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第265話 地下食料庫

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 食料庫から在庫リストを持った子供たちは、あの大きな会議室に集まってそれぞれが在庫チェックをしていた。

「やっぱりだ。レックスが地上に出てしばらくした頃から食料庫が動いてるよ」

 ノエルはそう言っては百年ほど前のリストにチェックを入れて、それを皆に見せた。

「ほんとだ。それ以降は定期的に食材持ち出してるっぽい」

 ルークの言葉にライアンと妖精王が頷く。

「しかしおかしな話だな。何故わざわざ地下の食料庫から食材を持ち出す必要があるんだ? 地上では生活出来なかったにしても、その理由はなんだ?」

 妖精王が腕を組んで言うとオズワルドはリーゼロッテが淹れたお茶を飲みながら言った。

「理由なんかいくらでもあるだろ? たとえば指名手配されてたとか、わざわざ買いに出るのが面倒だったとか」
「そんな理由でか? 万が一ディノが気づけばすぐにレックスに伝わる恐れもあるんだぞ?」
「別にバレても良かったんだろ。どうせディノは起きやしない」
「それはそうかもしれんが……」

 何だか腑に落ちない妖精王にアミナスがニカッと笑って言った。

「クロちゃんクロちゃん、お手々が止まってるよ!」
「す、少しぐらい休憩させろ! どれだけ我を酷使するのだ!」

 今までなら確実に「我は妖精王だぞ!」などと言っていた所だが、ここ最近はそのセリフも言わなくなった。何故ならそれは虚しい事だと気付いたからだ。

「いいよ! それじゃあおやつ持ってこよっと。ねぇねぇレックス、おやつってディノの食料庫にないの?」
「おやつは無い。ディノの食料庫は原材料しか置いてない」
「そっか~。そんじゃ作ろっと! おやつはパンケーキだぞ~! ひゃっは~」

 そう言って駆け出そうとしたアミナスの首根っこをレオがグッと掴んだ。

「待ってください、お嬢様。カイを連れて行ってください」
「なんで? 母さまほど私、方向音痴じゃないよ?」
「似たり寄ったりですよ。何よりもあなた一人だとどんな問題を起こすか分からないからです。いいからカイを連れて行ってください」
「ぶー。分かったよぅ。それじゃカイ、行こ~」
「……はい」

 不本意そうに頷いたカイはすごすごとアミナスに付き従って部屋を出た。

「カイ、嫌そうだったね~」
「仕方ありません。本気のお嬢様を唯一止められるのはカイなので。まぁそれも年々怪しくなってきますが……俺たちは一体どこまで鍛えればいいのでしょう?」
「どこまでだろうねぇ。父さまとキリなんかは未だに鍛錬してるもんねぇ」

 毎朝の鍛錬は欠かさず昼はアリスとアミナスの相手をして夜はアリスを探して回る毎日を幼い頃からずっと続けているノアとキリである。あれはそのまま自分たちの未来なのだろう。

 ノエルとレオは顔を見合わせて盛大にため息をついてまた在庫チェックに戻った。

「お前たちも苦労するな。バセット領に生まれたばっかりに」
「うん。でもやっぱり僕の家はバセット領しか考えられないし、妹はアミナスなんだよね」

 ライアンの言葉にノエルはニコッと笑った。そんなノエルを見てライアンとルークは同情するような感動したような不思議な表情を浮かべる。

「ところでレックス、ずっと聞きたかったんだけど、母さまが入った庭はディノの特別な庭だって言ってたよね?」
「そう。ディノの庭園はディノの許しが無い限り決して入る事は出来ない。だからアリスが入れたのは本当に不思議」
「それってさ、夏の庭とどう違うの?」

 どちらも若返りの庭のようだが、何か違いがあるのかとても気になっていたノエルだ。そんなノエルの質問にレックスは腕を組んで答えてくれた。

「四季の庭は効果が持続しないんだ。長く居れば居るほど効果は強く出るけど、一旦出るとすぐに効果は薄れていく。だから維持するには定期的に夏の庭を訪れなきゃならないんだ」

 そこまでレックスが言うと、それまで作業をしながら聞いていた妖精王が首を捻った。

「ん? だがディノの加護がある者にはさほど作用しないのだろう? だがノアから聞いた話ではアメリアは若返っていると言っていた。あいつはカールの娘だ。ディノの加護があるはずだぞ?」
「そうだね。だからアメリアは相当長い時間夏の庭に居たんだと思う。ディノの加護を持つ者が、見て分かるほど庭の影響を受けるには数時間じゃ難しい。それこそ何年もかかるよ」
「なるほど……それで謎が解けましたね。消えた食材の謎が」
「うん。やっぱりアメリア達はしばらくここに住んでたんだ。赤ん坊の受け渡しとかもしながら、それこそ何年も。だから食材が定期的に無くなってたんだよ」
「なんだ、指名手配されてた訳じゃないのか」

 どこか残念そうにオズワルドが言うと、ノエルは苦笑いを浮かべて頷きながら言った。

「それじゃあ今ごろアメリア達は焦ってるんじゃないかな? だって庭に入れなくなっちゃってる訳でしょ?」
「どうだろう。もしもアメリア達が残りの金のピンを持ってるのなら、いつでもここへやってこられるから」

 残念そうに視線を伏せたレックスを見て子供たちは全員しょんぼりとする。

 少しでもあちらへの牽制になればいいと思ったけれど、どうやらそう上手くはいかないようだ。

「でもこの在庫表を見る限りもうここには住んではいないようだぞ?」
「だね。最後の日付が半月ほど前で止まってる」

 ライアンとルークは手元の在庫表を見ながら言うと、レックスはため息を落として言った。

「多分、理想の年齢まで若返ったんじゃないかな。保たないって言っても1年ぐらいは持つから」
「それじゃあ1年したらまたここに来るかもしれないって事?」
「そうなる。本当はディノの庭園に入りたいんだろうけど、ディノは絶対にそれは許さないと思う」

 そもそもディノは今のメイリングの体制を酷く怒っている。何があっても庭園には入れないだろう。

 何よりもノア達に聞いた事が本当だとすれば、あちらの目的はこの星の破壊なのだ。それを聞いてしまった今となっては、メイリングの王たちは最早守るべき者ではなくただの敵である。

「やぁやぁやぁ! お待たせ! 皆の者!」

 静まり返った部屋の中にアミナスの必要以上に元気な声が響いた。

 アミナスが持ってきた皿の上には一体どうやって作ったのだと思うほど大きくて何層にもなった分厚いパンケーキが乗っている。

 派手な色のクリームがゴテゴテと塗ってあり、間には隙間なく果物がびっしりと敷き詰められ、見ているだけで胸焼けしそうだ。

「アミナス、またそんな大きいの作って。取皿用意しようか」

 そう言ってノエルが立ち上がろうとすると、アミナスは机にパンケーキを置いてすかさずキメッをする。

「取皿なんていらないよ! ちゃ~んと皆の分作ったもん!」
「……すみません、止められませんでした……今日の食事はこのパンケーキで我慢してください」

 アミナスの後ろからやってきたカイはどこで見つけたのか、キッチンカーを押してやってきた。そして大きな皿を無言で皆の前に配り始める。

「……デカいな」
「……胸焼けしそう」
「オズ見て、こんなにおっきいパンケーキ見るの初めて! 果物も一杯だよ!」
「うん、美味しそう。でもクリーム多くない?」
「アミナス……お主はどうしてこんな所までアリスそっくりなのだ」

 口々に目の前のパンケーキの感想を言うと、アミナスは何故か誇らしげに胸を反らす。

「頑張ったよ! えへん! レオとカイのにはチョコソース一杯かけたからね!」

 次々に運ばれてくるパンケーキに子供たちは自分たちの仕事をすっかり忘れ、妖精王とレックスはアメリア達に対する怒りをうっかり忘れてしまう。

「僕の顔より大きい」
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