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第302話 機転のライラ

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『まぁ厚かましいのは俺らもだけどな。どのみちお前がどんだけ喚こうがこれは王様の決定だ。俺たちにはどのみち逆らえないんだよ。それじゃ、元気でな。どこまで遡るのか知らないが、姿形は残るといいな』
『待って! 嫌よ! 嫌! 私は転生者なのよ!? こんな仕打ち許されないんだから! 物語の主人公は私よっ!!! 私なのよっ!!!』

 悲痛な叫び声が春の庭に響き渡ったけれど、それ以降はもう女の人の叫び声しか聞こえない。

「……厄介な場面に出くわしてしまいましたね」

 面倒ごとはアリスとアミナスで十分なレオがため息をつきながら言うと、カイもノエルも青ざめて頷いた。

「どうします?」
「どうするって……どうしようもなくない? だって、今の多分エミリーって人、だよね?」
「恐らくそうでしょう。旦那様に一方的に片思いをしている面倒な女だと父さんが言っていました」
「可哀想だとは思うけど、今僕たちがここを開けたら絶対に駄目な気がする――二人とも、静かに!」

 エミリーをどうしようか迷っていた三人の前にあるドアノブがガチャガチャと激しく鳴り出した。

「壊そうとしているのでしょうか?」
「分かんない。でもノブを回そうとしてるって事は、エミリーは鍵を取り上げられたって事なのかな」
「そういう事だと思います。ですが以前春の庭に来た時はドアノブなど見えませんでしたが」
「ほんとだね。今はエミリーにも見えてるって事だよね?」

 以前レックスに案内された時には、ドアノブなどどこにも無かった。だからこそ金のピンを探すのに一苦労したのだが、どうやら今はピンが無くてもドアノブが現れて居る状態のようだ。

「ディノの力が弱まってる」

 三人でガチャガチャ音を立てるドアノブを眺めていると、突然後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「レックス! 皆も!」
「ノエル、冬の庭に居るって言ったんだろ? どうして動くの」
「テオ! 何だかすごく久しぶりだね!」

 呆れたような顔をしてこちらを見下ろすテオを見て、ノエルは思わずテオに駆け寄った。何だかんだ言いながらテオはこの中では一番大人だ。彼が来たというだけで安心感が凄い。

「久しぶり。で、何がどうなってんの? ていうかここは何て部屋?」
「ここは春の庭。赤ん坊に戻る恐ろしい部屋だよ」

 テオの質問にレックスはわざと怖い顔をして言ってみたが、テオはふぅん、と鼻を鳴らしただけだ。

「で、このドアの向こう側に居るのは? 敵? 味方?」
「敵、かな」
「そ、じゃあほっとこ。行くよ、作戦会議だ」

 それだけ言って歩き出そうとしたテオの腕をノエルはしっかりと掴んで、もう片方の手でドアを指差す。

「ま、待って! ほ、放っておくの!?」
「放っておく。自業自得でしょ。そもそも敵に情けかけるほどこちらは優勢?」
「ゆ、優勢じゃない、けど……」
「でしょ。だったら黙ってついてくる!」
「はぁい」

 テオの言い分はごもっともだ。これがアリスであればきっと有無を言わさず扉を開けたのだろうが、アリスの場合はあちらがなにか仕掛けてきても勝てるという自信があるからだ。そんな自信が無いノエル達が同じことをしたら、最悪人質になって終わりである。

 ノエルは心の中でエミリーに謝りながらテオの後に従った。

「皆、よく聞いて。ディノの力が弱まってる。あちこちの部屋から魔力が漏れ出してるんだ」

 会議室に辿り着くなりレックスが真面目な顔をして言った。

「そうなんだよ! あのね、私達ローズ達迎えに行く途中色々見て回ったんだけどね、所々絵が剥げてて部屋がいくつも無くなっちゃってたんだよ!」

 レックスの言葉を引き継ぐようにアミナスが机に乗り上げて言うと、レックスもうんうんと頷いている。

「私たちはここに初めて来たけれど、感じの良い場所とそうでない場所があったわ。ねぇローズ」
「うん。次に無くなるお部屋かな~」

 ジャスミンに尋ねられたローズは人差し指を唇に当てて考えている。それを聞いてルークとライアンがギョッとした顔をした。

「そ、そんな事まで分かっちゃうのか!?」
「相変わらずだね、二人とも」

 凄いな。ルークはポツリと言ってローズとジャスミンを交互に眺めている。

「そう言えばアリアは?」

 ふと思い出したようにライアンが言うと、テオは苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせた。

「商会の方を放っておけないってさ。たとえ星が終わっても、私はチャップマン商会を守り抜く! って言ってたよ」
「頼もしいな、相変わらず」

 拳を振り上げていつもチャップマン商会について語るアリアは、今やもうすっかりチャップマン商会の女社長を気取っている。アリアにかかればダニエルもエマもいつもたじたじなのだ。

 そんなアリアは今、星が壊されずに済んだ時の為にあちこちで色んな商会と手を組んで既に復興に向けて色々と画策しているらしい。大人は避難しようとしているようだが、アリアがそんななのでダニエルもエマも逃げられないとボヤいていた。

「話を戻すよ。僕たちが見てきた限り、ジャスミンとローズが言う通り崩れた部屋とか結構あったんだ。でも今まであんな部屋無かったんだよね?」
「無かった。ディノの魔力は確実に弱まってる」

 テオの質問に答えたレックスは苦い顔をしてディノの顔を思い浮かべた。

「実は皆に黙ってた事があるんだけど、リゼが目覚めなくなってからディノの声が聞こえないんだ」
「えっ!?」

 何故そんな重要な事を黙っていたのだ! 思わずレックスに掴みかかりそうになるのを堪えながらノエルが目を丸くしてレックスを見ると、レックスはバツが悪そうにノエルから視線を逸した。

「ごめん、リゼの事でバタバタしてたから言い出しにくかった」
「あー……うん、そうだよね。こっちこそごめん。それで、今もディノと繋がれないの?」
「うん。こちらの声が届かないみたいなんだ。ディノの声も聞こえない。何か言おうとしてるのは分かるんだけど、何かに邪魔されてる」
「何かに邪魔されてる? それはディノとレックスの感覚を遮断しようとしてる誰かが居るって事?」
「分からないけど、そう考えるのが一番近そう」
「テオ、分かる?」
「僕に聞くの? いや、ちょっと分からないな。ただ一つ言えるのはディノが弱ってるって事は、そうなる原因が何かあったって事だろ? それは必然的に敵側の力が増したからって考えるのが一番妥当だと思うんだけど」
「ヴァニタス、ですか」

 よく分からない敵、ヴァニタス。それこそが今回の戦争の鍵だと英雄たちが言っていた。

「それしかありません。あぁ、どうして盗聴宝珠を全て返してしまったのでしょう!?」

 今回の事が起こる前、仕掛けられていた宝珠を全て回収されてしまったのだ。
「これ以上は危ないから」という理由で半ば一方的に回収されてしまったのだが、今となってはそれが悔やまれる。結局自分たちは最後の最後で首を突っ込むことを許されなかった。

 珍しく頭を抱えたレオとカイを見てローズとジャスミンが首を傾げてポシェットの中からお揃いのぬいぐるみを取り出した。

「あるわよ。母さまが持たせてくれたわ」
「こうやって鼻を回したらチャンネルが変わるの~」
「えっ!?」

 突然のローズとジャスミンのお手柄に子供たちは顔を見合わせてゴクリと息を呑んだ。

「ラ、ライラさん……流石だ……」

 憧れのライラはいつだっていざという時に利かせる機転が凄い。ついでに言うと英雄達の中でもライラが一番子供たちを子供という枠で括っていない。そういう所が、テオは大好きなのだ。
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