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第289話 消えゆく文化

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「いや、それに関しては俺が確かめてきた。ユアンとエリザベスの間には愛情はなくても友情は今もしっかりあるようだ。まぁそれはリサからの一方的なものではあるが。殺人の件についてもハリーが今調べてくれているが、もしかしたらユアンは何も関与していない可能性がある」
「えっ!? そ、そうなんすか?」
「ああ。殺されたというユアンの妻達はその後全員消息を絶っている。つまり、今も行方不明なんだ。何よりユアンの処刑当時はリサと離婚後に再婚して妻を殺害したと言われていたが、恐らくそれも違う。ユアンの最後の妻はリサだ。ユアンがリサに手を出したのは、それ以上犠牲者を出さない為だったのかもしれない」

 妊娠が分かってエリザベスを放り出した事でユアンは恐らく、何らかの取引をスチュアート家としたはずだ。そして表舞台から姿を消した。

「つまり、ユアンはリズさんと結婚する前に本当は既に結婚していて何人かの妻を失った後だったかもしれないって事?」

 ノアの言葉にアーロは頷いて持っていた金のピンを握る。

「そうだ。そしてその事はスチュアート家が隠していたんだろう」
「何のためにそんな事すんの? 意味わかんないんだけど」
「処刑する為だよ。ユアンがいつか何かに失敗した時、ユアンを表舞台から消すための道具だったって事なんじゃないかな」
「エグイなぁ」

 ポツリとカインが言うと、仲間たちは全員が俯く。

「それじゃあ……ユアンってもしかして本当に巻き込まれただけって事!? そんで処刑されたの!?」

 単純アリスはそう言って拳を握りしめると、アーロはそんなアリスを見下ろして言った。

「かもしれない、だ。本当の所は分からない。だが、ユアンの結婚歴は偽造されていたと言うことだけは分かっているし、リサがスチュアート家に嫁いだ時に居たメイドに話を聞くと、金を掴まされていた事も証言したそうだ。スチュアート家がどんな話をばらまいたのかはもっと調べなくては分からないが」
「そんな……兄さまより酷いね……」
「う~ん、そこと比べられるのはちょっと心外だなぁ。それよりもアリス、そういう訳だったんだよ。黙っててごめんね?」

 ノアはそう言ってしょんぼりしているアリスの頭を撫でた。てっきり怒り出すかと思っていたが、アリスは小さく首を振って言う。

「ううん、私、あの時にそれ聞いてたら絶対突っ走ったと思うから……ねぇ兄さま、ユアンも……助けてあげられないかな? だって、リズさんのお友達なんでしょ?」
「アーロが確認してきたぐらいだからそうなんだろうね。でも……どうかな。ユアンはもう覚悟決めてしまってるみたいだから」

 本当の事を言えば、ノアだってユアンの事情を知ってしまった今となってはどうにかしてユアンを救いたい。何せアリスの実父だ。彼が居なければバセット家に今のアリスは居なかった。

「でも……可哀想だよ……」
「……そうだね」

 少しだけ罪悪感を感じているノアは、今にも泣きそうなアリスの頭を撫でた。

「俺も出来るだけの事はするつもりだ。本人には俺が殺してやるとは告げてきたが、どうにかして生かす方に動きたい」
「でもさ、それはユアンには酷なんじゃね? あいつお前の事好きなんだろ? だったらなかなか友人とかにはなれないと思うけど」

 一生片思いで居ろ、と告げるのはもしかしたらユアンにとっては死ぬより辛いことかもしれない。カインの言葉にユーゴが頷く。

「そうだよぉ。想いが通じないって、ほんっとうに辛いんだからねぇ?」
「長年片思いしていた奴の言うことは説得力があるな」
「俺ぇ、この戦争が終わったらプロポーズするんだぁ。だから絶対生きて帰らないとぉ」

 ユーゴが顔を輝かせて言うと、アリスとシャルとノアがギョッとした顔をして慌ててユーゴの口を塞ぐ。

「それは言ってはいけません!」
「駄目だよ! それフラグだから! しかも何でそんな一言一句丁寧になぞるの!?」
「そうだよ! いわゆる死亡フラグだよ! そんな事言う人が真っ先に死ぬんだから! 取り消して!」

 三人に詰め寄られたユーゴは目を白黒させて叫んだ。

「分かった! 分かったからぁ! 取り消す! 結婚しないよぉ!」

 ユーゴが叫ぶと、ようやくアリスとノアとシャルが手を離してくれた。

「ならヨシ! で、ユアンだよ。とりあえず助けた後の事はまたその時考えよ! そうと決まれば次の部屋へしゅっぱ~つ!」

 機嫌をすっかり直したアリスが言うと、仲間たちは何とも言えない顔をして曖昧に頷いた。

「ねぇ、あいつちょっと単純が過ぎない?」
「リー君、シッ! あれはアリスの良い所なんだから!」

 コソコソとノアに耳打ちしてくるリアンにノアが言うと、リアンは哀れみの視線をアリスに向けた。



 その頃キャロラインとシエラ、そしてアーシャは仰々しい護衛を付けてメイリングの城下街を練り歩いていた。

 これでもか、と言うほど派手な一行にメイリングの行き交う人たちが驚いて凝視し、そこにキャロラインが居ることが分かるとすぐさま頭を下げた。

 キャロラインの功績は最近になってやっとメイリングに入ってくるようになった。他所の国と極力繋がりを持たなかったメイリングの下層地域にチャップマン商会からのお裾分けが届くようになったのがきっかけだ。

 定期的に届く見たことも無い食料品や、豪華ではなくても衣類やタオルなどが箱に沢山詰められているという噂を聞いて、最近では城下街の人たちすら、その箱が届くのを心待ちにしていた。

 それほどに、メイリングの経済状況は悪くそれについての施策が何もされていないと言う事だ。

「……酷いわね。これが一番栄えている場所なの?」

 ポツリとキャロラインが言うと、シエラもアーシャも無言で頷いた。

 さっきからずっとメイリングで一番大きな通りを見て来たが、大通り沿いの店舗は大半が閉まり、空き家になっている。中にはもう何年前に閉めてしまったのか、朽ち果てそうな店舗まであった。そんな物があると言うことは、その後に誰も入らなかったという事だ。

「今まで敵国だと思って見て見ぬふりをしてきましたが……私達は何て罪深い事をしてきたのでしょうか……」

 懺悔でもするかのように呟くアーシャの肩をシエラがそっと慰めるように撫でる。

「アーシャ様のせいではないです。メイリング王達のせいです! もっと早くに和平交渉していれば、こんな事には……きっとならなかった」
「そうね……」

 キャロラインはそう言って立ち止まり、美しいカーテシーを披露して見せた。それを見て控えめではあるがあちこちから拍手がパラパラと聞こえてくるけれど、誰も助けてほしいとは名乗りを上げない。

「もっと拍手とかあるかなと思ってました」

 キャロラインのカーテシーを見ても何だか思っていた反応とは違う。シエラが言うと、キャロラインは静かに首を振った。

「私達が自国を愛しているように、彼らもまた自国を愛しているのよ。レヴィウスと和平を結ぶということは、レヴィウスの属国になり、いずれは吸収されてしまうかもしれない。彼らはそれを恐れているの」
「そっかぁ……そうですよね。誰だって、生まれた国が好きですよね」
「そうよ。だから私はメイリングには新しく王が立つべきだと思うわ。どこの属国でもなく、一つの国としてここはこれからも進んで行ってほしいもの」

 今回の事でメイリングの事をもっと知ろうと思って沢山の文献を読み漁ると、メイリングには面白い習慣や言い伝え、伝統があった。

 属国になればそれらはきっと排除されてしまうだろう。一つの民族が消えるのだ。それは寂しいと純粋に思ったキャロラインだ。
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