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第264話 孤高のアーロはド天然
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「兄さま! 私達もペンダント交換する!?」
「一緒に行くのに?」
「……そうだった。じゃあ私ちょっとおやつ調達してくるね! 明日の朝からだよね!?」
「そうだね。今からじゃ野営になっちゃうし」
「分かった! それじゃあちょっと小麦粉捏ねてくる! ふ~!」
アリスはそれだけ言って部屋を飛び出した。大量のお菓子を生産するために。
「ミアさんはリリーさんの所で師匠とティナさんと一緒に居てください」
「はい。ついでに私もチャップマン商会に顔を出してきます。そろそろアニーに手を焼いているかもしれません」
そう言って微笑んだミアをキリが抱き寄せると、ミアは顔を真っ赤にしてキリを見上げてきた。
「お嬢様やアミナスじゃあるまいし、それは杞憂です。ですがそうですね、チャップマン商会にも何か情報が入っているかもしれないので、よろしくお願いします」
「は、はい。その、キリさん、あの皆さんが見てますので……」
「だから何です? 俺にはあなたしか見えません」
キリがそう言って皆の前でキスをしようとした途端、リアンが顔を真っ赤にしてキリとミアの間に地図を差し入れて妨害してきた。
「ストップストップ! そういうのは家か後でやって! それじゃあ明日は朝から調査って事でおやすみ!!」
リアンはそれだけ言ってライラの手を掴んでそそくさと部屋を出て行ってしまった。そんなリアンを見てアーロがポツリと言う。
「リー君はいくつになっても可愛いな。で、俺はどうすればいい?」
「アーロはもう僕たちの秘密も聞いちゃったしね。僕たちと一緒に調査に回ってくれたら嬉しい。あちら側に一番詳しいのもこの中ではアーロだろうから」
「分かった。それでは俺は一旦戻るとしよう。リサもそろそろバセット領に戻していいか?」
「いや、それはまだ止めておいた方がいいと思う。ハリーさんが調べてくれたスチュアート家についてはまだよく分からない事も多いし、ユアンの思惑とは別にスチュアート家が動かないとも限らないし」
「……そうだな」
スルガと話していたのを聞く限り、ユアンはどうやらこちらに情報を流し、内側からスチュアート家を崩壊させようと企んでいるようだった。
けれどハリーの話ではスチュアート家は今も普段どおりに動いていると言う。おまけにどれほど調べてもユアンの結婚時期と殺害時期が合わないとも言っていた。
それでも殺人の犯人をいともたやすくユアンに仕立て上げることが出来たということは、いざとなればスチュアート家はあっさりユアンを切るだろう。そしてそれはユアンもよく分かっているはずだ。
ユアンは間違いなくスチュアート家の息子で地下出身などではない。それでも学生時代、あの金のピアスを『命よりも大切』だと言ったり、『これこそが自分の正体』だなどと告げていたのは、あの頃からユアンなりのヒントをアーロに出していたのではないだろうか。
「あの時に気づいていれば、ユアンはあんな暴挙には出なかったのだろうか」
ポツリとアーロが言うと、向かいでノアがニコッと笑った。
「もし、なんて無いよ、アーロ。ユアンはずっと早い段階でこちらにヒントを出してくれていたのかもしれない。でも当時それに気づいたってアーロは何も出来なかったでしょ?」
「まぁ、それはそうなんだが」
バレンシア家の長男だと言うことでどのみちアーロは動けなかっただろう。それどころかスチュアート家と真っ向勝負になっていたかもしれないのだ。それこそ色んな人達を巻き込む所だった。
「どのみちユアンはこの道を選んでたよ。誰か一人でもあちらの根底に関わるような人が居ないと僕たちはここには辿り着けなかった。それをユアンとスルガさんは分かってたんだと思う。特にスルガさんの動きは凄く興味深いよね。いつから僕たちが姉妹星から来た人間だって気づいてたのかな」
腕を組んで笑うノアを見てカインとシャルルがギョッとしたような顔をしてノアを見る。
「ど、どういう事です?」
「だってさ、スルガさんって初代の次男の子孫でしょ? それでも漢文と古文は読めない訳だ。てことは、初代はやっぱり子孫には漢文も古文も継がなかったって事だよ。だから今回ユアンとアメリアをこっちに寄越して僕たちに翻訳させようとした。それは、どこかの段階でスルガさんの中で僕たちの誰かが姉妹星出身かもしれないって思うような事があったって事だよね?」
「確かにそうだな……」
それは一体いつだろう? カインは考えながらスルガと初めて出会った日から色々思い出してみたが、特に怪しい所など何もない。むしろ世界の為にクルスと共にあちこち飛び回ってダムの建設をしてくれているのだ。
「まぁいくら考えてもそれは本人に聞かない事には分からないよ、きっと。だからアーロ、それはユアンにしか分からないし、今更悔やんでも仕方ないんだよ」
「ああ。そうだな。それでは俺も戻るとしよう。また明朝こちらへ戻る」
「別に戻んなくても泊まればいいんじゃないっすか?」
「いや、戻って明日の朝食をリサに届けなければ」
「ん? どういう事っすか? エリザベスさん、今アランのとこの寮に居るんすよね? 自炊してるんじゃないんすか?」
「いや、食事は毎食俺が届けている。でなければリサはすぐに誰かに自分の手料理を振る舞おうとするからな」
真顔でそんな事を言うアーロにオリバーはゴクリと息を呑む。
「……まさか、あんたずっとそんな事してんすか?」
「もちろんだ。リサの食事の被害が拡大するのは避けたい」
何度も何度もエリザベスの食事によって体調を崩したアーロだ。最近ではようやく生焼けパンで腹を下すことはなくなったが、それはずっと食べてきて免疫が出来ただけだ。アリスではないが、小麦粉の生焼けは怖い。万が一にもそれで死人でも出ようものなら大変だ。
真顔でそこまで言ったアーロにキリもまた真顔で言った。
「アーロさんは常識人なので。母さんの食事は殺人兵器にもなりうるのです」
「その通りだ。そして彼女に悪気は一切無いときている。だからこそ質が悪い。そんな訳でノア、明日は6時以降にしてくれ。彼女がパンを焼き始めようとする時間がそれぐらいなんだ。それまでには食事を届けなければ」
「うん、分かった」
真顔のアーロにノアは笑いを堪えながら頷くと、アーロは颯爽とバセット領へ戻っていく。
「騎士団に言わせるとな、アーロは至極真面目だがどこかズレているそうだ。あれはこういう意味だったんだな」
ノアと同じように笑いをかみ殺すルイスの隣でキャロラインも肩を震わせている。
「愛情深いけどね、どっか変なんだよね。優秀だし仕事はめちゃめちゃ出来るんだけどな」
「ノア様だけは他人の事言えないと思うのですが」
「全くっすね。ただアーロのド天然は愛嬌だと思うっす。黙って立ってたらあの人ほんとに孤高のアーロなんで」
スラっとしていて仮面を付けていても分かるほどの端正な顔立ちをしたアーロは、黙って立っていると近づきにくさが半端ない。
けれどそんな彼の頭の中はいつだってエリザベスで一杯で、真顔で考えている事と言えば、冷蔵庫の中の物を思い出して夕飯のレシピを考えていたりするのだ。
「はは、その二つ名も誰が言い出したんだろうな? 案外ユアンだったりしてな」
とうとう声を上げて笑ったカインに仲間たちが全員笑い出す。
その頃、城の塔ではそんな噂をされているとも知らず、ユアンがくしゃみをしてしきりに鼻を擦っていたのはまた別の話だ。
「さて、それでは俺たちも部屋に戻るとしよう。お前たち、明日は気をつけろよ」
「っす」
こうして、仲間たちはそれぞれの寝室に戻ったが、アリスだけはいつまで経っても厨房から戻らなかった。
「一緒に行くのに?」
「……そうだった。じゃあ私ちょっとおやつ調達してくるね! 明日の朝からだよね!?」
「そうだね。今からじゃ野営になっちゃうし」
「分かった! それじゃあちょっと小麦粉捏ねてくる! ふ~!」
アリスはそれだけ言って部屋を飛び出した。大量のお菓子を生産するために。
「ミアさんはリリーさんの所で師匠とティナさんと一緒に居てください」
「はい。ついでに私もチャップマン商会に顔を出してきます。そろそろアニーに手を焼いているかもしれません」
そう言って微笑んだミアをキリが抱き寄せると、ミアは顔を真っ赤にしてキリを見上げてきた。
「お嬢様やアミナスじゃあるまいし、それは杞憂です。ですがそうですね、チャップマン商会にも何か情報が入っているかもしれないので、よろしくお願いします」
「は、はい。その、キリさん、あの皆さんが見てますので……」
「だから何です? 俺にはあなたしか見えません」
キリがそう言って皆の前でキスをしようとした途端、リアンが顔を真っ赤にしてキリとミアの間に地図を差し入れて妨害してきた。
「ストップストップ! そういうのは家か後でやって! それじゃあ明日は朝から調査って事でおやすみ!!」
リアンはそれだけ言ってライラの手を掴んでそそくさと部屋を出て行ってしまった。そんなリアンを見てアーロがポツリと言う。
「リー君はいくつになっても可愛いな。で、俺はどうすればいい?」
「アーロはもう僕たちの秘密も聞いちゃったしね。僕たちと一緒に調査に回ってくれたら嬉しい。あちら側に一番詳しいのもこの中ではアーロだろうから」
「分かった。それでは俺は一旦戻るとしよう。リサもそろそろバセット領に戻していいか?」
「いや、それはまだ止めておいた方がいいと思う。ハリーさんが調べてくれたスチュアート家についてはまだよく分からない事も多いし、ユアンの思惑とは別にスチュアート家が動かないとも限らないし」
「……そうだな」
スルガと話していたのを聞く限り、ユアンはどうやらこちらに情報を流し、内側からスチュアート家を崩壊させようと企んでいるようだった。
けれどハリーの話ではスチュアート家は今も普段どおりに動いていると言う。おまけにどれほど調べてもユアンの結婚時期と殺害時期が合わないとも言っていた。
それでも殺人の犯人をいともたやすくユアンに仕立て上げることが出来たということは、いざとなればスチュアート家はあっさりユアンを切るだろう。そしてそれはユアンもよく分かっているはずだ。
ユアンは間違いなくスチュアート家の息子で地下出身などではない。それでも学生時代、あの金のピアスを『命よりも大切』だと言ったり、『これこそが自分の正体』だなどと告げていたのは、あの頃からユアンなりのヒントをアーロに出していたのではないだろうか。
「あの時に気づいていれば、ユアンはあんな暴挙には出なかったのだろうか」
ポツリとアーロが言うと、向かいでノアがニコッと笑った。
「もし、なんて無いよ、アーロ。ユアンはずっと早い段階でこちらにヒントを出してくれていたのかもしれない。でも当時それに気づいたってアーロは何も出来なかったでしょ?」
「まぁ、それはそうなんだが」
バレンシア家の長男だと言うことでどのみちアーロは動けなかっただろう。それどころかスチュアート家と真っ向勝負になっていたかもしれないのだ。それこそ色んな人達を巻き込む所だった。
「どのみちユアンはこの道を選んでたよ。誰か一人でもあちらの根底に関わるような人が居ないと僕たちはここには辿り着けなかった。それをユアンとスルガさんは分かってたんだと思う。特にスルガさんの動きは凄く興味深いよね。いつから僕たちが姉妹星から来た人間だって気づいてたのかな」
腕を組んで笑うノアを見てカインとシャルルがギョッとしたような顔をしてノアを見る。
「ど、どういう事です?」
「だってさ、スルガさんって初代の次男の子孫でしょ? それでも漢文と古文は読めない訳だ。てことは、初代はやっぱり子孫には漢文も古文も継がなかったって事だよ。だから今回ユアンとアメリアをこっちに寄越して僕たちに翻訳させようとした。それは、どこかの段階でスルガさんの中で僕たちの誰かが姉妹星出身かもしれないって思うような事があったって事だよね?」
「確かにそうだな……」
それは一体いつだろう? カインは考えながらスルガと初めて出会った日から色々思い出してみたが、特に怪しい所など何もない。むしろ世界の為にクルスと共にあちこち飛び回ってダムの建設をしてくれているのだ。
「まぁいくら考えてもそれは本人に聞かない事には分からないよ、きっと。だからアーロ、それはユアンにしか分からないし、今更悔やんでも仕方ないんだよ」
「ああ。そうだな。それでは俺も戻るとしよう。また明朝こちらへ戻る」
「別に戻んなくても泊まればいいんじゃないっすか?」
「いや、戻って明日の朝食をリサに届けなければ」
「ん? どういう事っすか? エリザベスさん、今アランのとこの寮に居るんすよね? 自炊してるんじゃないんすか?」
「いや、食事は毎食俺が届けている。でなければリサはすぐに誰かに自分の手料理を振る舞おうとするからな」
真顔でそんな事を言うアーロにオリバーはゴクリと息を呑む。
「……まさか、あんたずっとそんな事してんすか?」
「もちろんだ。リサの食事の被害が拡大するのは避けたい」
何度も何度もエリザベスの食事によって体調を崩したアーロだ。最近ではようやく生焼けパンで腹を下すことはなくなったが、それはずっと食べてきて免疫が出来ただけだ。アリスではないが、小麦粉の生焼けは怖い。万が一にもそれで死人でも出ようものなら大変だ。
真顔でそこまで言ったアーロにキリもまた真顔で言った。
「アーロさんは常識人なので。母さんの食事は殺人兵器にもなりうるのです」
「その通りだ。そして彼女に悪気は一切無いときている。だからこそ質が悪い。そんな訳でノア、明日は6時以降にしてくれ。彼女がパンを焼き始めようとする時間がそれぐらいなんだ。それまでには食事を届けなければ」
「うん、分かった」
真顔のアーロにノアは笑いを堪えながら頷くと、アーロは颯爽とバセット領へ戻っていく。
「騎士団に言わせるとな、アーロは至極真面目だがどこかズレているそうだ。あれはこういう意味だったんだな」
ノアと同じように笑いをかみ殺すルイスの隣でキャロラインも肩を震わせている。
「愛情深いけどね、どっか変なんだよね。優秀だし仕事はめちゃめちゃ出来るんだけどな」
「ノア様だけは他人の事言えないと思うのですが」
「全くっすね。ただアーロのド天然は愛嬌だと思うっす。黙って立ってたらあの人ほんとに孤高のアーロなんで」
スラっとしていて仮面を付けていても分かるほどの端正な顔立ちをしたアーロは、黙って立っていると近づきにくさが半端ない。
けれどそんな彼の頭の中はいつだってエリザベスで一杯で、真顔で考えている事と言えば、冷蔵庫の中の物を思い出して夕飯のレシピを考えていたりするのだ。
「はは、その二つ名も誰が言い出したんだろうな? 案外ユアンだったりしてな」
とうとう声を上げて笑ったカインに仲間たちが全員笑い出す。
その頃、城の塔ではそんな噂をされているとも知らず、ユアンがくしゃみをしてしきりに鼻を擦っていたのはまた別の話だ。
「さて、それでは俺たちも部屋に戻るとしよう。お前たち、明日は気をつけろよ」
「っす」
こうして、仲間たちはそれぞれの寝室に戻ったが、アリスだけはいつまで経っても厨房から戻らなかった。
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