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第299話 愛を知ったオズワルド

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 コクリ。影アリスは頷いて、続いて何やらジェスチャーをし始めた。それをじっと見ていたノエルは何かに気付いたようにポンと手を打つ。

「あ、もしかして冷凍睡眠的な事!?」

 コクリ! ノエルの言葉に影アリスは勢いよく頷いてオズワルドの腕を引っ張る。

「おい、何だよ、冷凍睡眠って」
「コールドスリープって言う奴だよ。父さまが前に教えてくれたんだ。体の組織とかを壊さずに上手に冷凍すると、時を止める事が出来るんだって。そういう技術が父さまの世界にはあったんだよって。まだ実用化はされてないけど、時間の問題だったんじゃないかなって言ってたんだ」
「コールド……スリープか」

 確かに出来ないことは無いかもしれないが、それはあまりにもリスクが高くはないか。

「うん。それと前にレックスが言ってたんだけど、この地下には妖精王の加護がない人たちの魂も凍結されてるって言ってた。それと同じようにリゼも体ごと凍結させる事が出来たら……」

 オズワルドの腕の中のリーゼロッテはまだかろうじて呼吸をしている。額に大粒の汗を滲ませ、涙を零しながらオズワルドの名前を微かな声で呼ぶリーゼロッテ。いつまでこんな状態が続くのか、リーゼロッテには地獄のように苦しいのではないのか。それならば一時だけでも眠らせてやった方が楽なのではないのか。

 早口でノエルが言うと、しばらく考えていたオズワルドがようやく渋々ではあるが首を縦に振った。

「分かった。冬の庭の凍土にリゼを連れて行く。お前たちはここに居ろ。凍ったら洒落にならない」
「分かった。影母さまはオズに付いて行って」

 コクリ。そして二人は冬の庭に消えていく。そんな後ろ姿を見送ってふとスマホを見ると、ちょうど地上の仲間たちを呼びに行っていたレックスから連絡が入った。

『ノエル! どこに居るの?』
「あ、ごめんね。リゼの体調が悪化して、今冬の庭に来てるんだ。そっちは皆と合流出来た?」
『うん、皆揃ったよ。キャロラインが送ってきてくれた。地上でも何か起こったみたいだ。それからカイン宰相達にも会った。僕たちものんびりしていられなくなってきた』
「キャロライン様とカイン様? 分かった、すぐ戻る」
『うん。それから妖精王と連絡がつかなくて困ってる。ノエルは連絡つくか試してみて』
「分かった」

 スマホを切ったノエルはそのまま妖精王に連絡をしたが、レックスの言う通り全く連絡がつかない。

「……駄目だ。一体どうしちゃったんだろう」
「どうかしたのですか?」

 レオの問いかけにノエルは頷いて今レックスに聞いた事を説明すると、レオもカイも自分たちのスマホを使って連絡を試みる。

 が、やはり繋がらない。

「駄目ですね。スマホが繋がらない場所に居る、という事でしょうか」

 スマホは魔力と連動しているので電源が落ちるということはまず無い。妖精王は確かにオズワルドに魔力を取られているが、スマホを使うぐらいの魔力は残っているはずだ。それが繋がらないということは、魔力が使えない状態にあると言うことだ。

 おまけにディノの地下だと言うのにどこでもスマホが繋がるようになっている。これが一番マズイのではないだろうか。
 

 子供たちを残してオズワルドは冬の庭のさらに奥にいた。

 冬の庭は他の庭とは少しだけ違った。他の庭には無い凍土と呼ばれる場所があり、そこはさらに地下に潜らなければ辿り着けない不思議な場所だ。

 そこへ辿り着くにはたとえオズワルドであってもディノの一部が無ければ入る事は許されない。レックスから歯を一応貰っておいて良かったと思いながらも凍土に降りると、突然リーゼロッテの呼吸が少しだけ和らいだのだ。

「リゼ、ここが楽?」

 答えなど返って来ない事は分かってはいたが、オズワルドの問いかけにリーゼロッテは呼吸で答えてくれた。

 さらに奥に進むと、他の場所とは明らかに違う場所に出た。オズワルドでさえ威圧されるような、何か強いエネルギーが満ちた場所にオズワルドは思わず足を止めそうになったが、リーゼロッテの呼吸がさらに楽になっていくのを感じたオズワルドは、誰にとも無く呟く。

「悪い、もう少しだけ進ませてくれ。リゼを休ませたいんだ」

 声をかけた途端、体全体にのしかかっていた重圧がフッと消えた。

 凍土の最奥は妙に明るかった。地下のさらに地下だと言うのに、水があるわけでも光がある訳でもないのに何故かキラキラと輝いていた。透明な氷に囲まれたその場所はオズワルドでさえ恐ろしいと感じるほどのエネルギーに満ちていて、流石にもうそれ以上は進むことが出来なかった。

「リゼ、悪い。ここで我慢してくれ。俺はこれ以上進めない。待ってろ、ベッドを出してやる。それから……すぐに、迎えに来てやるから」

 オズワルドはそう言っていつかのように魔法で氷の硬度を弄ってそこにリーゼロッテを寝かせると、そっと汗を拭ってやった。

 オズワルドがこんな事をしてやるのはこれが初めてだ。今までにも何度かリーゼロッテは体調を崩して寝込んだけれど、いつもほったらかしにしていたオズワルド。 どうすれば良いのか分らなかったし、リーゼロッテも何をして欲しいとも言わなかった。

 けれど今回子供たちは体調を崩したリーゼロッテの世話をずっと焼いていた。汗を拭い、額を冷やし、食べやすい物を食べさせてやったりしていたのだ。

『そんな事して良くなるのか?』
『どうだろう? 少なくとも少しぐらいは回復が早くなるんじゃないかな。それに体調が悪くなると不安になるからね。そういう意味では看病って言うのは体もそうだけど、心を守る為にやってるのかも』

 そう言ってノエルは笑っていた。

 オズワルドはリーゼロッテの汗を拭って水筒に入っていた桃缶の汁を数滴リーゼロッテの唇に落とす。それを受けてリーゼロッテは口の端を上げてようやく笑った。見えていなくても、聞こえていなくてもオズワルドがここに居る事が伝わればいい。

「オ……ズ」
「うん」
「オズ……大好きな……オ……ズ……」
「……」

 大好き。リーゼロッテの言葉にオズワルドの心臓が大きく脈打った。何かに強く殴られたかのような衝撃にオズワルドはよろめきながら立ち上がると、リーゼロッテの頭の所に桃缶の汁が入った水筒を置く。

「影、リゼを頼む。俺は……行かないと……」

 色んな感情の中でオズワルドが一番知りたかった物。

 それは――愛だ。

 オズワルドはよろめきながら立ち上がるとリーゼロッテの柔らかいピンクの髪を撫でて影アリスにリーゼロッテを託して凍土を後にした。
 
 
 
「お前たち! よく戻ったな!」

 ルイスはキャロラインと共に秘密屋敷に戻ってきた仲間たちを見て叫んだ。

「ああ。あらかたキャロラインから聞いた。アランは?」

 カインの言葉にルイスは苦い顔をして首を振る。どうやらアランはまだチビアリスの看病をしているようだ。

 そんなルイスの反応を見てカインは一つ頷くと、ソファに腰掛けて大きなため息を落とす。

「そういやお前、こっちに居ていいのかよ? ラルフ王達は?」
「ああ、ラルフ王達は今はレヴィウスに戻っている。バラの痣を持つ者たちを一時的に保護するそうだ」
「そっか。うん、その方がいいよな。で、シャルルは?」
「シャルルもだ。俺たちもそれに倣った訳ではないが、ルーデリアとグラン全土に勅令を出した。今はバラの痣を持つ者たちの保護を呼びかけている」

 いよいよ開戦間近になるであろう事はもう国民達も気づいている。勅令を出した翌日からあちこちの領地から救援物資や場所を、痣を持つ者たちの為に開放してくれたと連絡が入った。

 それが難しい領地では個人の商店や家が結託してそれを行ってくれているらしい。
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