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第261話 番外編 ユアン・スチュアート 後編 ※BL要素が含まれます。

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 あれからどれほどの月日が流れただろう。

 ユアンは今、アメリアとルーデリアの城の塔に軟禁されていた。

 あの戦争の後、まずは妖精王に魔法をかけられルーデリアから追放されたアメリアとエミリーを探し出して夏の庭に放り込んだ。

 夏の庭は万能だ。若返るだけではなく妖精王の逆加護がすっかり解除されてしまったのだから。あちらは夏の庭にそこまでの力がある事は知らない筈だ。

 ここまでは計画通りだ。このまま内通者を使ってしばらくしたらここから抜け出し、逃げたリリーとアーバンを浚う。

 頭の中でまるでチェスでもするかのように駒を一つずつ動かしていたユアンの向かいで、アメリアが大きく伸びをしてため息をついた。

「はぁ~暇だわ。ユアン、何か面白い話をしなさい」
「無茶言わないでください。俺が面白みの無い人間だって事はあなただって知ってるでしょ」
「知ってるわ。狡くて狡猾で非情な人間だって事もね。キャスパーの言う通りだったから笑っちゃうわ」
「あなた達に言われたくありませんね」
「それにしてもどうしてあなた裏方に回ったの? あの戦争の時にもっと引っ掻き回してくれたら良かったのに」
「そういうシナリオもありましたよ。でもそれはあまりにも美しくなかったので。そういう最後を俺は望んでなかった」
「最後? あなたの言う最後って何なの? 私たちは姉妹星に行くのよ。この星を捨ててね」
「そうですね。でも俺は行かない。俺は星と共に消えます。それが俺の最善なので」
「あなた自殺志願者なの? 分からないわ。私はいつまでも美しいまま生きていたいわ」

 うっとりとそんな事を言って目を細めるアメリアを見ながらユアンは心の中で嘲笑う。そんな事を言っていられるのも今のうちだ。スルガからの情報ではあちらは相当こちら側の計画の深部にまで到達している。

 このままディノが目覚めれば、ヴァニタスと元妖精王をぶつけても勝てやしない。こちら側の計画はほとんどがディノの力ありきなのだ。それを最後に封印出来なければ、確実にこちら側の計画が失墜する。

「それを言われたのは二度目ですね。まぁどう取ってもらっても構いませんよ」
「そうね、どうでもいいわ。あなたに興味もないし。それよりもどうしてあいつらに地下の赤ん坊は貴族だって教えたの? 私驚いてしまったわ」
「別に意味なんて無いですよ。どのみちすぐバレてたでしょうし」
「どういう事?」
「あちらはもうディノの地下の秘密を知ってる。鍵だって奪われた。後はもうこちらの切り札になりそうなのは最後の少年だけです。彼の噂は世界のそこら中に散らばってる。今はエミリーがそれを探して回っているので、俺たちはもうそれに賭けるしかない」
「最後の少年こそがディノなんでしょう?」
「ええ、王はそう言ってましたね」

 だが実際は多分違う。スルガの情報ではディノと最後の少年は全くの別人だ。

 けれど最後の少年がディノを目覚めさせる為に必須なのは確実である。そしてあの悲しい生き物ヴァニタスを目覚めさせ元妖精王に憑依させるには、星の姫君を使うしかない。

「本当に厄介だわ。ノアがあちらについたのが大誤算ね」
「ああ、廃嫡された第四王子ですか。あれは優秀ですね」
「ええ、優秀だわ。どうして気づかなかったのかしら……失敗したわ」
「そりゃ、あっちは本物の姉妹星の人間みたいですからね。こちらの武器なんて全てお見通しでしょう。おまけにそれ以上の物も作れるようですし」
「そうなのよ! それが分かってればもっと優しくしてやったのに! さっさとオピリアを使っておくべきだったわ」

 悔しそうに顔を歪めたアメリアを見てユアンはほくそ笑む。あんな物を使ってもノアは靡きもしなかっただろう。何せノアは一貫してアリス一筋だ。そういう所はとてもアーロと似ていて好感が持てるユアンである。

 だがそれとこれとは話が別だ。今は邪魔以外の何者でもない。

「とりあえず今は連絡が来るのを大人しく待つしかないです。っと、誰か来たみたいですよ。ちゃんと魔石飲んでください、メリー」

 言いながらユアンはスルガの魔法が詰まった小さな魔石を飲み込んだ。そんなユアンを見てアメリアも渋々魔石を飲んでため息をつく。

「はぁ、元のあなたの方がタイプだわ」
「そうですか? 俺はこれも気に入ってますが」

 いかにも農夫といった感じが割りと気に入っているユアンが言うと、アメリアは鼻で笑う。

 そんな話をしていると塔の扉がノックされた。ユアンは立ち上がり扉の鍵が開くのを待ち、ドアを開けて眼の前にいた人物を見て息を呑む。

「……」

 扉の前に立っていたのはアーロだった。

 アーロの隣にはカインも居るが、そんな事など一切目に入らない。

 こんな間近でアーロに会うことなど、あの学生時代以来だったからだ。

「カイン、すまない、少し二人にしてほしい」
「ああ」

 そう言ってカインは部屋の奥に消えていった。部屋の奥からアメリアがこちらを睨んでいるのが背中に突き刺さる視線で分かる。

「君がアルファ・シークか」
「あ、え、ええ。あなたは」
「アーロだ。長い間こんな所に閉じ込めてすまない。もう少しだけ我慢していてくれ」
「は、はい。それは別に……」

 違う。こんな事を言いたい訳じゃない。もっと何か有益な情報を聞き出すような、核心に触れるような事を聞かなければ。アーロは目の前にいるのがユアンだなどとは思ってもいないのだから。

 けれど言葉は何も見つからず、アーロが淡々とアルファに労いの言葉をかけてくるのをただ呆然としたまま聞いていたのだが、ふとアーロが一歩ユアンに近寄ってきた。

 驚いて思わずユアンが顔を上げると、アーロは口の端を少しだけ上げていた。あの処刑の時にすら見せなかった笑みにユアンの心臓がザワリと動く。すっかり忘れたと思っていたあのザラリとした感情だ。

 近寄ってきたアーロは声を顰めて静かな声で言った。

「娘だ。お前の子は娘だよ。リサも元気にしている。幸せにしているつもりだ。安心しろ」
「!? ……生まれてたのか? それよりも……全て……聞いたのか?」

 流れたと聞いていた子どもが生きていた? おまけにあれほど念を押したというのに、エリザベスは全てをアーロに語ってしまったのだろうか。

 そもそも何故、アーロがこんな事をアルファに言うのだ!? もしかしてこちらの正体もバレている? 混乱するユアンを他所にアーロは小さく首を振って今度はハッキリと微笑む。どこかスッキリしたような顔がとても印象的だった。

「いいや。だが、リサが俺に宛てた大量の手紙の中にお前に宛てた手紙がいくつか混じっていた。それはお前への礼と心配、そして自分の近況報告だった。それを見たら嫌でも想像がつくだろう?」
「あの女……どこまで鈍くさいんだ」
「それがリサだ。諦めろ」
「……どこまでも迷惑な女だ」

 ポツリと言ったユアンの言葉に困ったように微笑むアーロはとても幸せそうだ。そんなアーロを見て心の中のざわつきが凪いでいくのが分かった。

 久しく感じた事の無かった穏やかさに息をつくと、不意にアーロがユアンを抱きしめて耳元でそっと囁く。

「すまない、ユアン。それから……ありがとう」
「!」 

 突然の出来事にユアンが体を強張らせると、アーロはさらに腕に力を込めてユアンが聞いたことも無い優しい声で言った。

「お前の願いはちゃんと聞いた。お前は……俺が、殺してやる。約束だ」
「っ! ……ああ」

 ユアンはそれだけ言うのがやっとだった。そうか、どんな手を使ったかは知らないがスルガか。嵌められた。

 ユアンはアーロから体を離す寸前、アーロのポケットにある物を忍び込ませた。

「気づけ、アーロ」

 囁いた声がアーロに聞こえたかどうかは分からないが、ユアンは今、目に涙を溜めて間違いなく笑っていた。
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