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第268話 夢の中のアリス
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「全員?」
『ええ、全員です! 領民で探してますが、どこにも何も痕跡がなくて!』
「分かった。すぐにアリスを送るよ。ドンとスキピオは?」
『空から偵察してるよ!』
「そか、ありがとう。それじゃ」
手早く電話を切ったノアはアリスの耳元で怒鳴った。
「アリス! 大変だよ! 悪いゴリラが赤ちゃん全員攫っちゃったんだ!」
そう叫んだ途端、アリスはノアから剥がれ落ちて背中を探っている。多分剣を探しているのだろうと察したキリが部屋からアリス愛用の剣を持ってくると、それをアリスの背中に背負わせた。アリスは背中の剣に触れるなり眠ったまま満足げに笑う。
それを見届けたノアは『バセット領』と書いた妖精手帳をアリスに貼り付けると、アリスの姿はその場から消える。
「よし!」
「よし、じゃないよ! あいつだけ送ってどうすんの!? 大暴れするんじゃないの!?」
「だってハンナからのお願いだから僕には逆らえないよ。で、さっきの続きなんだけど、リリーさんはどうしようか」
「お年寄りも居るのであまり動かなさない方が良いのではないでしょうか」
シャルルが言うと、ノアは少し考えて頷いた。
「それもそうだね。それじゃあ皆、後はよろしく。僕たちはとりあえず家に戻るよ」
立ち上がったノアが言うと、仲間たちは全員頷いた。
「お嬢! なんだ、まだ寝てんのかい!? まぁいい。いいかい、これが赤ちゃん達が直前まで着てた産着だよ」
そう言ってハンナはまだ目を閉じたまま現れたアリスの鼻先に赤ん坊が着ていた産着を持っていくと、アリスはフンフンと鼻を鳴らして辺りをグルリと見渡した。
「うぉうぉう!」
アリスが到着した事を知って捜索に向かっていたビルが戻ってきてアリスの前にかがむと、アリスは躊躇うことなくビルの背中に飛び乗り、森を指差す。
アリスの指示を受けてビルは走り出した。その後をウルフ一家も追ってくる。
「皆! お嬢の鼻が反応したよ! 武器を持って続け!」
「おおーー!」
ハンナの号令に領民達は全員それぞれに武器を持ってアリス達の後を追う。どこの赤ん坊達だか知らないが、少しでもバセット領で育った子ならもうここの子だ。
「ハンナ! 旦那様達もこれからこちらに来るそうです!」
「そうかい。それじゃあ私達も行くとしようか、ジャック」
「ええ」
ハンナに叩き込まれた剣技をとうとう披露する時が来たかもしれないと思いつつ、ホープキンスは剣の柄を握り直す。
そんなホープキンスを見てハンナはニッと満足げに笑って森に向かった。
「アーロ! 遅くなってごめん」
「ようやく来たか。皆、森を捜索中だ。俺たちも行くぞ」
「アリスはまだ起きてない?」
「多分な。どこからもまだ奇声が聞こえない。ところで一体何が起こったんだ?」
アーロはバレンシア家から一緒に出てきた真っ黒の愛馬オードに乗ると、ノアに手を差し伸べる。
「あ、乗せてくれるの? ありがとう」
「ああ。キリは……すまん、クマでいいか?」
「……ええ、仕方ないので。ちびベア、よろしくお願いします」
獣臭くなるので本当はあまり乗りたくないが、そんな事を言っている場合ではない。何よりもちびベアは既に鞍をつけて準備万端だ。
「行くぞ。こっちだ」
そう言ってアーロはオードを走らせた。
「分かるの?」
「ああ。こいつらが連携してくれているからな」
そう言ってアーロが指さした先には真っ黒のレインボー隊がオードのたてがみを握りしめて座っている。
「なるほど。アリスはレッド君連れてってるのか」
「いや、アリスのポシェットにレッド君が無理やり入り込んでいたのは見た。こいつらはどんどん優秀になるな」
今や一人に一つと言ってもいいほどレインボー隊は普及している。
「まぁね。何せこちらバージョンの高性能AI積んでるからね。これからもっと賢くなると思うよ」
「よく分からんが、それも姉妹星の知識か」
「そうだね。いや、でもレインボー隊は完全にこっち産だよ。レインボー隊が出来た時はまだ僕の記憶も蘇ってなかったから」
だから余計にあの時は何て物を作ったんだ! とアリスとアランを責めたが、全ての記憶を思い出した今となってはもうアリスもアランも責める事が出来ないノアだ。
「そうか。お前もなかなか難儀な人生を送っているな。おい、見えたぞ」
森に入ってしばらくすると、前方から領民達の輪が見えた。領民達は武器を手に騒ぎ立てているが、誰も動こうとはしない。
「ノア様、何だかとても嫌な予感がするのですが」
「奇遇だね、僕も」
「俺もだ」
アーロはそう言ってオードを失速させてゆっくりその場に近づいた。
アリスは夢の中で不穏な単語を聞いた。悪いゴリラが赤ん坊を攫ったというのだ。これは見逃す訳にはいかない。背中にいつの間にか現れた剣を手にバセット領にワープしたアリスは、突然現れたビルに飛び乗って森に向かった。
夢の中のアリスは何でも出来る。それは本当だ。アリスはあっという間に森の湖の近くまでやってきて、正に今、湖に赤ん坊を沈めようとしている不届きなゴリラ達を見つけた。
「そこまでだ! 正義の使者アマリリスが来たからには、お前たちの好きにはさせないゾ!」
しっかり名乗りとポージングをしたアリスを見て悪ゴリラ達はギョッとした顔をしてこちらを振り返る。
悪ゴリラ達は何かこちらに向かって叫んでいるが、あいにくアリスにゴリラの言葉は分からない。
アリスは背中に背負っていた剣をスルリと抜いて、一番手前に居た悪ゴリラにマッハで近づいておでこを柄で殴りつけると、悪ゴリラはその場に昏倒した。その時に手からぽろりと落ちた赤ん坊をすかさず受け止めて、ちょうどやってきた良ゴリラに投げると、良ゴリラは慌てた様子で赤ん坊を受け取り、すぐさま踵を返していく。
「お前たちの好きになどさせるものか! やぁぁぁ!」
叫びながら次の悪ゴリラにスライディングして足払いをかけると、ボキッと鈍い音がして悪ゴリラは足を抑えてその場に悲鳴を上げて蹲った。
その隙をついて悪ゴリラの腕から赤ん坊を取り上げる。
いつも言われる事だが、アリスは何故か興奮すると芝居がかる。これは多分、アリスの中のヒーロー像なのだ。こうありたい自分を投影している――つもりだ。
「ふははは! 千切っては投げ! 千切っては投げ!」
叫びながら悪ゴリラの服をひん剥くと、恥ずかしいのか悪ゴリラはいっちょ前に何か叫んで闇雲にアリスに殴りかかってきた。後ろからは良ゴリラの声援が聞こえてくる。何を言っているのかは分からないが、とりあえず盛り上がっているようだ。
これに気を良くしたアリスはさらに悪ゴリラ達を追い詰めた。悪ゴリラは湖に赤ん坊と共に既に半身つかってしまっている。
そんな悪ゴリラの首根っこを掴んで強引に陸に引きずりあげ赤ん坊をすかさず取り上げて振り向くと、そこには木の棒を持った悪ゴリラがアリスめがけて殴りかかってきていた。
「脇が甘い! 天誅!!!」
戦いに慣れていないのか、悪ゴリラは剣道の基本もなっていないような構えで襲ってくるが、赤ん坊を浚うような輩に手加減してやる事もない。
咄嗟にアリスは足を振り上げ悪ゴリラの脇腹に蹴りを入れると、悪ゴリラは真横に吹っ飛んだ。
アリスは抱えていたずぶ濡れになった赤ん坊を近くに居た良ゴリラに手渡すと、おでこの汗を拭って一息つく。
「ふぅ……終わった。ぐー」
「助けられたのは三人か……思ったよりも少なかったね」
一部始終を見ていたノア達は助け出された赤ん坊を見て眉を寄せる。
『ええ、全員です! 領民で探してますが、どこにも何も痕跡がなくて!』
「分かった。すぐにアリスを送るよ。ドンとスキピオは?」
『空から偵察してるよ!』
「そか、ありがとう。それじゃ」
手早く電話を切ったノアはアリスの耳元で怒鳴った。
「アリス! 大変だよ! 悪いゴリラが赤ちゃん全員攫っちゃったんだ!」
そう叫んだ途端、アリスはノアから剥がれ落ちて背中を探っている。多分剣を探しているのだろうと察したキリが部屋からアリス愛用の剣を持ってくると、それをアリスの背中に背負わせた。アリスは背中の剣に触れるなり眠ったまま満足げに笑う。
それを見届けたノアは『バセット領』と書いた妖精手帳をアリスに貼り付けると、アリスの姿はその場から消える。
「よし!」
「よし、じゃないよ! あいつだけ送ってどうすんの!? 大暴れするんじゃないの!?」
「だってハンナからのお願いだから僕には逆らえないよ。で、さっきの続きなんだけど、リリーさんはどうしようか」
「お年寄りも居るのであまり動かなさない方が良いのではないでしょうか」
シャルルが言うと、ノアは少し考えて頷いた。
「それもそうだね。それじゃあ皆、後はよろしく。僕たちはとりあえず家に戻るよ」
立ち上がったノアが言うと、仲間たちは全員頷いた。
「お嬢! なんだ、まだ寝てんのかい!? まぁいい。いいかい、これが赤ちゃん達が直前まで着てた産着だよ」
そう言ってハンナはまだ目を閉じたまま現れたアリスの鼻先に赤ん坊が着ていた産着を持っていくと、アリスはフンフンと鼻を鳴らして辺りをグルリと見渡した。
「うぉうぉう!」
アリスが到着した事を知って捜索に向かっていたビルが戻ってきてアリスの前にかがむと、アリスは躊躇うことなくビルの背中に飛び乗り、森を指差す。
アリスの指示を受けてビルは走り出した。その後をウルフ一家も追ってくる。
「皆! お嬢の鼻が反応したよ! 武器を持って続け!」
「おおーー!」
ハンナの号令に領民達は全員それぞれに武器を持ってアリス達の後を追う。どこの赤ん坊達だか知らないが、少しでもバセット領で育った子ならもうここの子だ。
「ハンナ! 旦那様達もこれからこちらに来るそうです!」
「そうかい。それじゃあ私達も行くとしようか、ジャック」
「ええ」
ハンナに叩き込まれた剣技をとうとう披露する時が来たかもしれないと思いつつ、ホープキンスは剣の柄を握り直す。
そんなホープキンスを見てハンナはニッと満足げに笑って森に向かった。
「アーロ! 遅くなってごめん」
「ようやく来たか。皆、森を捜索中だ。俺たちも行くぞ」
「アリスはまだ起きてない?」
「多分な。どこからもまだ奇声が聞こえない。ところで一体何が起こったんだ?」
アーロはバレンシア家から一緒に出てきた真っ黒の愛馬オードに乗ると、ノアに手を差し伸べる。
「あ、乗せてくれるの? ありがとう」
「ああ。キリは……すまん、クマでいいか?」
「……ええ、仕方ないので。ちびベア、よろしくお願いします」
獣臭くなるので本当はあまり乗りたくないが、そんな事を言っている場合ではない。何よりもちびベアは既に鞍をつけて準備万端だ。
「行くぞ。こっちだ」
そう言ってアーロはオードを走らせた。
「分かるの?」
「ああ。こいつらが連携してくれているからな」
そう言ってアーロが指さした先には真っ黒のレインボー隊がオードのたてがみを握りしめて座っている。
「なるほど。アリスはレッド君連れてってるのか」
「いや、アリスのポシェットにレッド君が無理やり入り込んでいたのは見た。こいつらはどんどん優秀になるな」
今や一人に一つと言ってもいいほどレインボー隊は普及している。
「まぁね。何せこちらバージョンの高性能AI積んでるからね。これからもっと賢くなると思うよ」
「よく分からんが、それも姉妹星の知識か」
「そうだね。いや、でもレインボー隊は完全にこっち産だよ。レインボー隊が出来た時はまだ僕の記憶も蘇ってなかったから」
だから余計にあの時は何て物を作ったんだ! とアリスとアランを責めたが、全ての記憶を思い出した今となってはもうアリスもアランも責める事が出来ないノアだ。
「そうか。お前もなかなか難儀な人生を送っているな。おい、見えたぞ」
森に入ってしばらくすると、前方から領民達の輪が見えた。領民達は武器を手に騒ぎ立てているが、誰も動こうとはしない。
「ノア様、何だかとても嫌な予感がするのですが」
「奇遇だね、僕も」
「俺もだ」
アーロはそう言ってオードを失速させてゆっくりその場に近づいた。
アリスは夢の中で不穏な単語を聞いた。悪いゴリラが赤ん坊を攫ったというのだ。これは見逃す訳にはいかない。背中にいつの間にか現れた剣を手にバセット領にワープしたアリスは、突然現れたビルに飛び乗って森に向かった。
夢の中のアリスは何でも出来る。それは本当だ。アリスはあっという間に森の湖の近くまでやってきて、正に今、湖に赤ん坊を沈めようとしている不届きなゴリラ達を見つけた。
「そこまでだ! 正義の使者アマリリスが来たからには、お前たちの好きにはさせないゾ!」
しっかり名乗りとポージングをしたアリスを見て悪ゴリラ達はギョッとした顔をしてこちらを振り返る。
悪ゴリラ達は何かこちらに向かって叫んでいるが、あいにくアリスにゴリラの言葉は分からない。
アリスは背中に背負っていた剣をスルリと抜いて、一番手前に居た悪ゴリラにマッハで近づいておでこを柄で殴りつけると、悪ゴリラはその場に昏倒した。その時に手からぽろりと落ちた赤ん坊をすかさず受け止めて、ちょうどやってきた良ゴリラに投げると、良ゴリラは慌てた様子で赤ん坊を受け取り、すぐさま踵を返していく。
「お前たちの好きになどさせるものか! やぁぁぁ!」
叫びながら次の悪ゴリラにスライディングして足払いをかけると、ボキッと鈍い音がして悪ゴリラは足を抑えてその場に悲鳴を上げて蹲った。
その隙をついて悪ゴリラの腕から赤ん坊を取り上げる。
いつも言われる事だが、アリスは何故か興奮すると芝居がかる。これは多分、アリスの中のヒーロー像なのだ。こうありたい自分を投影している――つもりだ。
「ふははは! 千切っては投げ! 千切っては投げ!」
叫びながら悪ゴリラの服をひん剥くと、恥ずかしいのか悪ゴリラはいっちょ前に何か叫んで闇雲にアリスに殴りかかってきた。後ろからは良ゴリラの声援が聞こえてくる。何を言っているのかは分からないが、とりあえず盛り上がっているようだ。
これに気を良くしたアリスはさらに悪ゴリラ達を追い詰めた。悪ゴリラは湖に赤ん坊と共に既に半身つかってしまっている。
そんな悪ゴリラの首根っこを掴んで強引に陸に引きずりあげ赤ん坊をすかさず取り上げて振り向くと、そこには木の棒を持った悪ゴリラがアリスめがけて殴りかかってきていた。
「脇が甘い! 天誅!!!」
戦いに慣れていないのか、悪ゴリラは剣道の基本もなっていないような構えで襲ってくるが、赤ん坊を浚うような輩に手加減してやる事もない。
咄嗟にアリスは足を振り上げ悪ゴリラの脇腹に蹴りを入れると、悪ゴリラは真横に吹っ飛んだ。
アリスは抱えていたずぶ濡れになった赤ん坊を近くに居た良ゴリラに手渡すと、おでこの汗を拭って一息つく。
「ふぅ……終わった。ぐー」
「助けられたのは三人か……思ったよりも少なかったね」
一部始終を見ていたノア達は助け出された赤ん坊を見て眉を寄せる。
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