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第269話 キリの分かりにくい優しさ
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「どうします? どうやらあの湖が媒介になっているようですが追いますか?」
「いや、どこに通じてるのかも分からないし、この人達を締め上げて聞き出そう。誰かコイツらを森の仲間牢に入れておいて。皆には逃げようとしたら遠慮なく齧っていいよって伝えておいてね」
ノアが言うと、領民達は神妙な顔をして頷いた。
森の仲間牢はネーミングセンスこそ可愛いが、その実とても過酷な牢で、金網が張り巡らされた森の一部に腹ペコの野生の動物達と一緒に放り込まれるという大変サバイバルな牢なのだ。
死ななければ何をしてもいいよ、と言われると動物たちは遠慮なく囚人たちに襲いかかる。このバセット領特有の牢に放り込まれるのは、ノアの怒りを買った人たちである。
領民達はアリスによってボコボコにされた男たちに同情的な眼差しを向けて森の奥にある牢に連れて行った。
「アリス、そろそろ起きようか。えいっ!」
ノアがアリスのおでこを勢いよく叩くと、ひと暴れしてスッキリしたアリスはハッと目を覚ました。
「あ、あれ? 兄さま? 悪ゴリラは!?」
「アリスが全員退治したよ。それでね、よく聞いて。15人居た赤ん坊のうち、3人しか助けられなかった。捕まえた奴らは森の仲間牢にぶちこんだよ」
「3人……だけ?」
「そう、3人だけ。アリスが到着した時には既に大半は連れ去られた後だった。それでね、どうやらこの湖がどこかへ繋がってるみたいなんだ。夜が明けたらこの湖の調査をするよ」
「……分かった。ごめんなさい……兄さま」
3人しか助ける事が出来なかったと聞いてアリスはしょんぼりと項垂れた。そんなアリスの頭をノアが優しく撫でる。
「アリスのせいじゃない。3人だけなんて言ったけど、はっきり言って1人でも助けられたのは大きいよ。それにこの湖の秘密も分かったんだから、アリスはそんな顔しなくていい」
「……うん」
「お嬢様、反省は後にしてください。一旦家に戻って明日からの準備をしましょう」
キリはそう言ってアリスに助けられた赤ん坊を手渡すと、アリスは泣きそうな顔をして赤ん坊を抱きしめる。
「行くよ、アリス」
「分かった。絶対全員取り戻すから」
「うん」
けれどこの子達は元々罪人だ。何だか複雑な思いが脳裏をよぎるが、アリスはきっとそんな事など考えていない。何せ罪を犯したとしても何かしらの事情があったからだと思うような人だ。
どちらが人間的に正しいのかは分からないが、アリスを悲しませるような事はしたくない。
「アリス、乗るか?」
遠くからそんなバセット三兄妹を眺めていたアーロが三人に近寄ってオードの上から言うと、アリスはコクリと頷いた。
そして何を思ったか差し出したアーロの手を引っ張ってアーロを引きずり落ろし、無言でノアをオードに押し上げて自分もその後ろに乗り込む。
「この子、熱あるみたい。早く帰らないと」
「そうなの? 分かった。それじゃあしっかり捕まってて」
ノアはそれだけ言うとちらりとキリを見て頷き、その場から走り去ってしまう。
「何故、俺が降ろされたんだ」
半ば無理やり馬から引きずり下ろされたアーロがポツリと言うと、そんなアーロにキリが隣からすぐさまクマ用の鞍を差し出してくる。
「あなたが馬になど乗ってくるからです。はい、これ鞍です」
「……ありがとう」
アーロはクマ用の鞍を受け取って周りを見渡すと、そこにはパパベアしか居ない。
「すまない、乗せてくれるか?」
「ぐぉ」
「ありがとう」
大人しくその場に座り込んだパパベアに黙々と鞍をつけたアーロは、パパベアに跨る。
「では俺たちも戻りましょう」
「ああ」
アーロが返事をした途端、パパベアとちびベアが走り出す。馬の衝撃とは随分違う、この跳ねるような感覚は鞍なしでは絶対に乗れない。
「しかし何だな。人生の中でまさかクマに乗る日が来ようとはな」
「人生とは不思議なものです。まぁ、俺はずっと乗っているので今更ですが」
「……バセット領は特殊なんだ。最初ここへやってきた時、どこの地獄に紛れ込んだのかと思った」
「そうですか? ですが母さんの様子を見にちょくちょく来ていたのでしょう?」
「それはそうだが、お前たちがやってきてからここは随分……様変わりした。お前たちが大きくなってからは言わずもがなだ。特にアリス」
まさかあれがエリザベスの娘だったとは夢にも思わなかったアーロだったけれど、よく見ればどこからどう見ても若い頃のエリザベスに姿形がそっくりである。
ユアンもエリザベスの子供が流れていると思い込んでいたようなので、まさかアリスが自分の娘だとは思いもしていないだろう。きっと、今もどこかでひっそりと暮らしていると思い込んでいるに違いない。
「お嬢様と一緒にされるのは不本意ですが、俺は人間というのは弱く脆い物なのだとこの領地を離れて初めて知りました」
「……そうか。一応言っておくが、人間は脆く儚いぞ。体も心も」
「ええ、そのようですね。びっくりです」
「俺はお前のその答えにびっくりだ」
大抵のことでは驚かないアーロだが、この三兄妹にだけはいつも驚かされる。顔に出ないだけで内心は結構驚いているのだが、あいにくそれは誰にも伝わらない。損な性分だ。
「俺はあまり誰も信用しませんが、信じたいという気持ちはあります。ですがノア様は違います。あの人が心の底から信用して全てを委ねてもいいと思っているのは今も昔もお嬢様だけです」
「突然何の話だ?」
「最後まで聞いてください。だからアーロさん、ノア様をこれ以上苦しめないでください。母さんはノア様にとっても本当の母親のような存在なのです」
「……」
まるで何かを見透かしたようなキリの忠告にアーロはゴクリと息を呑んだ。どうやらノアは未だにアーロを信じていないようだ。そして、前の戦争の時の忠告は、今も生きているとそう言いたいのだろう。
「以上です」
「ああ、忠告ありがとう。だがどのみちあちらが勝てばこの星は砕ける。そうなればリサも何も無い。俺は、この星でリサと幸せになりたいんだ」
「ええ」
「例えこの先あちらにリサを奪われたとしても、最終的には必ず取り返す。そういう意味ではお前やアリスやノアの事は二の次だ。俺は俺のやりたいようにリサを守る」
アーロがはっきり言うと、キリは一瞬ちらりとアーロを見て満足げに頷いた。
「そうしてください。これ以上お嬢様やノア様が誰かの心を背負うことなどありません」
「それはお前もだな、キリ」
あまりにもノアとアリスに忠実なキリにアーロがポツリと言うと、キリは珍しく微笑んで言った。
「俺も俺のしたいようにしかしていませんよ、昔から」
「そうか、それならいい」
仲間だけれど仲間じゃない。不思議な感覚ではあるが、嫌いではない。元々はたった一人でずっと戦ってきたのだ。そこに同じ目的の人間がたまたま集まっただけ。そう考えると幾分心が軽くなる。
「俺はあなたの事も嫌いではありませんよ、アーロ。母さんにはあなたぐらいでないと相手は務まりませんし」
「リサか。リサはな……はぁ」
どうしてあんなのを好きなのか自分でも全く分からない。思春期に植え付けられた恋心は本当に厄介だ。
「破天荒で突拍子もない所はお嬢様そっくりです。そういう意味ではノア様からしたらあなたなんて唯一心から語れる相手です」
「アリスとリサを通じてか」
「ええ。あんなあんぽんたんを生涯愛すると決めた者同士ですから感性は大変よく似ていると思いますよ」
「……あんぽんたん……」
酷い言われようだが何も否定出来ない。エリザベスについて最近はアーサーとよく飲みながら語るが、最終的にはいつもエリザベスの料理の下手さに感心して終わる。
「いや、どこに通じてるのかも分からないし、この人達を締め上げて聞き出そう。誰かコイツらを森の仲間牢に入れておいて。皆には逃げようとしたら遠慮なく齧っていいよって伝えておいてね」
ノアが言うと、領民達は神妙な顔をして頷いた。
森の仲間牢はネーミングセンスこそ可愛いが、その実とても過酷な牢で、金網が張り巡らされた森の一部に腹ペコの野生の動物達と一緒に放り込まれるという大変サバイバルな牢なのだ。
死ななければ何をしてもいいよ、と言われると動物たちは遠慮なく囚人たちに襲いかかる。このバセット領特有の牢に放り込まれるのは、ノアの怒りを買った人たちである。
領民達はアリスによってボコボコにされた男たちに同情的な眼差しを向けて森の奥にある牢に連れて行った。
「アリス、そろそろ起きようか。えいっ!」
ノアがアリスのおでこを勢いよく叩くと、ひと暴れしてスッキリしたアリスはハッと目を覚ました。
「あ、あれ? 兄さま? 悪ゴリラは!?」
「アリスが全員退治したよ。それでね、よく聞いて。15人居た赤ん坊のうち、3人しか助けられなかった。捕まえた奴らは森の仲間牢にぶちこんだよ」
「3人……だけ?」
「そう、3人だけ。アリスが到着した時には既に大半は連れ去られた後だった。それでね、どうやらこの湖がどこかへ繋がってるみたいなんだ。夜が明けたらこの湖の調査をするよ」
「……分かった。ごめんなさい……兄さま」
3人しか助ける事が出来なかったと聞いてアリスはしょんぼりと項垂れた。そんなアリスの頭をノアが優しく撫でる。
「アリスのせいじゃない。3人だけなんて言ったけど、はっきり言って1人でも助けられたのは大きいよ。それにこの湖の秘密も分かったんだから、アリスはそんな顔しなくていい」
「……うん」
「お嬢様、反省は後にしてください。一旦家に戻って明日からの準備をしましょう」
キリはそう言ってアリスに助けられた赤ん坊を手渡すと、アリスは泣きそうな顔をして赤ん坊を抱きしめる。
「行くよ、アリス」
「分かった。絶対全員取り戻すから」
「うん」
けれどこの子達は元々罪人だ。何だか複雑な思いが脳裏をよぎるが、アリスはきっとそんな事など考えていない。何せ罪を犯したとしても何かしらの事情があったからだと思うような人だ。
どちらが人間的に正しいのかは分からないが、アリスを悲しませるような事はしたくない。
「アリス、乗るか?」
遠くからそんなバセット三兄妹を眺めていたアーロが三人に近寄ってオードの上から言うと、アリスはコクリと頷いた。
そして何を思ったか差し出したアーロの手を引っ張ってアーロを引きずり落ろし、無言でノアをオードに押し上げて自分もその後ろに乗り込む。
「この子、熱あるみたい。早く帰らないと」
「そうなの? 分かった。それじゃあしっかり捕まってて」
ノアはそれだけ言うとちらりとキリを見て頷き、その場から走り去ってしまう。
「何故、俺が降ろされたんだ」
半ば無理やり馬から引きずり下ろされたアーロがポツリと言うと、そんなアーロにキリが隣からすぐさまクマ用の鞍を差し出してくる。
「あなたが馬になど乗ってくるからです。はい、これ鞍です」
「……ありがとう」
アーロはクマ用の鞍を受け取って周りを見渡すと、そこにはパパベアしか居ない。
「すまない、乗せてくれるか?」
「ぐぉ」
「ありがとう」
大人しくその場に座り込んだパパベアに黙々と鞍をつけたアーロは、パパベアに跨る。
「では俺たちも戻りましょう」
「ああ」
アーロが返事をした途端、パパベアとちびベアが走り出す。馬の衝撃とは随分違う、この跳ねるような感覚は鞍なしでは絶対に乗れない。
「しかし何だな。人生の中でまさかクマに乗る日が来ようとはな」
「人生とは不思議なものです。まぁ、俺はずっと乗っているので今更ですが」
「……バセット領は特殊なんだ。最初ここへやってきた時、どこの地獄に紛れ込んだのかと思った」
「そうですか? ですが母さんの様子を見にちょくちょく来ていたのでしょう?」
「それはそうだが、お前たちがやってきてからここは随分……様変わりした。お前たちが大きくなってからは言わずもがなだ。特にアリス」
まさかあれがエリザベスの娘だったとは夢にも思わなかったアーロだったけれど、よく見ればどこからどう見ても若い頃のエリザベスに姿形がそっくりである。
ユアンもエリザベスの子供が流れていると思い込んでいたようなので、まさかアリスが自分の娘だとは思いもしていないだろう。きっと、今もどこかでひっそりと暮らしていると思い込んでいるに違いない。
「お嬢様と一緒にされるのは不本意ですが、俺は人間というのは弱く脆い物なのだとこの領地を離れて初めて知りました」
「……そうか。一応言っておくが、人間は脆く儚いぞ。体も心も」
「ええ、そのようですね。びっくりです」
「俺はお前のその答えにびっくりだ」
大抵のことでは驚かないアーロだが、この三兄妹にだけはいつも驚かされる。顔に出ないだけで内心は結構驚いているのだが、あいにくそれは誰にも伝わらない。損な性分だ。
「俺はあまり誰も信用しませんが、信じたいという気持ちはあります。ですがノア様は違います。あの人が心の底から信用して全てを委ねてもいいと思っているのは今も昔もお嬢様だけです」
「突然何の話だ?」
「最後まで聞いてください。だからアーロさん、ノア様をこれ以上苦しめないでください。母さんはノア様にとっても本当の母親のような存在なのです」
「……」
まるで何かを見透かしたようなキリの忠告にアーロはゴクリと息を呑んだ。どうやらノアは未だにアーロを信じていないようだ。そして、前の戦争の時の忠告は、今も生きているとそう言いたいのだろう。
「以上です」
「ああ、忠告ありがとう。だがどのみちあちらが勝てばこの星は砕ける。そうなればリサも何も無い。俺は、この星でリサと幸せになりたいんだ」
「ええ」
「例えこの先あちらにリサを奪われたとしても、最終的には必ず取り返す。そういう意味ではお前やアリスやノアの事は二の次だ。俺は俺のやりたいようにリサを守る」
アーロがはっきり言うと、キリは一瞬ちらりとアーロを見て満足げに頷いた。
「そうしてください。これ以上お嬢様やノア様が誰かの心を背負うことなどありません」
「それはお前もだな、キリ」
あまりにもノアとアリスに忠実なキリにアーロがポツリと言うと、キリは珍しく微笑んで言った。
「俺も俺のしたいようにしかしていませんよ、昔から」
「そうか、それならいい」
仲間だけれど仲間じゃない。不思議な感覚ではあるが、嫌いではない。元々はたった一人でずっと戦ってきたのだ。そこに同じ目的の人間がたまたま集まっただけ。そう考えると幾分心が軽くなる。
「俺はあなたの事も嫌いではありませんよ、アーロ。母さんにはあなたぐらいでないと相手は務まりませんし」
「リサか。リサはな……はぁ」
どうしてあんなのを好きなのか自分でも全く分からない。思春期に植え付けられた恋心は本当に厄介だ。
「破天荒で突拍子もない所はお嬢様そっくりです。そういう意味ではノア様からしたらあなたなんて唯一心から語れる相手です」
「アリスとリサを通じてか」
「ええ。あんなあんぽんたんを生涯愛すると決めた者同士ですから感性は大変よく似ていると思いますよ」
「……あんぽんたん……」
酷い言われようだが何も否定出来ない。エリザベスについて最近はアーサーとよく飲みながら語るが、最終的にはいつもエリザベスの料理の下手さに感心して終わる。
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