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第288話 キリの説得力

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「あ、見てぇ~! ここに穴があるよぉ~!」

 大きな棚のちょうどその裏に、小さな穴を発見したユーゴが言うと、ルーイとアーロが足早にやってきた。

「よく見つけたな、ユーゴ」
「まぁねぇ。アーロ、これ開けてよぉ」
「ああ。皆、いいか?」

 アーロはそう言って振り返ると、全員が真顔で頷く。


 隣の部屋はとにかくごちゃごちゃしていた。足元には子供用のドレスやフロックコート、靴などが散らばっていて乱雑だ。

 部屋には大きな鏡が壁一面に張り巡らされ、そのすぐ下には長机が添えつけられている。机の上には使いかけの化粧品の入れ物や筆、アクセサリーなどがごちゃごちゃと置いてあった。

 床はフカフカの絨毯で、部屋の奥にはシャワー室まで完備されている。

「これは……どこかの劇場の控室のようですね」

 ポツリとシャルが言うと、それまで唖然として部屋を見渡していた仲間たちも頷く。一体どうやってこんな施設を作ったのだ。

 おまけに先程の部屋とは打って変わって、今度は香水や化粧品の匂いが充満している。

「兄さま~臭いよ~」

 香水でさえ自然派アリスは、この人工的に作られた香りが昔からどうにも苦手だ。

「はい、これ。一応全員分持ってきといて良かった」

 鼻をすすりながらそんな事を言うアリスに、リアンがサッと粉塵マスクを手渡した。それを受け取ったアリスはすぐさまマスクを付けてリアンに飛びつく。

「ありがとう、リー君! 心の友よ!」
「分かった分かった。分かったから離れて! うわぁ!?」

 アリスに飛びつかれた拍子にバランスを崩したリアンは、そのままアリスと共に後ろに倒れ込んだ。その結果、二人して後ろにあったオープンクローゼットに倒れ込む。

「いった……あんたね! ただでさえ馬鹿力なんだからちょっとは加減を――あ」
「ごめん! どっかぶつけた!? だいじょう――あ!」

 同時に叫んだ二人は、やっぱり同時に何かを見つけて声を上げた。

「二人とも大丈夫?」

 大量のドレスの中に倒れ込んで行った二人に手を差し伸べたノアに、アリスとリアンが同時に言う。

「「鍵穴発見!」」

 沢山かかったドレスの裏に小さな穴が開いている。そんな二人をドレスの中から助け起こしながら苦笑いしてノアが言った。

「なんだかんだ言いながら君たちは仲良しだね。皆、鍵穴見つかったってさ」


 次に入った部屋はとても地下とは思えないほど豪華な部屋だった。

 一見すればどこかの王族が住んでいるのかと思えるほどの豪華さと反比例して、ところどころに何やら不穏な血痕らしきものが飛び散っている。

「ここはまた……なんていうか、凄い所っすね……」

 あまりの絢爛豪華さに息を呑んだオリバーとは違い、公爵位組のカインとアーロは部屋の調度品を見て感嘆の声を上げた。

「このランプ、すっごい年代物だぞ。まだ現役で動いてんのか」
「このベッド自体がもう相当古そうだが……美術品としての価値は素晴らしいな」
「問題は、ここは誰の何をする為の部屋かということですよ。劇場の裏側みたいな部屋から続きでこの部屋に繋がっていたという事は?」
「調度品とか見ても多分、偉い人達の部屋だろうね。あの劇場裏の部屋で子供たちの支度をさせてここに送り込んでたのかな」
「そうとしか考えられないよな。でも別に個人の部屋って訳でも無さそうだ。ほら」

 そう言ってカインはベッド脇のサイドテーブルの上にあったノートをノアに投げて寄越してきた。

「これは……台帳? あーあー、これは物凄い証拠だね」
「何なんだ? 何が書いてある?」

 ノアの後ろからノートを覗き込んだルーイはそれを見て眉を吊り上げた。

「ここを利用した者たちのサイン、か」
「みたいだよ。ご丁寧に誰がどの子を相手にしたかまで書いてある」
「……さいってー」

 ノアの言葉を聞いてリアンは顔をしかめ、オリバーは無言で青ざめている。

「これは立派な証拠品だ。預かるぞ」
「もちろん。もしかしたらこれもユアンかスルガさんがここにわざわざ置いてくれたのかな」

 こんな物を無造作に放り出しておくとは思えない。これはきっと、二人のどちらかがわざとここに置いておいてくれたのだろう。

 ノアはルーイに台帳を渡してじっくり部屋を見渡していると、アリスが袖口を引っ張ってきた。

「ねぇねぇ兄さま、ユアンってやっぱりあの人なんだよね? あの処刑されたって言ってた人」

 皆がノートに夢中になっている中、ふとアリスが言った。それを聞いてノアはニコッと笑う。

「どうして? 別人だって言ったよね?」
「言った。でも本当は違うよね?」
「……なんでそう思うの?」
「何でって、だってあの時宝珠の中でユアンが言ってたじゃん。処刑された時にあいつに最後の言葉伝えられなかったって。あいつって、アーロなんだよね? だったらあのユアンしか居ないでしょ? 何か皆その事に全然触れないから変だなってずっと思ってたんだよ。ユアンっていい人なの? それからユアンが言ってたアーロの想い人って……リズさん、だよね?」

 ずっとずっと不思議に思っていた事。本当はあの宝珠を聞いた時に聞きたかったが、どうやら皆はアリスにだけ黙っている事があるようだ。

 仲間外れにされている事に気づいてしまったアリスを見て、キリが大きなため息を落とす。

「ノア様、これ以上はお嬢様には隠せません。全て話しましょう」
「キリ? 急に何を――」

 止めるノアを無視してキリはアリスの肩をしっかりと掴んで言った。

「いいですか、お嬢様。我々はあなたにずっと嘘をついていました。確かにあなたの言う通り、ユアンとは、あの時処刑されたはずのユアンです。そしてユアンに捨てられたのはお察しの通り、エリザベスさんです。ここまではいいですか?」
「う、うん」

 いつになく真剣なキリにアリスはゴクリと息を呑んで頷いた。キリの隣ではノアまで顔面蒼白になっていて、もしかしたら何か聞いてはいけない事を聞いてしまった気になる。

「この事をお嬢様に黙っていたのは――あなたがあまりにもお花畑だからです」
「……ん? 今何て言った?」

 これから何を聞かされるのかと身構えたアリスは、一瞬キリが何を言っているのか分からなくて思わず聞き返してしまった。

「だから、あなたがお花畑が過ぎるので、と言いました。あなたがもしもこの事を知れば、あなたはどうしていましたか?」
「どうって……えっと、ユアンを捕まえに……行く?」
「そうです。あなたは後先考えずにエリザベスさんの為だと言って突っ走り、確実に作戦を無視してユアンを捕えようとしたはずです。ですが見てください。結果はどうです? ユアンはこちらに有利な情報をどんどん教えてくれていますね?」
「う、うん」
「ではもしあなたがその宝珠を聞いて飛び出していたら? どうなっていました?」
「ユアンは……捕まって、情報もこっちには流れて来ない?」
「その通りです。我々が黙っていたのは、あなたのお花畑は度が過ぎているという事を理解していたからです。敵を欺くにはまず味方から、と言うでしょう?」

 淡々と言うキリをじっと見ていたアリスは、突然ニカッと笑った。

「な~んだ! そっか! 仲間外れにされてるんだと思ってた!」
「馬鹿ですか。あなたを仲間外れなんかにしたら後々厄介だと言うことが分かっているのに、そんな事をするはずがないでしょう?」
「だよね! でもじゃあ、結局ユアンって味方なの!? でもエリザベスさんに酷いことしたんだよね!? 殺人とかもしたって聞いたよ!?」
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