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第260話 番外編 ユアン・スチュアート 中編 ※BL要素が含まれます。
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『お前は馬鹿か! いいか!? お前はこれから出産するまでここで軟禁されて、子どもが生まれたらすぐさまお前は何か理由をつけて処分される』
何せ人を消すことなど厭わないスチュアート家だ。魂を悪魔に売り渡し、生贄と称して庭に放り込み魂を奪う。それこそが崇高な事だと信じて止まない家なのだ。
『しょ……ぶん?』
『そうだ。スチュアート家は狂ってる。いいか、エリザベス。俺はお前とは離縁する。子どもは実家で産め。そしてスチュアート家の手が出せないグランかフォルスに移住しろ』
『……そんな事をしたら、あなたはどうなるの?』
『この期に及んで俺の心配か。お前、自分がどんな目に遭ってるのか分かってるのか?』
『分かってるわ! 分かってるけど……私には、あなたはそこまで酷い人には見えないのよ……』
そう言って視線を伏せたエリザベスを見てユアンはため息を落とした。この女はどこまでお人好しで馬鹿なんだ。アーロと添い遂げるような事にならなくて本当に良かった。こんなのが女主になどなったら、バレンシア家は一瞬で崩壊していたに違いない。
いや、それはそれで良かったのかもしれないな。そんな事を考えながらユアンはエリザベスの体に毛布をかけて早口で言った。
『……もういい。俺は明日の深夜にお前を屋敷から追い出す。アーロを呼んでおくから保護してもらえ』
『アーロ? どうしてアーロ? 待って! あなたはどうするの!?』
『荷物はまとめておけよ。後で偽名で家に送ってやる』
『ちょっと! ユアン! 一体どういう事なの!?』
まだ背中にエリザベスの声が聞こえてくるが、ユアンはそれを無視してキャスパーに情報を流した。こうしておけばキャスパーは何も指示せずとも勝手にアーロに情報を流すだろうから。
次の夜、ユアンは窓の外を見てエリザベスに言った。
『雪が止まないな』
『……そうね』
『……悪かったな、巻き込んで』
この数ヶ月、アーロへの気持ちがバレてしまってからというもの、なんとなくエリザベスとユアンの間には友情とも言えない不思議な空気が流れていた。
もしも普通に出会っていたらもしかしたら案外上手くいっていたかもしれないけれど、ここはスチュアート家だ。それはどうやっても叶わない。
隣に立って窓の外を眺めているエリザベスを見ていると、何となくアーロがエリザベスに恋した理由が分かった気がした。
『恨まれるだろうな、俺は』
『そんな事はさせないわ! 事情を話せばアーロだって――』
『いいや。さっきも言ったけど、お前は何も言うな。お前は俺に襲われて妊娠した所を放り出された。そういう事にしておいてくれ。数年後、俺はもう一度お前に会いに行くかもしれない。その時もお前は決して俺に情をかけるな。いいな?』
『……何故?』
『それしかアーロの心が動かないからだ。そうしないとアーロはバレンシア家を自分から出ていこうとしない。俺の敵はバレンシア家だ。アーロじゃない』
『……わかったわ。約束する。でもあなたも約束して。全てが終わったら、必ずあなたもアーロに想いを告げるって。でないと……あなたの心が可哀想よ』
『はは、簡単に言ってくれる。だからお前はお花畑だって言われるんだ。いいか、エリザベス。お前は俺たちの眼の届かない所で必ず幸せになるんだ。お前の旦那と子ども、そして生まれてくる子どもと一緒に。いいな? それが俺とアーロの夢だ』
『ええ、約束する。あなたもどうか……壊れないで』
『ああ。……アーロが来たな。少しの間寒いだろうが我慢してくれ。こんな事をした俺を心の底から恨め、エリザベス。それじゃあな、これで永遠にお別れだ』
そう言ってユアンはかがんでエリザベスの頬に軽くキスして裏門を開けた。エリザベスは一瞬驚いたような顔をしてユアンを見ていたが、すぐに笑顔と涙を浮かべて言いつけ通り逃げるように振り返ることなく裏門から外へ飛び出して行った。
これがエリザベスと最後にした会話だ。もう二度と彼女と直接会うことはない。部屋に戻って窓の外を覗くと、アーロがエリザベスを抱きかかえてこちらを睨みつけているのが見えた。そんなアーロとは対象的なエリザベスの泣きそうな顔が、今でも忘れられない。
それからユアンはすぐに行動を起こした。エリザベスを逃したことで計画が書き換わり、ユアンを表向きに抹消する方に向かったのだ。
『ユアン、残念だが計画は変わった。お前は地下に潜ってもらう。庭に送った女達の事もお前が殺害したと公表する事になった』
『ええ、残念です』
『こう見えて私は子どもたちの中でお前を一番買っていた。何故エリザベスを逃したりしたんだ?』
『アーロがまだ彼女を想っているという情報が入ったのです。アーロにはバレンシア家を裏切ってもらい、こちらの手駒になってもらうのがいいかと』
『なるほど。確かにバレンシア家の長男は目立つしな。それならば早い段階でこちらに引き込むのが得策かもしれん。しかしそう簡単に寝返るか?』
『寝返らせるというより、利用するのです。アーロの性格からして俺が彼女を追い出した事でアーロは確実に俺を恨む。バレンシア家から出てでも彼女を守ろうとする。そこに女王と俺の噂を流し、アーロがスパイとしてこちら側にやってくるよう仕向けるのです』
『それならばエリザベスを殺してしまった方が手っ取り早かっただろう?』
『いえ、殺してしまったらアーロはすぐにでもバレンシア家を継いでスチュアート家を潰しにかかってきます。それでは意味がない。彼女を生かしておいて俺をもっと憎ませる。そうすれば確実にアーロはこちらにやってくる。バレンシア家を抜けて』
ユアンの言葉に当主は深く頷いた。当主はユアンが、ユアンこそがスチュアート家を潰そうと企んでいる事など露にも思わないようだ。
『全く惜しいな。それにしてもお前はアーロの性格を熟知しているようだ』
『そりゃ……誰よりも見てきましたからね。アーロだけを。それではこれで俺は失礼します。後はお任せください。上手くやりますよ』
それからユアンはしばらくエリザベスを泳がせ、エリザベスに子どもを寄越せと迫った。その頃にはユアンの世間の評価は地に落ちていて、アーサーの密偵にありもしない証拠を掴ませてどうにかユアンを処刑する方に向かわせる事に成功した。
処刑場にはアーロも来ていた。最愛の人に酷い仕打ちをしたユアンを追い詰めた責任を取ろうとでも思ったのだろう。
ユアンは立会人に姿を変えて偽物のユアンが処刑されるのを見守るアーロを見ていたのだが、アーロは少しの感情も見せることは無かった。
喜びも怒りもしない、完全な無だ。これがアーロのユアンへの感情だったのだろう。
ユアンはその場を静かに立ち去り、この日から地下に潜り舞台裏に徹する事に決めた。
計画はその後も何度も書き換えられた。見えない何かによって邪魔されているかのように上手く事が進まない。
その原因が何なのかは分らなかったが、数百年も前から進められていた計画はどんな事態にも対処できるよう緻密に練り上げられていた。
アーロは計画通りこちらとあちらのスパイをするようになり、アメリアはアーロを完全に信用しきっているようだった。
昔からそうだ。アーロはよくモテる。まぁ、ただの一度もアーロはアメリアに手を出したりはしなかったが。
一体どれほど一途なのだといっそ呆れる。あまりにも一途すぎてもしかしたらあいつはまだ一度も女と経験を持ったことがないのではないか、などといらぬ心配をしてしまったほどだ。
何せ人を消すことなど厭わないスチュアート家だ。魂を悪魔に売り渡し、生贄と称して庭に放り込み魂を奪う。それこそが崇高な事だと信じて止まない家なのだ。
『しょ……ぶん?』
『そうだ。スチュアート家は狂ってる。いいか、エリザベス。俺はお前とは離縁する。子どもは実家で産め。そしてスチュアート家の手が出せないグランかフォルスに移住しろ』
『……そんな事をしたら、あなたはどうなるの?』
『この期に及んで俺の心配か。お前、自分がどんな目に遭ってるのか分かってるのか?』
『分かってるわ! 分かってるけど……私には、あなたはそこまで酷い人には見えないのよ……』
そう言って視線を伏せたエリザベスを見てユアンはため息を落とした。この女はどこまでお人好しで馬鹿なんだ。アーロと添い遂げるような事にならなくて本当に良かった。こんなのが女主になどなったら、バレンシア家は一瞬で崩壊していたに違いない。
いや、それはそれで良かったのかもしれないな。そんな事を考えながらユアンはエリザベスの体に毛布をかけて早口で言った。
『……もういい。俺は明日の深夜にお前を屋敷から追い出す。アーロを呼んでおくから保護してもらえ』
『アーロ? どうしてアーロ? 待って! あなたはどうするの!?』
『荷物はまとめておけよ。後で偽名で家に送ってやる』
『ちょっと! ユアン! 一体どういう事なの!?』
まだ背中にエリザベスの声が聞こえてくるが、ユアンはそれを無視してキャスパーに情報を流した。こうしておけばキャスパーは何も指示せずとも勝手にアーロに情報を流すだろうから。
次の夜、ユアンは窓の外を見てエリザベスに言った。
『雪が止まないな』
『……そうね』
『……悪かったな、巻き込んで』
この数ヶ月、アーロへの気持ちがバレてしまってからというもの、なんとなくエリザベスとユアンの間には友情とも言えない不思議な空気が流れていた。
もしも普通に出会っていたらもしかしたら案外上手くいっていたかもしれないけれど、ここはスチュアート家だ。それはどうやっても叶わない。
隣に立って窓の外を眺めているエリザベスを見ていると、何となくアーロがエリザベスに恋した理由が分かった気がした。
『恨まれるだろうな、俺は』
『そんな事はさせないわ! 事情を話せばアーロだって――』
『いいや。さっきも言ったけど、お前は何も言うな。お前は俺に襲われて妊娠した所を放り出された。そういう事にしておいてくれ。数年後、俺はもう一度お前に会いに行くかもしれない。その時もお前は決して俺に情をかけるな。いいな?』
『……何故?』
『それしかアーロの心が動かないからだ。そうしないとアーロはバレンシア家を自分から出ていこうとしない。俺の敵はバレンシア家だ。アーロじゃない』
『……わかったわ。約束する。でもあなたも約束して。全てが終わったら、必ずあなたもアーロに想いを告げるって。でないと……あなたの心が可哀想よ』
『はは、簡単に言ってくれる。だからお前はお花畑だって言われるんだ。いいか、エリザベス。お前は俺たちの眼の届かない所で必ず幸せになるんだ。お前の旦那と子ども、そして生まれてくる子どもと一緒に。いいな? それが俺とアーロの夢だ』
『ええ、約束する。あなたもどうか……壊れないで』
『ああ。……アーロが来たな。少しの間寒いだろうが我慢してくれ。こんな事をした俺を心の底から恨め、エリザベス。それじゃあな、これで永遠にお別れだ』
そう言ってユアンはかがんでエリザベスの頬に軽くキスして裏門を開けた。エリザベスは一瞬驚いたような顔をしてユアンを見ていたが、すぐに笑顔と涙を浮かべて言いつけ通り逃げるように振り返ることなく裏門から外へ飛び出して行った。
これがエリザベスと最後にした会話だ。もう二度と彼女と直接会うことはない。部屋に戻って窓の外を覗くと、アーロがエリザベスを抱きかかえてこちらを睨みつけているのが見えた。そんなアーロとは対象的なエリザベスの泣きそうな顔が、今でも忘れられない。
それからユアンはすぐに行動を起こした。エリザベスを逃したことで計画が書き換わり、ユアンを表向きに抹消する方に向かったのだ。
『ユアン、残念だが計画は変わった。お前は地下に潜ってもらう。庭に送った女達の事もお前が殺害したと公表する事になった』
『ええ、残念です』
『こう見えて私は子どもたちの中でお前を一番買っていた。何故エリザベスを逃したりしたんだ?』
『アーロがまだ彼女を想っているという情報が入ったのです。アーロにはバレンシア家を裏切ってもらい、こちらの手駒になってもらうのがいいかと』
『なるほど。確かにバレンシア家の長男は目立つしな。それならば早い段階でこちらに引き込むのが得策かもしれん。しかしそう簡単に寝返るか?』
『寝返らせるというより、利用するのです。アーロの性格からして俺が彼女を追い出した事でアーロは確実に俺を恨む。バレンシア家から出てでも彼女を守ろうとする。そこに女王と俺の噂を流し、アーロがスパイとしてこちら側にやってくるよう仕向けるのです』
『それならばエリザベスを殺してしまった方が手っ取り早かっただろう?』
『いえ、殺してしまったらアーロはすぐにでもバレンシア家を継いでスチュアート家を潰しにかかってきます。それでは意味がない。彼女を生かしておいて俺をもっと憎ませる。そうすれば確実にアーロはこちらにやってくる。バレンシア家を抜けて』
ユアンの言葉に当主は深く頷いた。当主はユアンが、ユアンこそがスチュアート家を潰そうと企んでいる事など露にも思わないようだ。
『全く惜しいな。それにしてもお前はアーロの性格を熟知しているようだ』
『そりゃ……誰よりも見てきましたからね。アーロだけを。それではこれで俺は失礼します。後はお任せください。上手くやりますよ』
それからユアンはしばらくエリザベスを泳がせ、エリザベスに子どもを寄越せと迫った。その頃にはユアンの世間の評価は地に落ちていて、アーサーの密偵にありもしない証拠を掴ませてどうにかユアンを処刑する方に向かわせる事に成功した。
処刑場にはアーロも来ていた。最愛の人に酷い仕打ちをしたユアンを追い詰めた責任を取ろうとでも思ったのだろう。
ユアンは立会人に姿を変えて偽物のユアンが処刑されるのを見守るアーロを見ていたのだが、アーロは少しの感情も見せることは無かった。
喜びも怒りもしない、完全な無だ。これがアーロのユアンへの感情だったのだろう。
ユアンはその場を静かに立ち去り、この日から地下に潜り舞台裏に徹する事に決めた。
計画はその後も何度も書き換えられた。見えない何かによって邪魔されているかのように上手く事が進まない。
その原因が何なのかは分らなかったが、数百年も前から進められていた計画はどんな事態にも対処できるよう緻密に練り上げられていた。
アーロは計画通りこちらとあちらのスパイをするようになり、アメリアはアーロを完全に信用しきっているようだった。
昔からそうだ。アーロはよくモテる。まぁ、ただの一度もアーロはアメリアに手を出したりはしなかったが。
一体どれほど一途なのだといっそ呆れる。あまりにも一途すぎてもしかしたらあいつはまだ一度も女と経験を持ったことがないのではないか、などといらぬ心配をしてしまったほどだ。
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