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第283話 ドロシーはやっぱりヒロイン体質

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 そんな事オリバーからは何も聞いていない。固まったドロシーは何か言おうとして手を握りしめると、もう一度チビアリスの頬を撫でて痛そうな肩の痣に気づいて何かをチビアリスの首にかけた。

「それは?」
「私の魔力が詰まった魔石だよ。私の白魔法は本来、血を浄化するの。だから色んな病気に効くんだけど、その力が詰まった魔石を持っていたら、もしかしたら何とかなるかもしれない」
「ありがとう、ございます!」
「うん。ごめんなさい、こんな事しか出来なくて……」
「とんでもないです! 何が効くかも何が原因かも分からないのですから、何でも試してみる価値はあります。ドロシーさん、その……あまりオリバーを怒らないでやってくださいね……」

 多分、自分は余計な事を言ってしまったのではないだろうか。ドロシーの冷たい横顔がそれを物語っている。

「怒るだなんて。オリバーが私に話してくれなかったのは、私が頼りないから。でも……流石に今回はちょっと堪えた……かも」

 心が冷えると言うのはこういう事をきっと言うのだろう。

 ドロシーは顔を上げてアラン達にお辞儀をすると、誰にも何も告げずにそのままチャップマン商会に戻りサシャを連れて荷物をまとめ、妖精手帳に『ライラ』と書付けた。 
 
 
 
「私! 今すぐオリバーと離縁します!」

 ドロシーはそう言って部屋に到着するなり、目の前の人物に飛びついた。オリバーは何か迷うとまずはリアンに相談に行く。それについていくうちに、いつの間にかドロシーはライラに相談するようになっていた。

 本当はマリーやエマに相談したいが、あの二人はドロシー贔屓が過ぎていつも相談にならないのだ。

「り、離縁? ど、どうしたの? ドロシー。何かあったの?」
「穏やかではないな。地味男と何かあったのか?」
「……ん?」

 目の前に人影が見えたからてっきりライラだと思い込んでいつものように飛びついたが、ライラではない声が聞こえてきてドロシーが恐る恐る顔を上げると、目の前には何故かキャロラインが居る。そしてその隣にはティナだ。

「ひいっ!? お、王妃様!? ティナ様まで!」

 自分が勢い余って飛びついたのがライラではなくてキャロラインだったのだと知ったドロシーは、すぐさまキャロラインから離れて頭を床にこすりつけた。

「す、すみません! てっきりライラかと!」
「いやだわ、ドロシーってば! 私はこんなにスタイル良くないわ」

 床に頭を擦り付けるドロシーを立たせてライラはコロコロと笑うと、ドロシーの背中が急に軽くなった。

 振り返るとミアがドロシーの背中からサシャを外してニコニコしながらあやしている。

「落ち着いてちょうだい、ドロシー。一体どうしたの? そんな血相を変えて離縁だなんて」

 今は作戦中で本来そんな話をしている場合でもないが、仲間の離縁だと聞いては黙ってはいられない。

「い、いえその話はまた今度に……すみません、何かお話の途中……だったんですよね?」

 そう言ってドロシーが一歩下がって頭を下げると、ティナが声を上げて笑った。

「話し合いの最中ではあったが、どのみち行き詰まっていたんだ。お前が来ようが来まいが進まないものは進まない。気にするな」
「そうね、ティナの言う通りだわ。少しだけ冷静になれたわ」

 ティナの言う通り何も分からない状態で話は行き詰まっていたのだ。

 キャロラインはため息を落としてソファに座ると、すっかり冷めてしまったお茶を一口飲んだ。

「それで、どうしたの? ドロシー。サシャまで連れて」
「それが――」

 起こった経緯を皆に話すと、一番最初に眉を吊り上げたのはミアだった。

「それは酷いです! 私でもすぐに離縁します!」
「ミア、落ち着いてちょうだい。でもオリバーの気持ちも分かるわ。多分、彼はあなたを守りたかったのよね?」
「それは……はい、そうだと思います。でも、守られて何も教えてもらえないのと、巻き込まれてもちゃんと相談してくれるのでは、相談してくれる方が……私はいいです」

 言いながらドロシーは鼻をすすってサシャの首にかかった魔石を撫でた。

 ほんの数日だったが、アーバンはサシャの面倒をずっと見てくれていたのだ。そのサシャにアーバンはスルガと出る直前、魔石のプレゼントをしてくれた。

『そんなに泣くなよ、サシャ。すぐに戻ってくるよ! そうだ! これお前にやるよ! アラン様が魔法をかけてくれたんだ。これでいつでも俺と会えるよ!』

 そう言ってサシャの首に魔石のペンダントをかけて、彼は誇らしげにスルガについていってしまった。

 その事がこんな大事になるだなんて思いもしなかったのだ。だからチャップマン商会の誰もアーバンを止めはしなかった。

「私、何も知らなかった。サシャにこんな魔石までプレゼントしてくれた優しい子に何かあったら……アリスちゃんもあんな事になってるし……どうしよう、ライラ!」

 オリバーの件だけでは無い。何も知らなかった故に起こってしまった事は、思いの外重大な事だったのではないのか。もしも知っていたら何か違う対策を取ることも出来たのではないか。

 オリバーだけが悪いわけではない。何も考えず、何も調べなかった自分の責任でもあるのだ。

 鼻をすすりながらドロシーが心の内を全て話すと、何故かその場に居た全員が固まった。

「ドロシー……お前は知らず知らずに物凄い情報をいくつも持ってきているぞ……気づいているか?」

 驚いたようなティナの声にドロシーはようやく顔を上げて首を傾げる。

「え?」
「ドロシー! サシャのその魔石はアーバンがくれたの!?」
「は、はい。アラン様に貰ったんだって。秘密の通信機だから、寂しくなったらいつでも連絡してこいって……」
「なんてこと! ドロシー! サシャ! お手柄よ!」
「へ? えっと、え?」
「実はね、アーバンがスルガさんに付いていったのにはちゃんと訳があるの。彼はスパイのような立ち位置であちらに紛れ込むつもりみたいなのよ。スルガさんもそう、彼は定期的に色んな手段を使って私達に情報をくれているの。でもね、アーバンが行っちゃったのはいいんだけど、どうやって彼の行動をこちらに送るんだろうって話になっていたのよ」
「そこへ! お前がサシャを連れてやってきたという訳だ! そうか、アーバンはサシャに何か渡す分には何も怪しくないとふんだのか! 彼は賢いな! サシャもドロシーもお手柄だぞ!」
「う、うん?」

 よく分からないがめちゃくちゃ褒められたサシャは手を振り回して喜んでいるが、ドロシーはまだ何が起こっているのかよく分からない。

「それで、チビアリスはどうしたの?」

 まだ目を白黒させているドロシーにキャロラインが問うと、ドロシーはハッとした顔をしてキャロラインにしがみついた。

「そうだった! アリスちゃんが大変なんです! 私もよくは分からないんですが、体調が悪いって休んでてそのまま目が覚めないって! 心音が凄く弱ってるって! その上チラっと見えた肩の痣が何だか変で……」
「なんですって!?」

 ドロシーの話を聞いたキャロラインはガタンと音を立ててソファから立ち上がった。

 そんなキャロラインを他所に意外と冷静なライラがドロシーの手にそっと手を重ねて優しく言う。

「それで? 痣が変って、どう変だったの?」
「なんかね、赤く腫れ上がってたの。まるで本物のバラみたいだった」
「おかしいわね。私も何度かチビアリスに痣を見せてもらったけれど、もうほとんど目立たなかったわ」
「そうだよね? 私もよくお風呂とかに一緒に行くから変だなって」
「ドロシーさんはやっぱりヒロインですね! アリスさんと同じで運があちらから舞い込んでくる体質のようです! オリバーさんはどうしてそれを理解しないのでしょう!?」
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