に入る。
「いや~やっぱ王族が仲間に居ると便利だね。ルイス以外は」
「ちょっと変態、王子はルーデリアでは今や一番偉いんだからね? 僕もついうっかり忘れるけど、それ言っちゃったら可哀相でしょ?」
「だって、ルイスはもうお花畑すぎて作戦には入れられないレベルだから仕方ないよね?」
「木偶の坊は木偶の坊らしく黙って威厳たっぷりに座っているだけでそれらしく見えます」
「あんた達、王さまを何だと思ってんすか……」
「え? 顔だけいっちょ前の木偶の王?」
何気なく言ったリアンの言葉にとうとうカインが咽た。こちらの声はカインにだけはしっかりと聞こえているのだ。
『おいお前ら止めろよ! 噴いたらどうするんだよ!』
「ごめんごめん、もう黙ってる」
輪から外れて飲み物を取る振りをしてカインが言うと、ノアは苦笑いを浮かべて謝った。
しばらくすると、レヴィウスの騎士が呼びに来たのか皆がゾロゾロと移動しだした。
「さて、始まるよ、皆」
ノアが言うと、全員がゴクリと息を飲む。
メイリングの王、アンソニーを見るのはこれが初めてだ。言い知れぬ緊張感が辺りに漂う中、先頭を歩いていた騎士が広間の扉を開けた。
中央にはラルフとオルトが手元の資料に視線を落としながら時折何かを話している。
その向かい側にアンソニー王と思われるモノクルをかけた神経質そうな男が座り、さらにその隣には金髪のやけに見目の良い優男が座っている。
年齢はまだ随分と若そうだが、王子か誰かだろうか?
仲間たちがそんな事を考えていると、カインも同じことを思ったのだろう。
『アンソニー王、彼は?』
カインが訝し気に優男の方を向いた。画面に大きく優男が映し出される。
『ああ、これは申し訳ない。先程ようやくうちの宰相が到着したのですよ』
『ああ、メイリングの端に視察に行っていると言っていた彼だな?』
ルイスが優男を見てニコニコしながら言うと、優男も人の良さそうな笑顔を浮かべて頷いた。
『こんな大事な会議に遅れてしまい申し訳ありません。ユナと申します。戻ろうとしたら洪水で川が氾濫して立往生してしまいまして』
『そうか、それは災難だったな! 誰も怪我などは無かったか?』
本当に人の好いルイスは特に何も考えずにどんどん優男に質問していく。そんなルイスを見て優男は緊張が解けたかのような顔をしてゆっくりと頷いた。
『はい、仲間は誰も。ただ数人の犠牲者は出てしまいました。私達は坑道の調査をしていたのですが、どこかからネズミが入り込んでいたようで、彼らは雨によって起きた落盤に巻き込まれてしまい――』
優男はそう言って視線を伏せた。それだけで一体何があったのかが伺えてルイスが息を飲む。
『そうか……それは残念だったな』
『ええ。ですがこちらとしては手間が省けたと言いますか……あ! 今のは失言です!』
「……うん、まぁそうなんだけど。母さまのはやりすぎっていうかなんて言うか……」
今までにも何人かアリスに悪事がバレてお仕置きをされた人達が居たが、その人達はこぞってぼろ雑巾のようになってアリスにひれ伏していた。そして最後に何故かいつもアリスは一緒になって泣くのだ。そんなアリスを見ていつもノアとキリは言う。
『う~ん、どうしてアリスはあんな熱血教師みたいなんだろうねぇ』
『というよりも、何故お嬢様はいつもあんな芝居がかっているのでしょう?』
と。
牢に入れる前にまずは事情を聞く。それがアリスのやり方だ。悪い事をした人にも何か事情があったのかもしれない。そう思うらしい。
「母さまは優しいもん! 父さまのが怖いよ!」
「それはまぁそうだね。父さまは怖いね」
実際ノアに何か叱られた事など無いノエルでも、アミナスが叱られているのを見ていつもそう思う。笑顔を浮かべて真綿でじわじわと絞め殺してくるようなやり方はボカッとげんこつを落とすアリスとは正反対だ。
どちらも根には持たないが、何となくノアはいつまでもそういう事を覚えていそうだから厄介である。勝手にいつかそれを引き合いに出されるのではないか、と怯えてしまう。
「まぁ、奥様は肉体的に、旦那様は精神的に攻撃するのが得意ですから。うちの父さんなど可愛いものです」
「全くです。奥様や旦那様に比べるとうちの父さんと母さんはまるで天使です。特に母さん」
「カイの言う通りです。母さんほど人格的に素晴らしい人は居ません」
「こいつらは本当に大丈夫なのか? お前たちとはまた違う危なさを感じるのだが」
どれほどミアを崇拝しているのか、珍しくうっとりと目を細めた双子を見て妖精王の怒りも治まった。
「とりあえずこの事を父さま達に報告して今日はもう休もう。お腹ペコペコだよ」
ノエルが楽しそうに両親について語るレオとカイを見て笑いを噛み殺しながら言うと、皆で炊事場に移動した。
朝、アリスは相変わらずモシャモシャになった髪を適当に手で整えてホールに移動すると、そこには既にアリス以外全員がきっちり準備して談笑していた。
「おはよ~みんな~」
「おはよ。てか、もうおそよう、だよ」
爆発したアリスの頭を眺めながらリアンが言うと、アリスはすかさずテヘペロをしてノアの隣に腰かけた。
「アリス、洗面台にブラシあったでしょ?」
「あった。でも絡まってどうしようも出来なかったんだもん。だから持ってきた!」
そう言ってアリスは持っていたブラシをそっとノアに渡すと、ノアは困ったように笑ってアリスの髪を梳き始める。
「あんた達はいつでも平和だよね。これが魔王と化け物だなんてぱっと見誰も思わないよ」
お茶をすすりながらそんな事を言うリアンにオリバーもシャルまでもが頷く。
「失礼だな、三人とも。で、会議は何時からって言ってたっけ?」
「確か11時からです。もうあと半時間ほどですね」
アランがノアの質問に答えながら机の上に『おっきい画面にうつせ~る君』をセットしだした。この時の為にスマホだけではなく、受信装置になる宝珠を埋め込む場所も作ったアランだ。
そこに宝珠をはめ込んだ途端、カインの声が聞こえてきた。
『おいルイス、お前なんでそんなおめかししてんの?』
『何故って、宝珠に映るんだろう?』
『いやそうだけどさ。別にお前を映す訳じゃないから。はい、やり直し。一昨日と同じ恰好してこい』
『な、何故だ! こら、押すな!』
『はぁ……やっぱルイスに言うんじゃなかったな。おい、聞こえるか?』
「聞こえるよ。朝からお疲れ」
突然のカインの問いかけにノアが答えると、カインが居る部屋の中が画面一杯に映った。
『ちゃんと映ってる?』
「映ってる。もうちょっと上向いてくれたら嬉しいかな」
『こんぐらい?』
「いいね、よく見えるよ」
カインのピアスに宝珠が埋め込まれているので、カインが俯いてしまうと地面しか見えない。それは困る。細かい指示を出しつつルイスがやってくるのを待っていると、ようやくルイスとキャロラインが部屋にやってきた。
それを見てアリスとミアのテンションが一気に上がる。
「ふぉぉぉ! おめかしキャロライン様だ! あ~写真撮りたい!」
「あぁ! お嬢様が美しすぎる! 今すぐ馳せ参じたいっ!」
だが残念ながらアリス達の声はキャロラインには届かない。キャロラインもルイスも既に配信が始まっているとは思ってもいないようで、こちらに気づきもしない。
三人は真剣な顔をして互いの手帳を照らし合わせて作戦会議中だ。そこへシャルルとシエラがやってきて、その輪の中に入る。
「いや~やっぱ王族が仲間に居ると便利だね。ルイス以外は」
「ちょっと変態、王子はルーデリアでは今や一番偉いんだからね? 僕もついうっかり忘れるけど、それ言っちゃったら可哀相でしょ?」
「だって、ルイスはもうお花畑すぎて作戦には入れられないレベルだから仕方ないよね?」
「木偶の坊は木偶の坊らしく黙って威厳たっぷりに座っているだけでそれらしく見えます」
「あんた達、王さまを何だと思ってんすか……」
「え? 顔だけいっちょ前の木偶の王?」
何気なく言ったリアンの言葉にとうとうカインが咽た。こちらの声はカインにだけはしっかりと聞こえているのだ。
『おいお前ら止めろよ! 噴いたらどうするんだよ!』
「ごめんごめん、もう黙ってる」
輪から外れて飲み物を取る振りをしてカインが言うと、ノアは苦笑いを浮かべて謝った。
しばらくすると、レヴィウスの騎士が呼びに来たのか皆がゾロゾロと移動しだした。
「さて、始まるよ、皆」
ノアが言うと、全員がゴクリと息を飲む。
メイリングの王、アンソニーを見るのはこれが初めてだ。言い知れぬ緊張感が辺りに漂う中、先頭を歩いていた騎士が広間の扉を開けた。
中央にはラルフとオルトが手元の資料に視線を落としながら時折何かを話している。
その向かい側にアンソニー王と思われるモノクルをかけた神経質そうな男が座り、さらにその隣には金髪のやけに見目の良い優男が座っている。
年齢はまだ随分と若そうだが、王子か誰かだろうか?
仲間たちがそんな事を考えていると、カインも同じことを思ったのだろう。
『アンソニー王、彼は?』
カインが訝し気に優男の方を向いた。画面に大きく優男が映し出される。
『ああ、これは申し訳ない。先程ようやくうちの宰相が到着したのですよ』
『ああ、メイリングの端に視察に行っていると言っていた彼だな?』
ルイスが優男を見てニコニコしながら言うと、優男も人の良さそうな笑顔を浮かべて頷いた。
『こんな大事な会議に遅れてしまい申し訳ありません。ユナと申します。戻ろうとしたら洪水で川が氾濫して立往生してしまいまして』
『そうか、それは災難だったな! 誰も怪我などは無かったか?』
本当に人の好いルイスは特に何も考えずにどんどん優男に質問していく。そんなルイスを見て優男は緊張が解けたかのような顔をしてゆっくりと頷いた。
『はい、仲間は誰も。ただ数人の犠牲者は出てしまいました。私達は坑道の調査をしていたのですが、どこかからネズミが入り込んでいたようで、彼らは雨によって起きた落盤に巻き込まれてしまい――』
優男はそう言って視線を伏せた。それだけで一体何があったのかが伺えてルイスが息を飲む。
『そうか……それは残念だったな』
『ええ。ですがこちらとしては手間が省けたと言いますか……あ! 今のは失言です!』
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