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第300話 また消えた妖精王

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「そういう善意の連鎖はいいですね。間違いなくあちらの対抗馬になるでしょうから」

 優雅にお茶を飲んでいたシャルが言うと、仲間たちは一斉に首を傾げる。

「どういう事なの? シャル」
「そのまんまですよ。悪意がヴァニタスの餌になるのであれば、善意もまた何かしらの餌になると言うことです。世界はどちらかに傾いた時に動き出します。それを止めるのも進めるのも結局は誰かの意思です」
「だが、もうヴァニタスは止まらないのだろう?」
「そのようですね。ですが、対抗馬のディノは善意の塊のようなドラゴンです。そのドラゴンが目覚めるか目覚めないかでこの星の運命は決まる。そう思いませんか?」
「それはそうだけれど……ディノは善意を餌にするの?」

 不思議そうにキャロラインが首を傾げると、シャルは小さく笑って肩をすくめる。

「何も文字通り餌という意味ではありません。善行が好きな生き物は誰かの善意が大好物でしょう? そして決まってそういうのに触れると無駄に張り切るのです。そう、アリスのように」

 シャルが言うと、仲間たちは一瞬固まってすぐに誰ともなく納得したように、ああ、と声を漏らす。

「アリスな。その通りだ。あいつは人の善意や良い話が大好物だな」
「それを餌にしていると言われると確かに納得してしまうわね」

 テオが生まれた日、アリスは深夜にも関わらず屋敷を飛び出して森を奇声を上げながら走り回ったという。あんな調子で素敵な話やほっこりする話が大好きなアリスは、もちろん皆が一致団結するのも大好きだ。

「アリスは大地の化身ですから。生き物の幸せを吸って生きているんですよ! あれだけお花畑で居る事は平凡な人間には不可能です!」
「ラ、ライラの言う通りなのかもしれないけれど、何だかいよいよアリスは人間離れしていくわね」

 思わずライラの言葉に苦笑いを浮かべたキャロラインは、ようやくお茶を飲んで一息ついた。

「それで、地下はどうだったの? 子供たちは無事なのよね?」

 キャロラインが言うと、カインとルーイが顔を見合わせて言いにくそうに視線を彷徨わせた。

「どうしたの? 何かあったの?」
「ああ、いや。うーん……スルガな、やっぱあっち側だわ」
「正確にはぁ、あっちを裏切ってるって感じぃ。でもぉ、あのままだとスルガさん真っ先に殺されちゃいそうなんだよぉ」
「どうにか救いたいが、何せ手立てが何も無いんだ。どこに居るかも掴めなかった」
「……そうか。お前たちでも厳しいか」

 ルイスの言葉にルーイもユーゴも頷く。学生時代の頃からの癖で、こうやって集まった時はもう互いの地位など気にしない。はっきり言ってそんな事を言っている場合ではないからだ。

「ところで誰か妖精王と連絡取れる? 地下からずっとメッセージ送ってんだけど、一向に連絡が取れないんだ」

 子供たちの側に妖精王をやって欲しいとスルガは言っていた。それを受けてあれからずっと妖精王に連絡を取っているが、全く連絡がつかないのだ。

 カインの言葉にルイスは急いで自分のスマホを操作し始めたが、やはり連絡が取れない。ルイスはスマホを乱暴に机の上に投げ出すと、悪態をついた。

「一体何をしてるんだ! 妖精王は!」
「ルイス、妖精王も何か考えがあっての事なのよ、きっと。でも困ったわね。スルガさんは妖精王を子供たちの側につけるよう言っていたのよね?」

 地下でカイン達が聞いたという情報を既に聞いていたキャロラインが言うと、カインとシャルが頷いた。

「ええ。オズワルドをリーゼロッテから引き離せというのと、子供たちは全員地下で保護するように、と。ただ地下が絶対に安全なのかどうかと言われれば、我々にも分かりません」
「そうなんだよ。地下は地下であいつらのアジトと結構色んな所から行き来できたんだ。だからうっかり子供たちがあいつらと鉢合わせしないようにしとかないと」

 スルガ曰く、あちらはもう行ける場所が限られていると言う。レックスにはその事を伝えてきたので大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。

「ただぁ、問題は妖精王が子供たちの側に居たところでぇ、魔力はまだオズワルドが持ってるんだよねぇ? ていうかぁ、そもそも妖精王の魔力が戻ったらぁ、妖精王は地下に居られないんじゃないのぉ?」

 ユーゴの言葉にルイスとキャロラインがハッとした顔をした。

「ユーゴの言う通りよ! どのみち魔力の無い妖精王でなければ地下には居られないのよ!?」
「そうだ! 一体スルガはどういうつもりで言ったのだ!?」
「それは私に聞かれましても」

 眉を吊り上げて詰め寄ってくるルイスとキャロラインを見てシャルが肩をすくめた。

「けれど、何らかの算段があるからそう言ったのでしょう。もしくは妖精王が地上に居るのはあちらにとっては好都合になりうるのかもしれません」
「どういう事だ?」
「星を破壊したいのであれば、妖精王とオズワルドを対決させるのが一番ですから。その場合相打ちでも構わないんじゃないですか。そうしたらこの星の拮抗は崩れる。そして崩壊に向かって一直線です。そんなことになるよりは、妖精王も地下に居て大人しくしていてもらえるのがいいかと」
「……なるほど。シャルの言う通りかもしれんな。下手に地上に出てきて魔力を振りかざされるよりは地下に居てくれた方がまだマシかもしれん」

 とは言えその場合はヴァニタスの力を得たオズワルドが暴れるだけなので、結局何の解決にもならない事はわかっているのだが。

「参ったな。せめてフィルに連絡して――」

 言いながらカインはスマホでフィルマメントと連絡を取った。フィルマメントは今、妖精界で全ての生物を保護出来るように、人間界と妖精界の切り離しを試みてくれている。

『あ、カイン! パパそっちに居る?』
「え、そっちにも居ないの?」

 妖精王の居場所を聞こうと連絡をしてみたけれど、どうやら妖精王は妖精界にも居ないようだ。

『私達もパパ探してる。ママがちょっと前に部屋に入っていくのは見たらしいんだけど、それから音沙汰が無いの』
「部屋にも居ないって事?」
『そう。パパの部屋には秘密の隠し部屋があるんだけど、そこに籠もってるのかも』
「秘密の隠し部屋か……まぁ妖精王だもんな」
 何せこの星の支配者だ。そういう場所の一つや二つあっても驚かない。
「そこには誰も入れないの?」
『無理だよ。そこだけはこの星じゃないってパパが前に言ってた。どこかの空間と繋げてあって、妖精王じゃないと入れないんだって』
「家族でも無理って事か。じゃあやっぱそこに居んのかな」

 とにかく早く出てきて子供たちの所へ向かってほしいが、どうやらそうもいかないようだ。やはり妖精王は妖精王で何か動いているのだろう。

『あと、ディノの地下について知ってる人が居たよ。今更かもしれないけど、ディノの地下は元々ディノが創った物じゃないみたい』
「どういう事?」

 それは初耳だ。カインが思わず身を乗り出すと、仲間たちも息を殺して聞き耳を立てている。

『観測者って呼ばれる、この星が出来たときからずっと書物を書いてる妖精が居るらしいんだけどね、その人に会えたの。ちょと長くなるからレスターそっちに戻すよ』
「レスター? え、もしかしてレスターまだそっちに居たの?」

 道理で話を全く聞かないと思っていたら、どうやらレスターはまだ妖精界で情報を集めてくれていたらしい。

『うん、ずっと居るよ。レスターが観測者に会って話を聞いてくれたんだよ。そこでちょっと面白い話が聞けたから、詳しくはレスターに聞いて』
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