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第286話 ヒロインの性

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 見当違いに意気込んだアリスを見てノアはとうとう堪えられなくなったようでお腹を抱えて笑い出した。本当に悪魔である。

「ノアお前なぁ、どうすんの? アリスちゃん無駄にやる気出してんじゃん」
「でも手っ取り早いでしょ? アリスのカップリング厨を舐めちゃ駄目だよ。この人、何としてでも狙った獲物たちをくっつけようとするから」
「いや、獲物って……まぁいいや。俺たちも行こうぜ」

 どんな理由であれアリスがさらにやる気を出したのは良い事だ。未来に絶望して動くより、何か目標があった方が良い。それがたとえ仲間の離婚問題だとしても。

 
 角を曲がるとそこにはオリバーの言う通りアーロとリアンが居た。二人とも静かに廊下の絵をしげしげと眺めている。

「おーい、二人とも~!」
「ん? ああ、あんた達か。戻ったんだ」
「待たせてごめんね! 心の友よ!」

 そんな事を言うなりアリスはリアンに飛び付こうとしていつもの如く避けられる。

「別に待っちゃいないよ。暇だからアーロと絵の鑑賞してたんだ。ね?」
「ああ。このまま美術館になりそうだなと思っていたところだ。俺は絵も一応嗜んだが、ここのタッチは素晴らしいぞ」
「あんた絵までやってたの!? 本気で何でもやってたんだね? もしかしてそれもリズさんの為?」
「ああ。いつかリサが絵姿を頼んでくる日が来るかもしれないと思ったのだが、絵は才能が大半を占めるという事に気づいてな」

 一度見たら忘れないアーロはどんな景色も描くことが出来たけれど、写実的な絵しか描くことが出来なかった。それでは絵描きとしては不十分だと悟り、途中で辞めたのだ。

「もうちょっとこの人怖いよ!」

 思わず突っ込んだリアンにノアも頷こうとしたが、隣からカインが小声で言う。

「いやお前、お前だけはアーロ笑えないからな? 幽閉されてた間ずっとアリスちゃん描いてたんだろ?」
「……そうでした。何となくアーロとの接点がありすぎるね、僕」
「全くだよ。そっくりだよ、お前ら」

 特にアリスとエリザベスの事になると見境が無くなる所など瓜二つである。

 
 アリス達がどうでもいい話をしていると、ようやくオリバーがキリ達を連れて戻ってきた。

「遅くなりました。そちらは思ってたよりも早かったんですね。で、地上はどうでした?」

 シャルの質問に答えたのかカインだ。

「どうこうもない。やっぱバラってのは元奴隷みたいだ。チビアリスもリゼちゃんと同じ状態になってて、アランが今色々やってるらしい。それからアーバンとリリーさんが連れて行かれた。ただアーバンの方は自ら行ったみたいで、サシャに通信機を渡してったらしい」
「サシャに!? え、どういう事っすか!? ドロシー達は無事なんすよね!?」

 カインの言葉を聞いてオリバーは目に見えて青ざめた。出来るだけドロシーとサシャは巻き込みたくないというのに、一体何故そんな事になっているのだ!

「もちろんドロシーちゃんもサシャも無事だよ。むしろドロシーちゃんからキャロライン達の所に来てくれたみたいだぞ。そのおかげで今もアーバンからの情報が逐一流れて来てるってさ」
「流石ドロシー! ヒロイン属性は伊達じゃないね」

 これみよがしにノアが言うと、オリバーは苦い顔をして俯く。そんなオリバーにノアは畳み掛けるように言った。

「オリバーは幸せものだね。積極的に動いてくれる奥さんが居て」
「……っすね」

 何とも言えない気分にオリバーは小さなため息を落とした。危ないことからは出来るだけドロシー達を遠ざけたかったけれど、やはりヒロイン属性というのは死ぬまで続くようだ。

 落ち込むオリバーの肩をノアがポンと叩いた。顔を上げるとノアは何故かニコッと笑っている。

「一個だけオリバーに教えといてあげるよ。ヒロイン属性っていうのはね、決して裏方には回れないんだ。必ず話の中枢部分に食い込んでくるんだよ。言わばいつでも物語の主人公を張れるんだ。だから君がいくらドロシーに裏方を望んでもそれは無理だし、最悪ヒロインは自分が主人公になれるような場所に必然的に落ち着こうとする。これはもう、ヒロインの性なんだよ」
「……どういう意味っすか?」
「えー、言わなきゃ分かんないの? つまり、ヒロインをあんまり閉じ込めると違うヒーローの所に逃げ出すよって言ってるの。ゲームは終わっても、性格やなんかはしっかり受け継いでるんだから。それは忘れちゃ駄目だよ」
「……っす」

 ノアの言葉を聞いてオリバーは頭を思い切り殴られたような気持ちになった。

 危ないからと言ってずっと閉じ込めるのは、ドロシーが花街に居た時と同じだ。あの生活が嫌で飛び出してきたドロシーを自分はまた閉じ込めようとしていたのかもしれないと思うと、今までの自分を殴りたくなってくる。そのくせ都合の良い時だけ頼るだなんて、そんな勝手が許される訳がない。

 オリバーはスマホを取り出してポチポチとドロシーにメッセージを打ち出した。そんなオリバーをノアが横から覗き込んでくる。

「何してんの?」
「キャロラインの所に居るんなら、多分大方の事情はもうドロシーは知ってるんっすよね?」
「多分ね」
「それじゃあもう俺が何したってドロシーは首突っ込むんで、これから手を借りると思うからよろしく、って伝えとこうと思って。あと、黙っててごめんって」
「ふぅん。惜しいなぁ。あと一歩だったのにな~」

 ニコニコしながら意味深な事を言うノアをオリバーは軽く睨むと、アーロを見上げた。

「これ送りたいんで、子供部屋のドア開けて欲しいっす」
「ああ。それじゃあ開けるぞ」

 アーロはそう言ってノアから返してもらった金のピンをリアンが見つけた穴に差し込んだ。その途端、うっすらと壁にドアが浮かび上がり始める。

 やがて完全にドアが現れると、仲間たちは互いの顔を見合わせてゴクリと息を呑んだ。

「開けるぞ」
「うん!」

 静まり返る仲間たちの中でひとり元気なアリスが返事をすると、アーロは何の躊躇いもなくドアを勢いよく開け放つ。

 そして部屋の中の光景と、立ち込める異臭に誰もが息を呑んだ。

「こ、これは……」
「なに……これ……なにこれぇ!?」
「……死んでる……のか?」

 部屋の中には十数人ほどの子供がぐったりとあちこちに倒れていた。皆ピクリとも動かず、息をしている様子さえない。

 その様子を見て一番に駆け出したのはアーロとバセット兄妹だ。

「わずかだが息はある。ノア、キリ、アリス、そちらはどうだ!?」
「こっちも同じだよ。ただ皆リゼちゃんと一緒だ。熱が高い!」
「お嬢様! 水の手配を!」
「よしきた! 皆、なにボサっとしてんの!? 早くこの子たちをディノの地下に連れてって!」

 アリスが叫ぶと、ようやくルーイがハッとした顔をして動き出そうとした所をシャルが止めた。

「アーロ、ピンを貸してください。全員一気にオズワルド達の所へ送ります」
「ああ」

 シャルに言われて金のピンを渡すと、シャルはドアをまたぐように立って何やら詠唱し始めた。それと同時に子供たちの姿が消える。

「オズに伝えるよ。シャル、ありがとう」
「いいえ。ディノの魔力を少し借りたので問題ありません。それよりもここが子供たちの部屋、ですか」

 それにしてはあまりにも環境が劣悪だ。シャルは周りを見渡しながら言うと、既に部屋の中を調査していたリアンが部屋の奥から声を荒らげる。

「ちょっと! こっちにもまだ一人居る! この子まだ意識あるよ! 君! 大丈夫!?」

 部屋の奥の雑多に積まれた荷物のさらに奥に一人の裸の少女が蹲っているのが見えたリアンは、急いで少女に近寄って上着をかける。
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